小さな田舎に近い町に五年振りの大雪が降った。
そこへ、雪と一緒に天から落ちてしまった間抜けな天使が一人。
「なんで誰も助けてくんないのー!?」
地上に落ちていく天使の叫びに耳を傾ける者は、いなかった。
「おはよう、きょうはとくべつさむいね」
小さな小さな女の子が、目を覚まして抱きしめていたぬいぐるみに話しかける。布団から出ようとして、ひんやりした空気にぶるり、と身を震わせてすぐに布団にもぐりこむ。
「すっごくさむいよ! あ、もしかしてゆき、ふってるかも!」
にっこりとぬいぐるみに笑いかけて、冷たい床をふかふかのスリッパをはいて窓際まで近づく。カーテンを引くと、冬にしては眩しい光。
「やっぱり!」
寒さなど気にしなくなった女の子は、少し背伸びして大きく窓を開けた。ひゅう、と舞い込む雪の粉。
「さっむーい! でもすごい! こんなにたくさん、はじめてみたよ!」
窓から身を乗り出さんばかりに喜ぶ女の子は、胸に抱いたぬいぐるみに一生懸命興奮を伝える。一気に寒くなったせいで、女の子のほっぺたはリンゴのように真っ赤になってしまっていた。
おはよう、と扉を開けて入ってきた母親に気付かないくらい一人ではしゃいでいた。苦笑いしながら、母親は彼女の頭を撫でて腰をかがめる。
「おはよう、。今日は五年ぶりの大雪ですって。生まれて初めてよね? 朝ごはん食べたらお庭で遊びましょうか」
「うん!」
花が咲くように笑った女の子のリンゴほっぺを暖かな両手で包んで、母親は微笑んだ。
「じゃあ、お母さんは一階でご飯の準備してくるね。着替えて顔を洗って下りてきてね」
「わかった!」
娘の元気のいい返事に満足げに頷いた母親はちょっと困ったように窓を指す。
「でも、窓は閉めてからね。風邪を引いたら遊べなくなるよ」
「はぁい!」
約束ね、と言って扉を閉めて母親が出て行った時だった。窓辺から、小さな声がしたのは。
「いたた……。まっさか地上まで落ちちゃうなんて、俺様さいあく」
こっそりその声の主を探した女の子は、飛び上るほど驚いた。何故なら、女の子の両手に乗るくらい小さな人形が、天使みたいな羽を生やして窓枠に座っていたのだから。独りでぶつくさ文句を言っているその人形のような、生き物に女の子は恐る恐る声をかけた。
「どなた?」
「うっわ! お嬢ちゃん、俺様のこと見えんの!?」
「みえるよ。さむくない? まどしめちゃうからおへやはいらない?」
「こりゃどうも。じゃ、お邪魔しますよっと。しっかしさみぃね」
小さな生き物は白い息を吐きながらぶるりと震えた。背中についた天使のような羽も一緒に震える。
「さみぃね」
くすくす笑いながら口調を真似て、女の子は何の用心もなしにその小さな生き物を部屋に入れると窓を閉めた。暖房が入っているお陰で窓を閉めれば随分と温かい。羽を生やした少年はクッションの一つにぽすりと座ると、あー生き返るわ、と言ったあと、改めて女の子に頭を下げた。
「ごめんねぇ、女の子のお部屋にお邪魔しちゃって」
「いいの。あなた、てんし?」
「うーん、そうかもね。雪の日だからって下界を見ようとして足を滑らせて落っこちた、お間抜けな天使だ」
「ほんとに! ね、かえりかた、わかるの?」
「判ってたらお邪魔させてもらってないでしょ?」
「そっかぁ。じゃあ、のおともだちになってくれない?」
「おともだちぃ? そんなのいくらでも作れるだろ?」
自称天使の呆れたような言葉に、女の子は泣きそうになる。げ、と彼が口にしたのと彼女の目からぼろぼろと涙が落ちたのは同時だった。
「ね、おともだちいないの。すぐにいなくなるから、って」
「うあ、ごめんごめん! そっか、そうか、しょーがないな…………。あーもう、帰るまでだからね! 俺様が友達になってやりますよ!」
ヤケになった小さな少年は不安定なクッションに立ち上がるとふわりと羽で飛んで女の子の膝に乗っかった。重さを感じさせないその体に、溢れていた涙が少なくなった。
「ありがと」
涙声でそう言うと、女の子はほろりと笑った。
「はね、、っていうの。てんしさんは?」
「俺は猿飛佐助。さすけ、でいいよ」
何故か自分の羽で涙を拭かれていることについては追及せずに、苦笑しながら佐助は答えた。すっかり涙を拭き終えた女の子は、これ以上ないほどに笑顔を見せた。
「よろしくね、さすけ!」
「はいはい、よろしくちゃん」
こうして、一人の人間の女の子と一人の天使の男の子は出会ったのだった。
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2009/05/16, 2009/12/01 訂正
畏れ多くも坂本真綾ちゃんの「木登りと赤いスカート」の歌詞冒頭部分を拝借。
天使の男の子視点で語られる二人のお話がすごく可愛い曲。大好きです。
よしわたり