卵は語る ―――人はそれを卵と呼び、コックはそれを愛と呼んだ。 「例えばレディ達への愛は、このオムレツだ。外はふんわり柔らかく、中はトロ〜リ蕩ける絶妙な半熟加減。単純にして難しい、技とタイミングが命の料理だ。この愛の意味がお前にわかるか?」 「全然」 「だよなー。お前にこの繊細さと奥深さがわかったら、そらお天道様が西から登るってもんだなー」 「だったら言うな」 「ちなみに、お前らへの愛は全く手間がかからないそのゆで卵だ」 「そういう意味か」 「そういう意味だ。レディへの愛を語るならオムレツ、そして口どけ甘いプリンというデザート。野郎共はゆで卵でも十分過ぎるよな。いっそ生卵でもいいな」 でも、ナミさんへの愛だけはオムレツ一つじゃ語りつくせないんだよなぁー、なんてことを言いつつ、サンジは鼻歌交じりでテーブルの上に大きな皿を置いた。皿の上では出来立ての目玉焼きがジュージューと音を立てている。 「で?」 「で?」 「こりゃなんだ?」 「見てわからねぇのか? 目玉焼き」 「そんなの見りゃわかる。なんでこんなに目玉焼きが並んでんだ」 「焼いたから」 「ああ、そうだろうなって、そういうこと言ってんじゃねぇだろ」 「お、そうだ! お前さ、白身と黄身どっちが好きだ?」 「はぁ?」 「だから、白身と黄身だ、白身とキ・ミ」 「どっちでも」 「そうじゃねぇだろ、そこは黄身だろ、キミ! キミが好き、なんつってなぁ!」 「……おい」 「あ、オムライスもあるぞ。喜べ、旗というポイントの高いアイテム付きだ」 「いらねぇよ、話逸らすな」 「卵酒もあるぞ、飲むか?」 「酒にも卵入れやがったのか……」 「いや、だってなぁ……まぁ、聞けよ」 「聞いてんだろ」 「卵は愛の象徴って言ってだなぁ」 「初潮?」 「バッ……象徴だ! しょ・う・ちょ・う! 何言ってんだっ、頭足りねぇのかテメェは!」 「あぁ?! 頭足りねぇのはテメェだろうがっ、どんだけ卵買ってんだ!」 「だから言ってんだろうが! さっきの島で一日に百個も卵産む鶏がいたんだよ!」 「だからって、限度ってもんがあんだろうが」 「しょうがねぇだろ! 一個一ベリーって言われりゃ、買うだろ普通、買うよな? 愛の大安売りの激安食材だ、買うに決まってるだろうが、文句あんのか、あぁ?!」 「……おめぇがキレんな」 「しかも島のお姉様方に可愛らしい笑顔で進められたら、男としては買わないわけにはいかねぇだろうが。俺としては、卵のついでにそのお姉様と愛を深めたかったんだが、たまには仲間達との愛と絆を深めあってもいいじゃねぇかと、特にナミさんとロビンちゃんな」 「アホ深めてどうすんだ。騙されただけじゃねぇか」 「んなわけあるか」 「じゃ、テーブルの上のこの山はなんだ? てめぇの言うところの愛の山か?」 「愛の山だな」 「ゆで卵だけで何個あんだよ……」 「五十ぐらい?」 「ごっ……」 「卵はそんなに日持ちがしねぇからな、今日のうちに粗方食っておかねぇと」 「あのなぁ……一日でこんだけの卵食ったら身体によくねぇとか、そういうのあんだろうが」 「そんなことに拘るような繊細なヤツなんかいねぇだろ。あ、レディ達は別な」 「お前ぐらいは拘れよ」 「まぁいいじゃねぇか。ほら、てめぇ専用の愛の卵料理やるからよ」 そして、サンジはゾロに両手を出せと偉そうに言った。思わず素直に両手を出すと、小奇麗な器を一つ手渡される。が――― 「うおっちーっ!」 「うはははは、出来たて茶碗蒸しは熱いだろうなぁ」 「てめっ」 「俺からお前に贈るあつーい愛だ。ありがたく受け取れ」 はははははーと、またサンジは愉快そうに笑うと、鍋つかみ用の手袋をした手を、ゾロの前でひらひら振ってみせた。 「俺に触れると火傷するぜ」 言いながら、残りの茶碗蒸しを蒸し器から取り出しケツをふりふりしている後姿は、限りなくゾロを小馬鹿にしていた。 そのケツひっ掴んで、ここで犯したろうか。熱くなった手の平にフーフー息を吹きかけながら、ゾロは思う。火傷をするというなら、もう十分なくらいしている。 テーブルの上には勢い余って置いた所為で、蓋がズレ落ちた茶碗蒸し。その器を八つ当たり気味に睨めば、くるっと丸まった海老と緑の三つ葉が並んでいるのが見えた。しかし、鈍い男はサンジが意図して飾ったそれに気づくはずもなく 「俺の愛はわかったか?」 と、問いかける背に見当ハズレの答えを返す。 「わかったつうか……」 「つうか?」 「似てるな」 「似てる? 何にだ?」 「茶碗蒸しのトプトプして緩そうな辺り、お前の頭の中身そっくりだ」 直後、ゾロの頭へ更に熱い愛が降り注がれたのは言うまでもなく。 2005/05/24掲載 ※そんな黄身が好き |contents| |