SOSシグナル



 ドンドコドンドコ
 太鼓の音も高らかに、島の人々は空へ高く燃え上がる炎を囲んで、太鼓のリズムに合わせて踊っていた。炎に照らし出されたその顔は、皆一様に楽しそうで、時折甲高い声を上げては飛んだり跳ねたり、軽快なリズムを刻んでいる。
 麦わら海賊団一向も、それに合わせて手を叩き、ルフィやウソップ、チョッパーなどはその輪に混じって一緒に踊っていた。それを見てる他の仲間達も、笑ったり歌ったり。その場にいる全員がその宴を心の底から楽しんでいるようだった。
 中でも一番ご機嫌だったのは、特等席っぽいところで女の子に囲まれてる人物。鼻の下が伸びっぱなしのその男は、例えようもないほどアホい顔で笑っていた。

 ―――本日、コックさんの誕生日。



 その島は、リトルガーデンの時とは違った意味で、実に原始的な島だった。
 現代的なモノは何一つなく、太古の頃と変わらぬような格好をした人々が、野性味溢れた生活をしていた。
 その所為なのか、現代文化を知らない住民は皆、その島独特の言葉を喋った。無論、それはルフィ達には通じず、同様にルフィ達が喋る言葉も住民達には伝わらなかった。
 唯一、博識のロビンがどこか別の島で聞いたことがある言葉と類似しているとかで、片言ながら話すことが出来たが、それ以外のクルー達は何を話しかけられても動物が鳴いてるようにしか聞こえない。「あぽぽぽー」とか「ふぉふぉふぉー」とか。全くわからない。
 しかし、船長だけは言葉はわからずとも野性的な感覚をフルに生かし、身振り手振りだけで島の人々と打ち解けあっていた。「うほ」とか「うほほほん」とか奇声を上げてる姿だけ見れば、とてもコミュニケーションが取れてるとは思えなかったが、気がつけば仲良く肩を組んで楽しそうにしている辺り、流石船長といった感じだ。
 おかげで、島の人達と特に揉めることなく上陸。
 それどころか、麦わら一向を快く迎えてくれた小さな村は、久々の客人をもてなしたいと宴まで開いてくれた。ついでに「今日はサンジの誕生日なんだ!」というルフィの一言で、ならばそのお祝いも兼ねてと、彼らの家畜である豚を丸々一頭食べようとも言ってくれた。豚は貴重な食料だ。それをプレゼントするのだから、麦わらの船長は、よほど気に入られたらしい。
 早速、村総出で宴の準備が始まった。
 豚を捌いて、大きな葉で包み火を焚く。それ一匹では到底足りないので、森へ他の獲物を獲りに行く。猪、鰐、蜥蜴、蛙、鼠。それらも捌いた順に、葉を巻いて火の中へ放り込む。他には、木の実や芋など潰して焼いた島料理を女達が次々に準備していった。
 コンロも鍋も使わない、そのワイルドな料理方法に一番驚いたり感心したりしていたのは、勿論コックさんだ。初めて目にするモノばかりで、始終楽しそうに手伝いをしていた。
 でも、何より彼を驚かせたのは、この島のレディ達の格好だ。
 初めて見た時は、それはもうビックリしたのしないの。何しろ、褐色の肌をしているレディ達が皆、惜しげもなくその大きな胸を露出しているではないか。流石に下の方だけは、獣の皮を腰に巻いていたが、それでも胸が丸見えという興奮すべき事態に、彼の鼻の穴からは危うく血が滴り落ちそうになっていた。
 そうして、宴が始まったら始まったで、その上半身裸、オッパイぽろんなレディがサンジの隣に座ってくれて、木の実を発酵させて作ったという自家製の酒をついでくれた。少し酸味が強いその酒を、サンジは景気良くあける。
「今日は人生最高の誕生日だ!」
 だって、こんな風なサービスを受けることなんて、人生の中で一度や二度、あるかないかだ。どんどん酒を飲む。
 ちらりと横へ視線を向ければ、オッパイを見せたレディが白い歯を見せて微笑んでくれた。その笑顔には羞恥の欠片もない。おそらく、その姿は彼女達にとって自然であり、当たり前のことなんだろう。
 しかしいくらそれが当たり前な格好とはいえ、根っからのフェミニストなサンジとしてはドキドキしてしまう。あんまりジロジロ見たら失礼だろうとわざとらしく視線を外したりと、ずっと忙しない。
 だが、時々どうしても気になってエロそうな目でチラリと盗み見てしまうことがある。その度に、斜め向かいのナミの呆れたような顔が見えて、ハッとしたように視線を逸らすのだが、やはり顔は緩みっぱなし。
 ロビンから声をかけられたのは、そんなオッパイ天国という幸せをそれはもう存分に堪能しまくっていた時だった。

「ねぇコックさん。お楽しみ中のところ悪いんだけど、村長さんからコックさんへ何か特別なプレゼントがあるそうよ」
「ん?」
 プレゼントと言われ、ロビンの指差す方向を見れば、確かに村長らしき老人がこちらを見て何か喋っていた。
「なんだ?」
「誕生日だから、島一番のご馳走を食べて下さい、だそうよ」
「へぇ……」
 島一番のご馳走。
 豚ならさっき食べたのだが、他にも何かあるのだろうか。
「お、いいなぁーサンジ」
「いいなぁー」
「いいなぁー」
 ご馳走と聞きつけ、わらわらとルフィ達がサンジの元へ寄ってくる。俺にも一口寄こせと騒ぐのを、足で押しやりながら黙らせていると、先程、サンジの横に座ってお酒をついでくれた女性が、葉にくるんだ何かを運んできた。
 女性はサンジのすぐ目の前にそれを置くと、上に被せていた葉を取った。その反動でご馳走の一部がポロリと地面へ落ちた。
 それを見たクルー全員がギョッとする。
「おい……これって」
「ご、ごちそう?」
「ちょ、ちょっとロビン! これ、ホントにご馳走だって言ったの?」
「ええ、多分……」
 ロビンも困惑気味な顔をしていた。そうなのだ。今、サンジの目の前に置かれたそれは、一般常識からすると食べられそうにない代物だ。
「すげぇ、これ食えんのか?」
「薬とかだと、こういうの干して使ったりするんだけど」
「食ってみりゃわかるんじゃねぇのか」
「食えれば、の話だろうが」
 そこまで言うと、全員がサンジの方を見た。
「なぁ、食えるのか?」
「食材とかで使ったことがあるとか?」
 口々にどうなんだと聞く。皆、とても食えそうにないと、判断しているらしい。コックのサンジなら何か知ってるだろうと、興味深々な様子で聞いてきた。
 しかし、サンジは勢いよく首をブンブン振った。首がもげるだろうというくらい、すごい勢いで横に振る。顔はどんどんと青ざめていく。
 大きな葉の皿に山と積まれたご馳走が、またポロっとこぼれ落ちる音がした。
 みんなの視線がそこに集まる。

 ―――芋虫。

 うわあああああ、という悲鳴をサンジは辛うじて飲み込んだ。しかし、そこから動けない。腰を抜かしたというのはこういう状態なんだろうか。
「あ! あのおっさん芋虫食べてるぞ!」
「うわ、ホントだ」
「食べてるな」
「むしゃむしゃ食べてるな」
「じゃ、やっぱり食べれるってことね」
「つうか、アレ生きたまま食ってねぇか?」
「……あたし吐きそう……」
 なかなか芋虫に手をつけないサンジに、島の人達はニコニコしながら、ほらこうやって食べるんだぞと教えてくれてるらしい。デカイ茶色の芋虫を、それはもう美味そうに食べている。
「コックさん……遠慮せずにどうぞ、ですって」
 横に座っているロビンが住民達の言葉を訳して、サンジに伝えた。
「生で食べるのが一番美味しいらしんだけど、焼いても美味しいからって」
 確かに。今サンジの目の前にある芋虫は一度火を通している。生のモノはない。何故なら、ご馳走は動いていない。
 だからって、そういう問題ではなく。
 レアがいいとか、ミディアムがいいとか、ウェルダンがお好みとか、そういう場合でもなく。
「ロ、ロビンちゃん……」
 助けを求めるような声をかけたが、ロビンはそれに苦笑で返すだけ。その横に座っているナミなど、明らかに引き気味だ。
「お、おい、ルフィ……」
 お前が変わりに食べろ、と言いかけると
「あああー! あそこにまだ肉がある!」
 肉ぅぅぅと叫びながら、ルフィは向こう側へ行ってしまった。ルフィに乗じてウソップもチョッパーも席を立つ。恐らくサンジが言わんとしてることを知り、身の危険を感じ取ったのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待てって、お前ら!」
 必死に引きとめようとすると、逆にサンジが島の人々に引きとめられた。芋虫をどうぞ、と笑顔で促される。
 ハハハ……と乾いた笑いが零れた。
「俺はその……もう腹いっぱいだし……えっとだから、俺に遠慮しないで皆で食べてくれ」
 なんてジェスチャーで訴えたが、まるで通じず手をバタバタさせて喜んでいると思われた。余計に芋虫を進められる。
 自然と腰が引けて、じりじりと後ずさる。
 誰か、誰かなんとか。
「ゾ、ゾロ」
 だから、ついには決して助けを求めたくない相手にもお願いをするはめに。
「コックは食材、無駄にしねぇんだろ」
「それとこれとは別だろうが!」
 怒鳴ったサンジに原住民の皆様が何事かと、こちらを見た。
 慌てて笑顔を作る。そうだ、ここで揉めるわけにはいかない。折角仲良く出来たのに。それをこんなことで駄目にするわけには。
 とはいえ、芋虫だ。
 島の人達の好意を無下に断るわけにはいかない。
 とはいえ、やっぱり芋虫だ。
 カビの生えたパンを食べたこともある。泥水も飲んだこともある。岩を齧ったこともある。
 だがしかし、これは―――
「一口で食っちまえばいいじゃねぇか。食えるんだろ? ……一応」
「なんだその一応ってのは! 食えるわけねぇだろうがっ!」
 顔を目一杯引きつらせて、小声で怒鳴った。
 助けろ、マジで、と。
 いくら、食文化にも違いがあるとはいえ、これは違い過ぎる。虫を食べるなんて、聞いたことがない。だって虫だ。しかも芋虫だ。
 そうこうしてる間にも、一人の女性が芋虫を摘んでサンジに進める。親切にも、食べさせてくれるそうだ。普通なら、レディに「あ〜ん」だなんて、それはもう喜ばしいことなんだろうが。
 全然嬉しくない。むしろ、泣きそうだ。なんの罰ゲームだ、これは。
 さっきまでの幸せがボロボロと崩れ落ちていくのがわかる。
 原住民の皆様の浅黒い顔に光る白い歯が眩しくてしょうがない。
 これはもう、食べるしかないんだろうか。誰かが犠牲になって食べるしかないんだろうか。
 茶色の芋虫が迫ってきた。よりにもよって一番デカイ奴。
 原住民の皆様が食べているんだ、食べれなくもないはずだと、気合で心を奮い立たせてみた。だが、芋虫のテラテラした表面やら先っぽの黒い部分と見ると、それも一気に萎える。
 このまま倒れてしまおうか、というか倒れそうだ。近づいてくる芋虫に食われそうだ。いや、食べられるのは芋虫の方か。
 鼻先まで近づいてきたその芋虫と、目が合ったような気がした。
(もう駄目だ……)
 フラフラと頭が揺れて、サンジは本当に意識が遠のいた。
 その時、横からにゅっと手が伸びてきて、サンジの口へ入るはずの芋虫をひょいと摘んだ。
 そして、芋虫はゾロの口の中へ。
「お、お前……」
 一口では食べきれない大きさのそれに、ゾロは豪快に齧り付いた。
 呆気にとられたような顔したサンジを尻目に、ゾロはもぐもぐ芋虫を食べたのだ。芋虫を持っていた女性もビックリしている。
「誕生日だしな、有り難く思えよ」
 芋虫をもぐもぐしながら偉そうな顔して、そう言った。
 ゾロには珍しく、本当に珍しく親切心というものが働いたらしい。まさに一年に一度。
「意外に美味ぇな」
 そんな余裕な発言までして。
 しかし、助けてもらった本人はその場からすっくと立ち上がると、礼も言わずにスタスタとどこかへ歩いていった。
 どこへ行くのかと見ていると、ゾロからある程度離れた場所で立ち止まった。そして、そこから叫んだ。

「金輪際、半径10メートル以内に近づくな!」

 嫌われたらしい。

「うおっ?! こっち見んな、気持ち悪ぃ!」

 しかも、ものすごく。



2005/03/02掲載
※えー……色々すみません……誕生日なのにすみません

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