ちゃん、好き。好き。好きだよ、俺様」
 がそろそろ寝ようかと時計を見上げた時のこと。勝手に玄関が開いてすぐ、酒気を纏った佐助が駆け寄るなりをきつく抱きしめて同じ言葉を繰り返した。わずかに化粧の匂いが残っている。何があったかは訊かずには強張らせていた身体を佐助に預けた。それを受けて佐助が背後から抱え込んでを壊れもののように扱う。普段体温が低めの佐助だけに酔った体は熱いと感じるほどで、走ってきたのと酒のせいで呼吸も荒い。
「知ってる。私も佐助が好きだもん。すごく好き。全部好き。大好き」
 何があったかなんて、は判りきっていた。誰か女の子を抱いてきたのだろう。幸村の面倒を見るために同居している彼はそういう部分を幸村には見せないようにしている。幸村がどこまで気付いているかは知らない。ただ、二人の間には暗黙の了解が存在しており、そこにが介在することは決してできないのだ。
 だから佐助がを好きだというのなら、も佐助が好きだという。たとえ佐助に嫌いだといわれても、は好きだといいつづけるだろう。距離と関係が変わるだけのことだ。
 はあ、と詰めていた呼吸を緩めるように息を吐いた佐助は、の項に頬を寄せた。彼の髪の毛がの首や頬をくすぐって、小さく身をよじる。それが楽しかったのか佐助がぐりぐりと頭を動かした。思わず零れたの笑い声に、佐助もようやく人心地付いたのか声を立てずに笑ったようだった。


「あのさ、ちゃんに言わなきゃなんないことがある」
「なあに?」
「好き」
「大好き」
「はは、敵わねーな、ちゃんには。――今日飲みがあるって言ってただろ」
「そうだね。真田君も佐助一人で行ったのを珍しがってたよ」
「旦那にはゼミの飲みだからちゃんとは行けないでしょ、って言っておいたんだけど」
「聡いよ、真田君は」
「そーだね。それでね、実は合コンだったわけ。俺様愛しの彼女がいるんだけどー、ってんのに聞かねーんだ。女の子が絶対呼んでくれって言ったんだって。俺様モテモテで困っちゃうね」
「そりゃカッコいいもんね、佐助。ちょっと姿勢は悪いけど」
「知ってますー。って姿勢は関係ないでしょーが。でさ、あんまり煩いから行ってやったの。人間関係大事だろ、いろいろと」
「いろいろとね。あくどい事にね」
「ちょっとちゃん? 俺様そんな悪い奴じゃないぜ?」
「どうかなあ」
「そうなの! ま、女の子のレベルは高かったよ。なんてったってこっちには伊達の旦那もいてさ、お互い知らなかったもんだからそりゃー女の子来るまで罵りあいしちゃった」
「佐助、伊達君とは結構そりが合わないから、しょうがないよ」
「なんだかなー。すぐ旦那を煽るせいかね。いや、違うな。根本的に合わない、あのお人とは」
「なんだかんだで一緒に宅飲みする仲なのにね」
「もー、それはどうでもいいでしょ。俺様続けるぜ。ま、楽しくお食事させてもらいまして。もちろん金は男持ち。きれーに髪巻いてばっちりメークして男心をくすぐっちゃう服してキラキラのネイルして。ちょーっと動いた時に覗いちゃう谷間とか見えそで見えないミニスカとか体細いねーって言いながら触ってくる柔らかい手とか。最高でした」
「うん」
「女の子の一人がね、二軒目行こうぜってなった時に気分悪いから先帰っちゃうね、ゴメンね、なーんて言うの。あ、俺様狙いの子だったからさ、オマエ送ってけ男が余ってどうすんだ、みたいな男共の無言の圧力があったわけ。他の子なんてみーんな伊達の旦那目当てになっちゃってたけどね、アハー」
「女の子、ちゃんと送ってあげた?」
「もちろん丁重にホテルにお送りしてまいりました、ってな。それがまだ九時前なんだぜ? 朝一で講義入れてるから泊まってけないよ、なんてバレバレの言い訳するなんて俺様らしくなさすぎ」
「佐助らしくないこと、ないよ」
「へへ、ちゃんがそう言ってくれるだけでいいと思えちゃう。俺様病気。……だから時間中ずーっとヤってた。かわいく喘いでくれちゃってまーオトコってもんをよく判ってる子でさ、一回出した後ゴム取ってキレイに舐めてくれちゃったりして。おいしくなーいって言いながらエロい音出してくれるもんだからすぐ元通り。胡坐かいてた俺の上にそのまま座ろうとしたから慌ててゴムしたけどさ。ナマがいいな、だぜ。ピル飲んでるっつてたけど。どーだか、と思ってごめんねー俺様付けた感じも好きなの、ってごまかした。ホントいい体してて反応もよくって、聞いたらソッチの子だって言うの。学生でも働いてるコ多いんだって。行ったことないから知らなかったなー」
「お金取られちゃうしね」
「ホント。その子もタダでヤらしてくれたようなもんだし。で、帰り際にカノジョいるの、って訊かれたから、合コン行って他の女抱いても俺様が帰るの待っててくれてんのよ、いい女だろ、って言ったら笑われちまった。じゃあセフレにならない、って魅力的なお誘い受けたけどきっぱり断っといた。面倒くさい」
「おバカさん」
「待っててくれたの、誰よ。面倒くさがりじゃなくて俺の事も旦那の事も大事にしてくれるの、誰よ」
「誰だろうね」
「わっかんないなー俺様」
「私も」
「――ちゃんでしょ? 他の子じゃもうダメだわ、俺のこころは全部ちゃんが持ってるんだからさ。どうあっても離れらんない。なんでだろーね、こんなになっちゃったのかさっぱり判んない。なんかした? 呪いとか」
「しないよ、あはは。佐助って時々すっごく変なこと言うね。私のこころとからだは佐助が持ってるでしょ。だから、おあいこ」
「そっか。それなら、いいんだ。ほらちゃんって面倒見いいからさ、俺様の事もそう思ってんのかなーって不安になるの。女の子とエッチしたのもちゃんが何て言うか怒るか泣くか考えてみたりして、……あの子に悪いことしちまったな」
「私は何も言わないし、佐助が不安がることは何一つだってないよ。だって佐助が私の全部持ってるんだもん。不安なのはきっとね、佐助が傷ついてるからなの。私があんまりに淡白で、真田君にも優しくするから、私に持たせてるはずのこころを佐助は取り返しちゃう。それから自分でばらばらにして、『ほらちゃんがこんなにしちまったんだよ。どうしてくれんの、こんなことするなんてひどいだろ』って見せつける。ちょっと趣味悪いけど、だからって私は佐助の事嫌いになることなんて絶対ない。ううん、好き嫌いなんかじゃないかも。佐助が幸せであれるように、祈るように思ってる。そこに私がいられることはすごく嬉しくて、どうしようもないくらい。愛とか恋とか、好きとか嫌いとか、そんなの違う。自分でも不思議なくらいに佐助が幸せならそれだけでいいの。だってそれしか私には残ってないんだから。全部佐助が持っててくれてるんだから」


 が喋り終わってしばらく、二人して無言だった。もうには言うことはなかったし、佐助は答えようとさえしなかった。カチカチとやけに大きく秒針を刻む深夜を回ったアナログ時計。長く息を吐いた佐助が完敗、とくつり笑った。抱え込んだの身体に加減しつつも思い切りもたれかかって、すんすんと鼻を鳴らした。
 佐助は泣かない。少なくともは彼が泣いたところを見たことがない。幸村に聞いてもかすがに問うても同じことを言うだろう。佐助は泣かない男だ、と。
 体温とは違う温もりを項に感じて、は腹に回された佐助の腕をゆっくりとさする。声を立てずに体も震わせずに滴もほとんど流さずに、呼気だけで佐助は泣く。それがにはひどく愛おしかった。他の誰にも決して見せない弱さ脆さをにだけは晒している。人生を達観したような、人を超越したような存在だと思われがちな佐助だっての前ではきちんと人間なのだ。
 だから、は佐助のこころを大事に預る。また勝手に引っ張っていって傷だらけのぼろぼろにして戻ってくるとしても。本人が完全無欠と自慢するからだもの傍に居る間は大切に、無理を強いないように、それとなく労る。がいることで人であれることが、今の佐助にとってなによりの幸せなのだ。どうしてかはそう思っている。口にしたことも態度に示したこともないけれど、佐助がそれを望んでいることをのこころが知ったから、と納得しておくことにした。
 それは、自身の幸せでもある。人の幸せを願うこころをくれたのは佐助。幸せを希うのは佐助その人以外の誰でもない。
 ほんの少しだけ項が湿った頃、は数度瞬いて涙を落とした。何粒目かの温かな滴に落ち着いたらしい佐助が気付いて、ふっと微笑んだ。
「お風呂入らない? ごめんな、ちゃんも酒臭くなっただろ」
「ずいぶんくっついてたからそうかも。一緒に寝てもいい?」
「旦那の破廉恥炸裂しそうだけど、――喜んで」
 お互いにようやく顔を見合せて、掠めるだけのキスをした。
「好きだよ、ちゃん」
「知ってる、佐助」







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2009/05/11 訂正
佐助=RADWIMPSの歌詞というイメージ先行。中身がついていってない気がします。
よしわたり



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