獣パンツ



 サラサラと心地よい風が吹く。
 その風を受けて、一匹の獣がのそりと動いた。のそりのそりとその大きな身体をゆらし、風下へ移動する。
 適当な場所を見つけると、またそこに伏せて目を閉じた。
 サンジがラウンジの扉を開けると、船首の中央に陣取ったその虎の姿が目に留まった。
 サンジは知らず歯噛みした。咥えたままの煙草が不自然な方向に折れる。
 あの虎は。
 あの虎は、今朝まで人間の姿をしていた仲間の一人だという。いつも通りサンジの作った飯を食べ、いつも通り甲板で昼寝をしていた人間。
 それが島の探索を終え、サンジが再び船へ戻ってみると、そこで寝ていたはずの人間の姿はどこにもなく、代わりに見知らぬ獣が寝そべっていた。
 何故、突然虎になってしまったのかは、まだわからないらしい。ただ、本当に彼なのかと仲間達に尋ねれば、誰もがあの虎は彼だと言う。
 ロロノア・ゾロだと。
 人間だった名残などどこにもないのに。緑色の髪も、あの腹巻きも、肌身離さず持っていた三本の刀も。
 サンジは一歩一歩、虎へと近づく。
 これを信じろという方が無理だ。本当にこれが彼だと言うのか。
 また一歩近づく。
 サンジの気配に気がついたのか、虎がすっと目を開ける。よく見知った目がこちらを見た。視線が重なる。

「……ゾロ」

 コクリ、と息を飲んだ。
 彼だ。
 本能でそう感じる。どんな姿でも、何一つ持っていなくても、目だけは、その視線だけは確かに彼のものだった。
 虎が上半身だけ起こし前を向く。その姿に、サンジは思わず顔を背けた。
(どうして……)
 何故、彼はこんな姿をしているのだ。思わず涙ぐみそうになった。自分がもっと早く船へ戻っていれば。そうすれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
 一度、自覚してしまうと後悔ばかりが溢れた。今更思っても仕方のないことだとわかっていても、思ってしまう。考えてしまう。
 彼はどのくらいの間、この姿でいたのだろう。おそらく仲間達全員が見たはずだ。その前にどうしてコイツは―――。
 いつも自分のことを考えなしと罵るが、この男の方こそ考えなしではないか。考えなく、思ったままに行動して、そして困らせる。
 グッと手の平を握り締めた。
「なんで……」
 小さく零れた言葉に、虎が首を傾げる。
「なんで」
 もう一度言うと、サンジの顔がクシャリと歪んだ。これ以上見ていられない。
「なんでお前は……」
 泣きそうになりながら、それでも叫んだ。



 ―――パンツ穿いてねぇんだよ!!!



「虎にだってパンツ穿く義務くらいあるだろうが! 全部丸見えじゃねぇか! 最低だ!」
 立ち上がった虎の股間が、風でプラプラ揺れていた。



 ***



 ○月×日(天気、晴れ)
 今朝早く、ゾロは元の人間の姿へ戻った。島の人達が言っていた通りだ。良かった。一時はどうなることかと、皆色々と心配していたけれど、多分もう大丈夫だと思う。
 ただ、元に戻った時、第一発見者のナミに殴られたみたいで、顔が青痣だらけになっていた。裸のまま甲板で寝ていたので、見苦しいから殴ったのだとナミが言っていた。そういえば、サンジがパンツを穿かせようとゾロを追いかけていたけど、結局穿かなかったのだろうか。
 昨日、ゾロが虎になったのは、この島特有のウィルスに感染したのが原因だ。正式な学名はまだ無いらしく、現地の人達は「アフロソウル菌」と呼んでいた。
 何故その菌に感染すると、人間が獣になるのかは、それはまだ解明出来ていない。謎の多いウィルスのようだ。
 ただ、一説によるとこの菌に感染すると、人間は野生の本能を呼び起こされるらしい。獣のように吼え、二足歩行から四つ足へ、そして徐々に身体を体毛で覆われ、完全な獣へと姿を変える。
 それから不思議なことに、このウィルスは二十四時間経過すると、自然と死滅するらしい。現地の人はそれを「燃え尽きる」と言っていた。
 菌が燃え尽きると、元の姿に戻る。聞いた時は半信半疑だったけど、ゾロが元に戻ったことでそれは証明された。
 人間に戻ったゾロは、どこも異常なくとても元気だ。
 ただ、今度はサンジにその菌が感染した。サンジが狐になっていた。
 どうやら、昨日ゾロに尻を噛まれたのが原因らしい。幸い、傷は浅く大事に至るようなことはなかったが、その時にアフロソウル菌に感染したみたいだ。
 でもこれは興味深いことかもしれない。ウィルスへの感染の仕方、つまり、アフロソウル菌は唾液など体液によって感染するという証拠にもなる。
 今度、もっとじっくり調べてみようと思う。
 ドクトリーヌ。本当に海は広いね。知らないウィルスや病気が色々ある。いっぱい勉強しないと駄目だなと思った。俺は医者として―――



「これからも頑張ろうと思う」
 チョッパーはそこまで書くと、最初から全部読み直して、それからパタンとその日記帳を閉じた。
 突然、外から悲鳴というか動物の甲高い鳴き声のような声がした。
 チョッパーは身体を大きくして、ラウンジの小さな窓から外を見た。
「まだやってる……」
 呟くと、近くにいたウソップとナミが
「ほっとけ」
「ほっときなさい」
 と言った。
 狐になったサンジのことを、パンツを持ったゾロが追いかけている。昨日とは逆だ。
 また、狐の鳴き声が聞こえた。
 ゾロの手に持ったパンツがパタパタと風になびていた。



2004/12/02掲載
※パンツは穿くべきだと思うんですがね

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