メイド服の活用法



 11月11日。その日、ゾロは朝から非常に機嫌が悪かった。
「似合うわよ、それ」
 なんて自分の右隣でそんな事を言っている人間が、その最たる理由を作り上げているのだが、相手が悪いのか、先ほどから凶悪そのものの顔で睨みつけても
「そんな顔しても笑えるだけだから、止めたら?」
 効果がないばかりか、逆に鼻で笑われていた。おかげで、さっきからゾロの機嫌は下降するばかりで、一向に回復する見通しが立たない。タイトなミニスカートから伸びるサンジ絶賛のその素足を視界に入れるだけで、腹が立つ。
「我ながら、会心の出来だわ」
 ナミはマジック片手に立ち上がると、腰に手をやりゾロを見下ろしてみた。いや正しくは、見下す、だろうか。
 今、ゾロの右頬には黒く太い字で「ご主人様」と大きく書かれていた。



 事の起因は、昨夜開催された「ゾロの誕生日イヴ、おめでとう大宴会」の中で行われた王様ゲームでのこと。一部の仲間達が密かに恐れているそのゲームで、毎度毎度王様のクジを(ほぼ)高確率で引き当てる人物がある命令を宣言したことに始まる。

「はい、それじゃあ明日一日、一番と三番のクジを引いた二人はご主人様ごっこをしてくださーい」

 この時、オレンジ色の髪をした王様は、それはもう心から楽しそうに言ったそうな。「前からやらせてみたかったのよね」とかなんとか、不穏な言葉も付け加えながら。
 勿論、その有り難いお言葉を聞いて青ざめた憐れな子羊は、一番と三番のクジを引いてしまった緑と黄色な二人だ。
「ちょっ、ナミさん、ご主人様ごっこって一体……」
「その通りの意味よ。一番のクジを引いた人が、名誉あるご主人様。で、残念ながら三番を引いてしまった人はその下僕」
「げ、下僕?!」
「でもそうねぇ、下僕っていうのも可哀想だから、ちょっと変えた方がいいわよね?」
「いや、変えるっていうかそれ以前にそれはちょっとなんていうか」
「手下ってのはどうだ?」
「おい、フランキー! なに勝手なこと言ってんだ!」
「部下っていうのは?」
「ちょっとロビンちゃんまで何を……」
「家来の方がいいんじゃね?」
「ウソップてめぇ!」
「奴隷というのは直接的過ぎますしねぇ」
「ブルック!」
「いいなー、どれも楽しそうだ」
「楽しいわけあるか!」
 ちなみにこのゲーム、拒否権は一切ない。ついでに付け加えるならば、己の身の上に被害が降りかからなければ、周りの人間はそこそこ楽しめるという嫌な利点がある。迷惑を被るのは王様に指名された人間だけ。
 天国か地獄か。つまり、選ぶ権利はいつだって王様にあるわけだ。
「どれも捨てがたいけど、ここはやっぱりアレしかないと思うの」
「アレ?」
「そう、アレよアレ。ご主人様ごっこと言えば、やっぱりこれしかないわね。いつか何かに使えないかなーって思っていたの」
「使うって、ナミさんなにを……」
 そして王様は、キラリと目を光らせ、愛らしくも麗しいまるで慈悲深い女神のような微笑(サンジ談)を浮かべながら、慈悲という言葉とは、とてつもなくかけ離れた容赦ない命令を下したのだ。
「ジャーン! 見て、これ。可愛いでしょう? メイド服なんだけど古着のまとめ買いをしたら、な・ぜ・か、間違えて入っていたみたいなの。あたしが着てもいいんだけど、サイズが大きいみたいなのよね」
 白いフリルがたくさん付いた愛らしいエプロンをナミが自分の身体に当ててみせると、なるほど、確かに大きい。
「そういうわけで、三番の人は明日これを着てメイドさんになるように。下僕よりマシでしょ? ね、サンジ君」
 ね、と言われても、何がどうマシになったのか。
 引きつった笑みを浮かべるメイドさんに、王様はご満悦の様子だった。



「……お前、ワザとだろ」
「はぁ? なんのことぉ?」
「とぼけんな! クジでイカサマしただろ!」
「ちょっと、どんな証拠があってそういうこと言うわけ?」
「嘘吐け! 初めから仕組んでたんだろっ!」
「あらやだ、人聞きの悪い。仕組んでいた、だなんて……心外だわ」
「白々しいマネしやがって。あの服もたまたま手に入れたわけじゃねえだろ!」
「違うわよ、ちゃんと言ったでしょう、間違えて入ってたって」
「あんなもん、間違えて入ってて堪るか!」
「なにアンタ、そんなにムキになって。もしかして、自分があれを着たかったとか?」
「んなわけあるかっ!」
 そして本日、一番のクジを引いた人物―――もといゾロは、王様自らの手によって「ご主人様」という文字を右頬に書かれるはめになったわけだ。
 無論、大人しくされるがままになっていたわけではないが、ナミが相手では無闇に抵抗も出来ない。抵抗しようものなら借金の証文をチラつかせ「借りたものを返すのが人の筋」という悪徳金融業者のような常套句から始まり「男のくせにグダグダと」「なによ文句あるの」「文句があるならお金を返してから言いなさい」と反論する暇も与えてもらえず、仕舞いには「言う事聞かないなら、お小遣い減額」という理不尽な事まで言われる始末。抵抗する気を根こそぎ削がれるというものだ。ナミ相手の金銭トラブル程、恐ろしいものはない。
 で、仕方なく、本当に仕方なく。今日一日の辛抱だと思って、我慢しているのだ。
 だが、それで終わりと思いきや、事はそれだけではすまなかった。ゲームの主催者が主催者だけに、当然ではあるが。
「なんで俺が……」
「だーかーら、アンタから言うことに意味があるの。わかる?」
「わかるかっ! テメェで言えばいいだろが」
「もう、全然わかってないわねぇ。アンタからサンジ君にアレコレ言わないと、ゲームが盛り上がらないでしょう」
「そんなこと知るか、俺を巻き込むな」
「巻き込むなって言っても、アンタが主役なんだからしょうがないでしょう。ほらほら、ご主人様、さっさと命令してきなさい」
「……テメェが命令すんな」
「あたしは王様だからいいの。ほら、早く行きなさい」
 それでも、中々立ち上がろうとしないゾロへ、ナミが後頭部に一撃を加えた。
 そこで渋々ではあるが、その場から立ち上がる事にした。これ以上、ここで口論しても無駄だと踏んだのだ。ゆっくり昼寝も出来やしない。
 というか、なんでここまでされなければならないのだ。確か、今日は自分の誕生日のはずなのに。
 その誕生日であるがゆえに、金のかからないプレゼントを王様から貰ったわけだが、ゾロにとってはまさにありがた迷惑としか思えなかった。



 ゾロがキッチンへ行くと、そこには探していた相手、もとい昨日三番を引いてしまった人間がいた。
 しかし、その姿を見ると一気に脱力感に襲われる。朝から何度も見かけた姿だったが、何度見ても力が抜けていく。
 大きめのサイズだとナミは言ったが、やはり男の身長に合わなかったのか、丈が短すぎる分やけにハイウエスト気味になっている白いフリル付きのエプロン。中に着ているワンピースもサイズが合わないのか必要以上に身体にフィットして、腰周りがやけに窮屈そうだ。白いハイソックスも中途半端な長さで、脛毛を隠しきれていない。
 そして極めつけは、黄色い頭の上に乗った可愛らしいフリフリ。こうなると、似合う似合わない以前の問題だ。おまけに顔の右頬にはゾロ同様、マジックで「メイド」と大きく書かれている。
 なんというか、心から憐れみたくなる格好である。頬に落書きをされただけの自分はまだマシな方かもしれない。
 メイド本人も自覚気味なのか、表情がいつになく険しい。しかも、ゾロに対してはいつも以上に喧嘩腰な態度で、今もキッチンへゾロが入った途端、険しい顔がさらに凶悪さを増した。ゲームの内容からすれば、当たり前の事とも言えるが、いちいちそんな態度を取られれば、鬱陶しいというものだ。
 自分だって巻き込まれた被害者の一人だというのに。
 ゾロは溜息をつくと、さっさと用件を済ませるべく、先ほどナミに言われた事をそのまま伝えた。
「飲み物が飲みてぇだとよ」
「……なんだって?」
「だから、何か飲み物が飲みてぇんだと」
「なんで俺がきさまに飲み物を差し上げなきゃならねぇんだ」
「そういうことはナミに言え。あいつが言ったんだからな」
「それを先に言え!」
 一事が万事この調子だ。本当に疲れる。
 サンジはジュースをグラスへ注ぎ終わると、すぐさまそれを持ってキッチンの外へと飛び出していった。
 その後姿を見て、ゾロは本日通算何度目かになる溜息をついた。

 だが、ゾロの苦労はこれで終わりではなかった。同様にサンジもだ。
 それから程なくして、今度はルフィがゾロの元へやってくると
「おーい、ゾロー! サンジに今日は肉料理が食べたいって言ってくれ」
 そんなことを言ってきたのだ。
 勿論、そういうことは俺じゃなく本人に直接頼め、と断ったが、今日はゾロの誕生日でゾロがご主人様だから、ゾロが頼めばメイドさんがお願いを聞いてくれるんだろ? と、眩暈を起こしそうな事を言われた。確実にナミからの入れ知恵だ。
 そして、ルフィが来たということは、当然、他のメンバーも来るわけで。
 相手がコックなだけに、そのどれもが料理に関するリクエストではあったが、誰もが口を揃えてご主人様から言ってくれ、と言うのだ。中には、本を貸して欲しいとか、トイレ掃除の当番を代わってくれとか、洗濯を手伝ってくれとか、一緒に遊んでくれとか、なんでそんな事まで俺がと思わずにいられないようなものまであった。
 これではご主人様というより、メイドさんへ伝言を伝えるパシリだ。事実そうではあるが、皆が皆、便利だとばかりに二人を良い様に扱き使っているから性質が悪い。
 そんなこんなで、ゾロはこれ以上何か言われる前にと、誕生日パーティーを兼ねた夕食を済ませると、主役であるにも関わらず早々に見張り台へ非難することにした。自分の誕生日だというのに寂しい話ではあるが、また妙な事に巻き込まれるのは御免だ。周りは自分一人が抜けようと関係なく騒げる人間ばかりだ。昨日も騒いだし、ほとぼりが冷めるまで離れていた方が懸命だろうと思ったのだ。ゲームは今日一日の話だ。ここで明日になるまで待てばいい。
 ゾロは腕を枕にして横になると、目を閉じた。数秒後は夢の中だ。



 暫くして目を覚ますと、辺りは既に真っ暗になっていた。
 下を見下ろすと、芝生で宴会をしていた仲間達の姿はもうなくなっている。時計がない為に、何時頃かわからないが腹の減り具合から考えて夜中だろうか。そろそろ酒が飲みたい時間でもある。
 ゾロは見張り台を降りると、そのままキッチンにある酒を目指して真っ直ぐ歩いていった。
 キッチンの前までくると、そこにはまだ明かりが点いていた。非常に嫌な予感はしたが、もう十二時は過ぎただろうと、気にせず中へ入ってみることにしたのだが、入ってからやはり後悔した。
「……まだ着ていたのか」
 未だ、彼はメイドさんを継続中だった。周りに誰もいないというのに、いつまでも律儀にその格好をしているとは、もはや物好きな奴としか思えない。同時に、あのゲンナリとした気分が戻ってくる。
「何の用だ」
「酒」
 いつも通り要求すると、メイドさんは不機嫌そうな態度を隠しもせず、ラックから一本酒を引き抜いた。そして、ドンと乱暴な手つきでテーブルへグラスと一緒に置く。
「どうぞ、ご主人様」
 ご主人様、のところに妙に強調して言う辺り、嫌味だろうか。
 しかしゾロは、酒が飲めればその辺りはどうでもよくなっているのか、今日一日でその態度に慣れたのか、置かれた酒を引き寄せると、さっさと手酌で飲み始めた。やはり、早めに宴会から引き上げた分、飲み足りなかったみたいだ。
 もうちょっと飲んでから引き上げればよかったな、などとせこい事を考えていると、さっさと出て行くと思ったサンジが何故かゾロの前にどっかりと座った。
 煙草を一本取り出して吸い始める。いつもみたく不遜な態度でいるつもりなんだろうが、ゾロの方に向けた横顔には大きく「メイド」と書かれていた。滑稽なのを通り越して、やはり憐れだとしか思えない。
 というか、酒が不味くなる。
「……お前、それ脱げ」
 途端に、サンジはむっとしたような顔をした。
「今日一日って約束だから着てんだよ」
「今日一日って、もう終わりじゃねぇか。他の奴もいねぇんだから、脱げ」
 すると、さっき以上に不機嫌な顔になる。
「それは何か、ご主人様の命令か?」
 それを聞いて、不機嫌な理由がわかった。「脱げ」という口調が気に入らないらしい。
「命令でもなんでもいいから、とにかく脱げ。それ見てると、力が抜けんだよ」
 言うと、着たくて着てんじゃねぇと、ご尤もな答えが返ってきた。だが、それ以上は反論するつもりがないのか、本人も脱ぐつもりだったのか、素直にエプロンを外し始めた。
 これで元通りの日常になる。ようやく、といった感じでゾロが残りの酒を飲んでいると
「なあ、一つ言訊きてぇ事があるんだが」
「……なんだ?」
「スカート穿くと下があんまりにもスウスウするもんだから、パンツの上にこれ着けてみたんだが」
 スカートの裾を握り締めたサンジが、深刻そうな顔でこちらを見た。
「これ、洗ったやつだよな?」
 捲り上げたスカートの中から現れたのは、見覚えがありすぎるゾロの腹巻だった。



 丁度その頃、ラウンジへと続く扉の前に、最近仲間になったばかりの骸骨の紳士が立っていた。
 珈琲が飲みたくなってここまで来たのだが、中から激しく言い争う声が聞こえてきて、完全に入るタイミングを逃してしまったのだ。揉めているのは声から察するに、今日一日ご主人様ごっこをさせられた二人のようだ。だが、今頃何を揉めているのか。
 しばらく黙ってその場に立って中の様子を伺っていたが、争う声が収まる気配はない。どころか、酷くなる一方だ。
 しかも、聞いていれば何やらゾロがサンジに対し「脱げ」だのなんだのと言っている。そこから推測するに、あの微妙なメイド服の事で揉めているらしいのだが、一体何が問題で揉めているのか。

「いいから、さっさと脱げ!」
「ああ?! テメェに命令される覚えはねぇぞ」
「ご主人様だろうがっ!」
「それはさっき終わりだって、テメェから言ったんだぞ! ご主人様ってツラか!」
「うるせぇ、ツベコベ言わずにさっさと脱げ! 人のもん着やがって、それは俺のだぞ!」

 ―――え?
 その言葉に衝撃を受けたのは、誰であろう、扉の向こう側にいるブルックだ。
 今何か、俺のだ、という言葉を聞いたような。

「早く返せ!」
「ったく、そんなに騒ぐほどのものかよ、これが。お前ホントに趣味悪ぃよな、こんなのが好きだなんて」
「今日一日着てたヤツが文句言ってんじゃねえよ!」
「俺の場合、しょうがなくだろうが、しょうがなく。お前は好きで着るんだから、世話ねえよ」
「ほっとけ!」
「それよりこれ、洗って縮んだのか? 俺が着てもピッチリなやつ、お前が着たら小さくね?」
「いいんだよ、これで」
「なんだそれ。やせ我慢か?」
「うるせぇ!」

 ブルックの動揺を余所に、キッチンの中の二人は未だ揉めている。しかし、そんな喧騒はもはや彼の(今はない)耳には入ってこない。
(ゾロさん……あなた……)
 考えてみれば、自分はこの船に乗ったばかり。故に、まだ仲間達の趣味趣向を完全に理解しているとは言いがたい。気がつかなかったといえばそれまでだが、もしかしたら言いにくかったのかもしれない。何しろ事が事だけに。
 そうだ、きっとそうだ。その可能性の方が高い。ならば、きちんと皆にわかってもらえるよう説得するのは一番の年長者である自分の役目である。
 結局その後、ブルックは中へ入らず静かにその場を立ち去った。



 数日後。
「はい、ゾロ。遅くなったけど、改めて皆からのプレゼントよ」
 次の島へ着いた翌日、ゾロはナミから大きな箱を渡された。
「ブルックから聞いてビックリしたわ、まさかアンタがそんなにメイド服を着たがっていたなんて……。サンジ君が着ていたの無理矢理脱がそうとしたんだって? そんな事しなくても、直接言ってくれれば。あ、ううん、いいのいいの、ちゃんとわかってるから、大丈夫。多分あれじゃサイズが小さいと思ってオーダーメイドにしてみたの。大事にしてね。あ、それから、支払いは立て替えて置いたから、後で払ってね。利子は特別にまけてあげるわ」



2009/12/11掲載
※勘違いしたまま、ハピバ。

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