「暑いねー」
「そうだねー」
 日陰になった濡れ縁に、ぐったりと伸びた男女が二人。ジリジリと日向に容赦なく突き刺さる陽光、申し訳程度に吹く生ぬるい風、遠くから聞こえてくる暑苦しい鍛錬の叫び声。さらには蝉の声が種類の違いも判らないほどに重なって、体に感じる暑さを何倍にもしているかのよう。
 夏、真っ盛りだった。
「暑いねー」
「そうだねー」
 同じ遣り取りを繰り返してから、女の方ががばりと起き上がって寝転がったままの男を指差した。
「なんでそんなに着込んでるのに汗一つ掻いてないの!?」
 面倒くさそうに視線だけを動かした男は、平素の戦装束を崩しもせずに、半首に籠手に臑当てさらには腹巻まできっちりと身につけていながら、汗がにじむ様子もなかった。女の方は小袖一枚であるというのにたすきを掛けて肘から先を晒し、裾も絞って膝から下を出していて、首から下げた手拭いは汗を吸ってぐっしょりと湿っていた。
 男はしばし思考するように中空を睨んで一言呟いてから、どうでもよくなったのか瞼を閉じてしまった。
「忍だからじゃね?」
「忍ってずるい!」
 どさりと元のように倒れた女に忍び笑いをもらした男の小突かれた額に、痛えと気の抜けた声が上がって、その場は沈黙した。




 無言でいるのが早々に飽きたのか、女はまた佐助佐助と口を開く。きらきらと期待のこもった瞳を向けられた男は切れ長の眼をぱちぱちと瞬いた。
「忍の術で涼しくできない? 風吹かせたりとか水出したりとか」
 いくら忍が常人離れしているとはいえ、できることとできないことの境界はあるものだ。彼女には、日頃から突拍子もない行動を起こす主に難なく仕える佐助が少しばかり――いや、かなり人智を超えた存在に見えてでもいるのだろうか。
「そんなのできてたら忍なんてやってねーよ。ちゃんは俺様をなんだと思ってんの」
 すぐ隣にある、小さな頭に鉤爪で傷をつけてしまわないよう注意しながらそっと手を伸ばす。が、の口から飛び出した言葉に伸ばしたはずの手はぼとりと落ちた。
「真田忍隊隊長の猿飛佐助」
「うん、そうだね……」
 力無い佐助の声に訳が分からないといった顔をして、は見様見真似の印を組んで唇を尖らせた。
「佐助が前に話してくれたのよ、風を操る忍のこと」
「あー、風魔の。そういやそんな話もしたっけな」
 かりかりと頬を掻いての方を向いた佐助が、表情が緩むのを必死で耐えているような奇妙な顔になった。視線からして組んだ印が可笑しいのだろうと気付いたがささっと両手を隠す。
「さっ佐助は何かそういうのできないの?」
 恥ずかしさをごまかそうとしたは見事に噛んだ。それに堪え切れずに吹きだした佐助に、耳を赤らめて両腕を顔の上で交差させてむにゃむにゃと何ごとかを口走る。佐助は笑いながらへ腕を伸ばして、逃げようとするのを頭の横に両肘をついて閉じ込める。半分覆い被さられたような形になったがそれでも顔を逸らせようとするのを、じっとみつめることで諦めさせた佐助はできないよ、と笑い含みに言った。
「風魔の属性が風だからね。俺様は闇だからそんな便利な術は持ってない。それに、あったらあったで旦那にこき使われてるだろーね」
「『さすけぇ! 風が弱いぞ!』とか『もっと冷たくできぬのか!』とか?」
 やけっぱちになったのか、全く似ても似つかない幸村の声真似を披露したは、遠い目をした佐助に苦笑する。
「有り得そうで嫌だ」
 がっくりと肩を落とした佐助を励ますようにぽん、と胸に手を置いて、さもありなんと頷いた。
「よかったね」
「うん……」




 暑いから離れて、とにぐいぐい額を押されて仰け反った佐助が、渋々の上から退いて横になった。
ちゃん、手がしっとりしてる」
 不思議そうに額に手をやった佐助に変な声を上げて、はごしごしと両手を手拭いで拭いつつ捲し立てた。
「汗掻かない佐助がおかしいの。暑いから仕方無いの。あーっもう! なんでこんなに暑いの!」
「夏だからじゃねーの?」
 至極真っ当な答えを述べた佐助をじと目で見遣ったが聞えよがしに言う。
「私、氷が食べたくなってきちゃったなー」
 ねー佐助。にっこりと音がするほどの笑みに、佐助はケッと悪態を吐く。
「知らねーよ、軍神のとこへでも行って凍らせてもらって来いよ」
「そこは『俺様がひとっ走り貰ってきてやるよ』でしょ。あ、でも上杉には佐助の好きな女忍がいるからやっぱりいらない」
 佐助が途端に機嫌よく、頬杖片手にを見下ろしてへらへらとだらしのない顔をした。
「なーにちゃん嫉妬? かわいいなーもー! だーいじょうぶだって、俺様が好きなのはちゃんだから!」
「口ではなんとでも言えるからね、どうだか」
 つんと冷たく言いながらも、おだてに緩む頬を隠し切れていない。それが佐助をますます喜ばせていることに果たしては気付いているのかいないのか。
「アイツは軍神に惚れ込んじまってるから俺様にゃ見向きもしないし、顔合わせる度に刺されるんじゃないかって冷や冷やしてるんだぜ、これでも」
「なら、いい加減ちょっかい出すの止めなさいよ」
「いやー、これがなかなか。あそこまでからかいがいがあるとちょっかい出さずにいられないというか。打てば響く、って感じで楽しくってさ」
「少しその人が可哀想になってきた……」
「わーかってないねえ!」
 呆れて溜息を吐いたの頭をぐりぐりと撫で回して、佐助はからからと陽気に笑う。怪我をさせない力加減にされるがままのだったが、ふと手が止まったのに首を傾けた。佐助を見れば、あからさまに面倒くさそうな表情を浮かべて固まっていた。




「どうかした?」
「あーあ、せっかく休んでたのに。旦那が呼んでる」
 耳を傾けてもには何も聞こえない。忍の耳は常人では到底聞こえない音も拾えるのかと改めて感心する。主の呼立てにも拘らず、げんなりしている佐助の頬をぱん、と両手で挟んで、目を合わせた。
「何言ってるの、しゃきっとしなさいよ。猿飛佐助」
 はっと目を瞠った佐助は、次の瞬間には自信に満ちたいつもの軽い笑みを見せた。を抱えていながら体のばねだけで起き上がった佐助がごきりと肩を鳴らす。
 小さく礼を述べてから、横になっていたせいで背に張り付いてしまった服の帯上を引いて風を通す。相変わらず暑さとは無縁そうな佐助に恨みがましい視線を遣りながら、は額に浮いた汗を拭った。
 まさに立ち上がろうとした直前、少し首を巡らせた佐助がどこへともなく指を向けた。
「廚からちゃん呼んでる声もするぜ?」
 えっと声を上げたは、きょろきょろと周りを見回し一所懸命に聞こえもしない声を聞こうとする。無理だって、と佐助に苦笑されてむくれてしまった。
「見つかっちゃった」
「あれ、抜け出してきてたの? 悪い子だねー」
「だって暑かったんだもの。――それに佐助の姿が見えたから」
 冗談交じりに咎められてこねる言い訳も、惚れた相手がはにかみながら口にすれば絶大な効果を発揮する。ましてや膝にそっと指先を添えられでもすれば、である。
「調子いいこって!」
「佐助ほどじゃないと思うけれど」
 舌を出してけろりと言われた佐助はそれもそうか、と口端を歪めて名残惜しげに手の甲での頬に触れた。籠手越しの素肌を確かめるかのようにすり寄って、は心地良さそうに目を細めた。
「んじゃ、お互いお仕事してきますか」
「待って」
 ぐい、と佐助の腕を引いたが挑発的な笑顔と共にささやいた。
「今夜、待ってる」
「了解」
 それにくつりと笑ってから、佐助は黒い羽根を撒き散らすと姿を消した。
 後に残ったのは、唇を押さえて赤く色づいた顔をぱたぱたと扇いでいる、ひとり。日陰から出て眩しい光にふらりとよろめき、噴き出す汗にぽつりと呟いた。
「暑い……」









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2009/07/27
書いているこっちが無駄に暑くなりました。段々佐助の口調に混乱してきたのでがっつりゲームをやりたいです。
よしわたり



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