叫ぶほど愛



「それでな、おめでとうって言った後にキュッと抱きついてきて、耳元で小さく言うんだよ。愛してるわ、てな」
 これがもう可愛いというか愛しいというか、堪らないちゅーか、もうここで死んでもいいってくらい幸せでな、なんてことを話しながら、サンジは手に取ったトイレットペーパーでベトベトになった自分の腹を拭いた。隣から一度そこで死んどけよ、と声がしたが、耳に届いていないのか、珍しく反論一つない。機嫌良くもう一枚紙を取り、陰毛とその間にある今は萎えたそこをゴシゴシ拭いている。
 そして、拭きながら
「あの頃はホント、良かったよなぁ……」
 ぼんやりと思い出に耽っていた。
 勿論、耽る思い出は、昔付き合っていたレディと過ごした誕生日のことだ。時折、にへら〜と笑う顔が、それはそれは不気味であった。

 サンジがこんな風に機嫌が良いのには理由がある。
 実は、あと数日で自分の誕生日がくるのだ。
 誕生日といえば、宴会。カレンダーには仲間達全員の誕生日に赤い丸がついている。娯楽の少ない船の中でのそれは、本人は勿論、祝ってあげる立場の仲間達も楽しみにしている行事の一つだった。だから、サンジの誕生日も当たり前のように騒ぐ予定になっている。
 当然、騒ぐ為に必要な宴会料理は全て主役であるサンジ本人が作るのだが、その料理を作るのもまた楽しみの一つであるし、やはり無条件に皆からおめでとうと祝ってもらえるのは嬉しいことなのだ。
 けれどもそこは一応年長者らしく、嬉しい気持ちを隠し「ガキじゃねぇんだから、誕生日くらいでハシャぐかよ」的な態度をとっている。内心では、かなりの勢いでハシャいでいるのだが、あくまでいつもと変わらぬ風を装っている。
 だが、時々どうしても思い出したようにニヤけてしまうらしい。ハッと気がつくと、一人笑いを浮かべている時があるのだ。
 何しろ、船に乗って初めて迎える自分の誕生日。
 誕生日と言ったらプレゼント。
 プレゼントと言ったら―――

「まぁ、それで俺は思うわけよ。もしかしたら、もしかしてナミさんから『サンジ君おめでとう、チュッ』くらいは……」
 そこまで言うと、サンジはくわぁーと喚いて転がった。やべぇよやべぇよを繰り返し、何がそんなにヤバイのか嬉しそうに何度も床を叩く。
 明らかに、ヤバイのはサンジの頭の方だ。
 しかし、隣から「けっ」という舌打ちにも似た声が聞こえると、ピタリとその動きを止めた。面白くなさそうな顔した男が、寝そべったままでこちらを睨んでいたからだ。
「なんだ、てめぇ、もしかしたらあれか? 羨ましいのか? 俺がナミさんに祝福のキスをしてもらえるのが」
「んなわけあるか」
「ヤダねぇー、自分が貰えねぇからって。モテねぇ男のヤキモチはみっともねぇぜ」
「だから、違うって言ってんだろうが!」
 しかしサンジは、それをハイハイと適当に受け流す。ゾロの反論など意に返さず
「羨ましいだろ?」
 ニヤけた顔でそう言うのだ。
 今のサンジには、ゾロの言葉など何一つ届いてやしなかった。

「やっぱ、特別な日? みたいなのがレディは好きだからなぁ、こう普段言えないようなことも言えたりして、普段出来ないような大胆なことまでしてくれて? うはははは、もうこりゃ確実にナミさんからチューして貰えるかもしれねぇよ。チューとか貰ったら、絶対頬っぺた洗えねぇな。いやいや、もしかして……頬っぺたじゃなくて口かもしれねぇし? うわ、どうするよ! やべぇな、やべぇよ! きっちり歯磨いとかねぇと」

 そして今夜もまた、サンジは笑う。
 ルフィ達には年長者の姿勢を崩せないから言えない、勿論ナミには言えない。故にゾロへ、溜まりに溜まった誕生日への希望と期待を、普段の隠してる鬱憤を晴らすがごとく語っていた。
 実は、ゾロがこのサンジ自作自演の妄想ワールドを聞くのは今日を含め通算五回目だ。
 ちなみに、当然のことながら過去ナミが他のクルーへ誕生日キスなどというものをやったことは一度としてない。それどころか、何か貰おうものなら、ナミの誕生日の際、倍返しであると言いつけられている。そんな条件を飲めるような、太っ腹な人間はこの船には乗っていない。
 そんな現実を知ってか知らずか、わかっていててもサンジは浮かれずにはいられないらしい。

「あ! でも、もしかしたら、もしかして? おい、ゾロ大変だ! 俺もしかしたら、ナミさんに愛してる、とか告白されるかもしれねぇ! そうだ、普段隠している俺への気持ちを誕生日の時に思い切って言おうとかって、ありえるよな? うわーどうするよ、キスよりそっちの方がやべぇよ! いや、だって……俺にも心の準備ってものが……でも、今からしとけば平気かもしれねぇしな……うあああ、駄目だ、考えただけでドキドキしてきちまった! 男らしく受け止めてやらねぇと駄目なのによぉー! 待て待て、平常心だ、俺、こんな時こそ平常心だ、平常心。愛の告白だからって浮かれてちゃいけねぇ、こう男らしく……俺の方こそ、愛してるぜ、ナミさん!」

 これも毎度のことながら、サンジは自分で自分の身体を抱きしめると、さっき同様ゴロゴロ床の上を転がる。転がりながら「ナミさん!」と叫んでは、たまに頭を抱えて止まり「大変だ!」と騒ぐ。
 だから、どうしたって大変なのはサンジの頭の方だ。
 でもそうやって何度も転がってると、そのうち壁ではない障害物にぶつかるのだ。
「……まだそこにいたのか」
 そこにいたのかもなにも、ずっとゾロはここにいた。
 実はこの二人、サンジがこんな風であるにも関わらず、アレコレ致してる仲だったりする。サンジが騒ぎ出す前も、成人指定のアレコレを済ませたばかりで、つまりそういう関係なのだ。
 だから、そんな立場のゾロとしては、サンジのそういった態度は面白くないと、さっきから言葉で伝わらない分、顔いっぱいに物騒な雰囲気を漂わせて伝えてるつもりなのだが
「ちゅうか、なんで俺はお前とここにいんだよ」

 ―――まるで通じていない。

「どう考えても、おかしいじゃねぇか、この組み合わせ。なんで俺はいつの間にかお前にケツ掘られることになってんだよ。いくらてめぇがホモだからって、俺までその道に引きずり込むんじゃねぇよ。それからあっちも出し過ぎだ。拭いても拭いてもベトベトするじゃねぇか。ったく、溜める前に自分で抜いとけって言ってんだろうが。ああ? なんだ、そのツラ、なんか文句あんのかよ。一応言っとくが、お前からはなんもいらねぇぞ。つうか、欲しくねぇから。何しろ、お前とのおホモ達関係もそろそろ終わりだしな。俺ァ、ナミさんからだなぁ……」

 するとまた、ふ、ふふ、ふふふふふ、とサンジはだらしなくニヤけまくった顔になる。
 だから気づいていない。
 ガシッと首に腕を回され、自分を床に引き倒してきた相手が忍耐の限界を超え、不穏なオーラを出してることに。その所為で、数分後にちょっと早めのプレゼントを貰うはめになることに。



 数分後―――

「俺の夢を壊すな! 離せ、離れろ! ブっ殺すぞクラァ!」
 しかし、騒ぐサンジを無視して、ゾロはムチュっと無理矢理唇を塞いでは、耳元で何事か囁く。
「て、てめぇ! なんてこと言いやがる! 離せ、耳が腐る! 今ので部屋の室温が十度以上は下がったぞ! 凍死だ、凍死! 鳥肌立ってんだろ! いい加減に」
 けれど、ゾロは耳元で言うのだ。

「うがぁぁぁ! 恥ずかしくねぇのか! 恥を知れ、恥を!」
「あいしてる」
「ぎゃぁぁぁ! 小便ちびるだろうがっ!」
「あいしてるわ」
「アホかー!」

 そして、二人だけの宴は続く。



2005/02/15掲載
※前サイトで奈留さんより頂いた1234打リク、同時消化!「ヘタレゾロに負けるサンジ」甘めサン誕仕様ということで(え)

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