大学の門の前で携帯片手にそわそわと落ち着きの無い女がいた。時々、学内の方を見ては溜息を落とし、守衛に用件を聞かれたか何かで、中へ入るように言われでもしたのか、ぶんぶんと両手を振って遠慮していた。それが見たことのないヤツなら放って置いたのだが。生憎と、もう何度も顔を合わせているヤツだった。仕方なく不審者と化した女に呆れたように声を掛けた。
「 Hey, 。どうした、猿飛に用事か」
「あ、伊達君? こんにちは。え、っと、用事って程でもないんだけど、ちょっと……」
、と呼びかけられて振り向いた女は、俺を見上げて間抜けな挨拶をし、また挙動不審者に戻った。ツレの猿飛が、聞きたくも無いのに惚気話をしてきやがる彼女がこれだ。
「猿飛のヤツなら図書館に篭るって言ってたぜ。なんかあったのか」
「あー、やっぱり……」
「どうせまた猿飛が拗ねたんだろ、些細なことで。 Right? 」
「イエス。今回は私も悪かったし、真田君も巻き込んじゃって。それで、携帯も切られちゃうし直接謝ろうと思って来たんだけど」
「向こうは会う気はねェみたいだぜ? どうするんだ?」
がっくりと項垂れたは見るも哀れな雰囲気を醸し出していた。俺がいじめたみたいじゃねェか、と周囲の視線にこっそりと息を吐いて今にもへたれ込みそうなに声を掛けた。
「図書館が閉まるのは十時だ。それまで帰るつもりはないと思うが。とりあえず真田に連絡はつくか?」
「真田君は、うん。今日の夕飯は私が作るから、って佐助がメールしたみたいで。佐助に会えないならここにいてもしょうがないから、真田君の所へ行ってご飯作らなきゃ」
「 OK, I see. 俺も行く」
真田とは剣道のライバルでもあるしな、とジーンズの尻から携帯を引き抜いて電話帳の真田幸村、にコールした。眼下でが驚いた顔をしているが、そんなモンはどうでもいい。折角邪魔な世話焼きもいないことだ、真田と飯食って酒飲ませてもいいだろ、と決めた。猿飛のヤツはいちいち口喧しい。
数コールして、真田が出た。ひいい、と泣きそうになっているを睨みつけて固まらせる。俺は悪くない。
「もしもし、政宗殿、いかがした」
「 Hello, 真田。今日の夕飯、俺が作ってやるよ。猿飛と痴話喧嘩したに偶然会ってな、そういう話になった。期待して待ってろ」
「は? どういうことでござろうか。殿とおられる? 政宗殿、佐助は」
「だから猿飛が拗ねて大学から出てこねェんだよ、 You see? 」
「はあ……。朝は佐助の機嫌は特に悪くなかったのだが。殿と喧嘩をすればすぐに判るのでござるが」
「相当キてたんだろうよ。どっちが悪いのか知らねェが。つうことで、いいな?」
「うむ。政宗殿と食事をするのは中々ないゆえ、楽しみでござる。料理が得意だとお聞きしたが」
「 Yeah! 楽しみにしてろ! 猿飛より美味い飯作ってやるぜ」
「おお! それは期待が高まりまする。それでは失礼」
「ああ、後でな」
カチ、と電源ボタンを押せば、ものすごい勢いでショルダーバッグを引かれて危うく転びかけた。どこのどいつだ、この伊達政宗にそんな真似しやがって、と睨めば、が怒っていた。
「伊達君、なに勝手に決めてんの! 確かに伊達君の料理の方が私より美味しいかもしれないけど! 絶対真田君にお酒飲ませるでしょ! 今あの子大事な時期なんだから! もう私、佐助にまたネチネチ言われるじゃない、伊達君の人でなし!」
「そこまで人をコケにして罪悪感はねェのか? 」
頭を掴んで上向かせ、隻眼を細めてにい、と口端を引き上げて笑ってみせれば、思ったとおりには固まった。この女は猿飛のもう一人の腐れ縁の女と違って、凄まれると萎縮する。どうやら俺や毛利の視線に弱いらしい。底冷えしそうだと、以前の酒の席でこっそり言っていたのを聞き逃さなかった。長曾我部や前田は女を脅すことをしないし、猿飛はベタ惚れ。ちょっと悪戯心を起こすだけでこれだから面白い。
「真田は喜んでいたしな、これで俺が行かなけりゃさぞ残念がるだろうな」
視線を逸らさないまま、真田の名を出した。この女も猿飛も、真田を我が子のように可愛がっている。五つしか年は違わないだろうに、ままごとのつもりか、と呆れるほどの溺愛ぶりだ。固まっていたが小声で何かを呟いた。
「聞こえねェ、はっきり喋れ」
頭を掴んだ手に力を入れれば、痛い痛い、と小さく訴えながらは目を伏せた。
「すみませんでした。お願いします。でも、お酒は止めてください」
くく、と笑って手を放す。よろけてから、なってない防御の構えを取ったを鼻で笑って見下ろした。酒は飲ませるに決まってるだろう、明日は休日だ。
「そうと決まれば行くぞ。Party の始まりだ。さっさと案内しやがれ」
「……はい」
見るからにしょんぼりとした女の後ろ姿をニヤニヤと見ながら歩く男、傍から見ればさぞ可笑しな光景だろう。
俺の容姿がいいのはもちろん自覚している。それに大学の前だ、学生ばかりが行き来している。俺を見、に向けられる女の視線が多い。バカな女、自分ならそんな立ち位置にはならない、とでも思っているのだろう。も控えめながら見目は悪くない。男どもも変なものを見るように俺とを見ている。
さすがに勘弁してやるか、との腕を取って横に並んだ。びくり、と体をこわばらせて見上げてくるのが、今にも肉食獣に食われそうな草食動物に見えてつい笑ってしまった。
「な、なにか笑うようなことした? もしかしてメイク取れてるとか? ひどい顔してるとか?」
こわごわ訊ねてくるのがまた面白い。これが猿飛の前になると途端ツン、とするのだから不思議なものだ。くつり、と笑って手を繋いだ。
「だ、伊達君、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「いつも猿飛に抱きつかれてるじゃねェか」
「あれは佐助が悪い。そうじゃなくて、勘違いされるよ、ほら手離さないと」
一生懸命俺の手から自分の手を抜こうとしているが、握力でが勝てるわけがない。五分は奮闘して、ようやく諦めたようだった。はぼそぼそと消え入りそうに言った。
「ああもう穴があったら入りたい……。伊達君カッコいいから、女の子の視線が痛いんだって」
「 Ha, そんなの気にすんな。俺は全く痛くねェしな。そういや明日、真田は武田のオッサンの所行くんだろ」
「はあ、本当に我が道を行くんだ……。明日は朝から武田道場で鍛錬だって。佐助が機嫌直さないままだったら私行かなきゃ」
「久々に俺も体動かすか。 Alright, 真田の所に泊まってついて行くか。どれだけ真田が強くなったか勝負してみてェ!」
「ちょっと、伊達君!」
が慌てて止めようとするが、真田との勝負は楽しいのだ、止められてなるものか。真剣勝負、というのをその身に実感できる。ぞわりと体が喜ぶのは真田が俺にとっての好敵手足りうるからだろう。
「いいじゃねェか、真田も喜ぶだろうよ。 Anyway, 夕飯は何にする?」
と、背後からがっしり肩を掴まれた。
こいつの情報網はどうなってるのか、本気で疑問だ。目線だけで振り返れば、案の定猿飛がにっこり笑っていた。大学の奥にあるでかい図書館から、門から随分離れたここまで、息も切らさず気配も消して俺達に追いつくなんざ猿飛以外に出来るヤツがいたら見てみたい。
「ちょーっとお話があるんだけど、伊達クン? ちゃん、俺も悪かった。ごめんね」
き、と俺を睨んでから、猿飛はへにゃりとに笑いかけた。この変わり身の速さが猿飛のへのベタ惚れぶりを表している。腕を組んで、二人の遣り取りを傍観することにした。
「佐助!? あ、ううん、私こそごめんなさい。真田君のことは佐助の方がよく知ってるんだから、私があまり口出ししちゃいけない」
「いや、ちゃんの方が客観的に旦那を見てるから助言してくれると嬉しいんだ。俺様、旦那にはつい甘くなっちゃうから。ホント、ごめん」
「ううん、ごめんなさい。強く言い過ぎたのは私だから。佐助、許してくれる?」
「許さないわけないでしょ、もー、ちゃんのバカー!」
「ごめん、ありがと」
ぎゅう、といつものように猿飛がを抱きしめて、外だからと恥ずかしがりながらも、はにかんで俯くは頬が赤らんでいる。なんだ、このバカップルは。呆れ果てて眉間に皺が寄ってしまう。俺の存在は完全に無視か。
「もういいか? 仲直りできてよかったな、。俺に感謝しろよ」
がばっと猿飛を引き剥がして、は耳を赤くしながらありがとう、と頭を下げた。引き剥がされた猿飛がじとりと俺を見ている。
「言いたい事があるんなら口で言え、猿」
ふ、と厭味たらしく笑った猿飛はふんぞり返って俺に指を付き立てた。おい、日頃から行儀が悪いだの失礼に当たるだの喧しい自分がそれをするか、普通。
「えーえ、言わせてもらいますとも、伊達クン。人の彼女いじめて拉致して挙句手まで繋いで。しかもウチで飯食べて泊まりだって? 旦那はね、今テスト前の大事な時期なの、息抜きに明日の午前中だけ、って約束で大将の所へ行ってもいいって言ったけどね、伊達の旦那と試合なんかさせないよ、俺様絶対許さないから」
「へェ、真田の狗が咆えたところでどうってこたァねえな。独眼竜に楯突くか?」
「竜の喉、噛み千切るさ」
「言うじゃねェか、猿」
「ハッ、アンタと俺様は闘うスタイルが違う。負けて悔しがるのが目に見えるよ」
じり、と距離を取り始めた俺と猿飛の邪魔をしたのは、だった。
スパーンと小気味よい音を立てて猿飛の頭をカバンの中に入っていたらしいファイルで叩き、俺にはクラッチバッグが飛んできた。すんでの所で受け止めたものの、直撃していたら血が出ている重量だ。唖然としている俺とは違い、後頭部を思い切りやられた猿飛はいってぇ、と叫んでに泣きついていた。
「往来で何やってんの! 危うく警官呼ばれるとこだったって気付かないとは慢心も過ぎます! もう二人だろうが三人だろうが四人だろうが一緒でしょ、さっさと帰って夕飯作らないと真田君が待ってるっていうのに! ――ぼんやりしてないで伊達君それ返して。佐助は離れて」
確かに周りを見れば遠巻きに人垣が出来つつあった。携帯を手にして、怯えた表情をしたヤツも何人か。情けねェ、と呟くしかなかった。
「 Yes, I ma' am. 」
「はーい……」
自分の投げたクラッチバッグを俺の手から引ったくり、猿飛を殴ったファイルをしまい込んだはずんずんと先を進んでいく。渋々横に並んだ猿飛に、あの女に聞かれないように問い掛けた。
「あれが本性か? さっきとは別人だぜ」
「あー、俺様が悪さして本気でキレるとああなっちゃうの。巻き込んで悪かったよ、竜の旦那」
「つまり、猿飛、てめェが関係しなけりゃああはならないんだな」
「そうなんだよねー。愛のムチってやつ?」
「ニヤけんな。俺も死ぬかと思ったじゃねェか。アレ、眉間確実に狙ってたぞ」
「すごいセンスあるのよ、実は。あは、いいでしょ」
「よくねェ。つうか、てめェはマジでベタ惚れなんだな……。あんな攻撃受けて笑ってられるか?」
「へへー、俺様の彼女だからね、いくらでも持ってこいってカンジ」
絶対に聞こえないと思っていたのが間違いだった。ぐるり、と振り返ったはとてもにこやかに微笑んでいた。その邪気の全くない穏やかな笑みが逆に怖くなり、少しだけ、ほんの少しだけビビってしまった。
「なら、『バールのようなもの』でも持ってこようか、佐助」
「あはー、ちゃんを殺人者にしたくないな、俺様」
へらへらと肩を竦めてとんでもないことを口にする猿飛。こいつもがいる時といない時の差が大きすぎて気持ち悪い。
「そう思うんだったらその減らず口を慎んでくれない? 伊達君も余計な事を言わない。ちょっと頭に血が上っただけだから。すぐに落ち着くから安心して」
にこにこと笑うの背後にさっきの啖呵を切った威勢のいい姿が見えたような気がした。
「料理は二人に任せてもいいよね。佐助の腕前は知ってるし、伊達君も料理が得意だってさっき真田君が言ってたし。下手に私が手を出すより、巧い人が作った方がいいよね。真田君、何食べたいかな。二人で相談して決めよう! あ、アルコールは厳禁だということをお忘れなく、お二方」
最後だけ低く言い放って、または前を向いて歩き出した。歩幅は俺達の方が大きいのに、やけに歩くのが早い。
「うわー、怒らせちゃった……。竜の旦那、本気で料理作って。頼むの癪だけど、これ以上事を大きくすると、かすがや大将にまで伝播しちゃうから」
「 ……I see. Curiosity kills the cat. 」
「うん、同感。しっかし俺様情けねー……」
「情けねェ猿飛のお陰で面白いモンが見れた。俺達の周りのツレはアクの強いヤツばかりだからな。だけ存在が不安定だと思ってたが、そうでもねェ。しっかりてめェの嫁してるじゃねえか、猿の旦那」
「せめてそこは猿飛にしてよ……。竜や鬼ならサマになるけど、猿って間抜けじゃん」
「 Ha! の旦那、か?」
「あーそれいいかも」
にへら、と笑って手を叩いた猿飛に、またが振り返って、しばらく無言で俺と猿飛を見た。そして真顔をして、ふう、と溜息を落とすと何事もなかったようにまた歩き出す。
猿飛が肘で俺を突付いて囁いた。
「料理一品追加ねー」
「判るのか、今ので」
「あったりまえでしょ」
今にもに話し掛けたそうにしている猿飛だが、分別はあるらしい。今近寄れば無言の圧力が猿飛だけでなく俺にも降りかかる。無性に可笑しくなって、くくく、と声を出して笑ってしまった。
「何いきなり笑ってんの!? 気持ち悪ッ」
「どうしたの、伊達君」
うるせェ、と猿飛をどついて引きずり、無表情に俺を見上げてくるの横に並んで、にい、と笑った。凄んだ時のようにではなく、腹の底から笑うように。
「お前らといるのは楽しい。大学に入って俺は友人に恵まれたぜ、ホントに。だから、思い切り楽しもうと思って、な!」
ぐい、と俺と猿飛の間にを挟んで、無理やり手を繋いだ。ひぃ、と情けない男の声がした気がするが、気のせいだろう。もくすくすと笑って、今度は逃げずに手を握った。
「私も、佐助や真田君、かすがだけじゃなくて、伊達君や他の皆に出会えたことに感謝してる。ありがとうね、伊達君」
「 You are welcome! 」
に、と満足して笑えば、も満面に笑みを浮かべた。なんだ、いい顔で笑うんだな。
「え、え、俺は?」
しっかと俺と反対のの手を握り締めた猿飛が焦っていた。学内でこうも取り乱す猿飛を見たことがない。惚気話にしたって、へらりとしたいつもの調子で口にするだけで、酒の席でも二人は多少絡むが、どちらも強いのか、酒に飲まれて醜態を見せたことはない。
まさか、ここまで全力とは思わなかった。少し、猿飛に対しての評価を改めなければ。の前ではガキのようだ、と。
「佐助がいたから皆と友達になれたんじゃない。ありがと、佐助!」
照れながらも嬉しそうに笑った。俺に向けたのとは違う、顔。猿飛だけに見せる笑顔か。
「ちゃん……! 大好きっ!」
「はいはい、判ったから」
猿飛がの首に顔をすり寄せ、はその髪を梳る。これはもう、マジでガキとその母親だ。あまりの状況に乾いた笑いしか出てこない。
「……マジで面白ェな、お前ら」
俺の哀れみの視線に呆れたように苦笑すると、へへへ、とだらしのない顔をした猿飛と。俺に彼女ができたとしても、こうはなりたくないモンだ。
まあ、今はこいつら含めた友人と騒ぐのが楽しいから、そんなことは考える気にもならないが。
互いの得物は違えども剣道では好敵手、真田幸村。人生は恋に尽きる、とうたいながらも自らは傍観者、前田慶次。愛想はないが頭の回る冷静な男、毛利元就。ちょいとバカだが大らかな性格で頼りがいがある、長曾我部元親。猿飛とは腐れ縁だと言いに毎回猿飛と縁を切れと言うのを止めない金髪の美女、かすが。そして、飄々として掴みどころを見せなかったが実は熱烈恋愛中毒者、猿飛佐助。普段は大人しい癖にやる時はやると見せ付けてくれた、。
他にも、真田の尊敬する武田信玄や、その呑み仲間の上杉謙信、織田の野郎や明智の変態、巨躯の豊臣に病弱の竹中、アイツこの間学内で喀血して救急車来てたぞ。ああ、松永の最低野郎もいたか。どいつもこいつも強烈な個性しやがって、毎日が楽しくてたまらない。俺の養育係からSPになった片倉小十郎だってそうだ。あの顔で野菜を育てるのが好きだと誰が思うか。
さあ、party の始まりだ。――Are you Ready?
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2009/02/03
昔書いたのを掘り起こし。
よしわたり