「空を飛びたい」
夕陽を浴びながらの帰宅途中、その光を手で遮りながらが呟いた。今にも住宅街に沈んでいく赤い太陽の上に、一筋の飛行機雲。すっと通って、きれいな直線を引いている。同じように目を眇めながら、政宗はそれを見て、小さく答えた。
「……そうだな」
唐突に、政宗がの肩を撫でた。ひゃあ、と飛び上がったに睨まれながらも政宗は左の隻眼を悪戯気に細めた。
「肩甲骨は、翼なんだろ? よくあるじゃねェか、背から羽根の生えた古代彫刻に、中世絵画や壁画」
政宗の言葉からは、西洋の神や天使、聖人を描いた厳かなものしか思い浮かばない。彼もそれを思い描いているのだろう。はどうしても身近にある漫画やアニメをイメージしてしまう。だが、政宗はさらりと芸術で表現する辺りに教養の高さが垣間見えた。
「ある……、けど。それでも、いきなり触らないで。せめて一言断ってからにしてよ」
「 Excuse, my fair lady. 理解できなかったか」
「バカにして。確かに私は田舎育ちだけど。……いい加減手を離してほしいかな」
いつの間にか政宗の手は肩甲骨から背筋を辿り、の腰に回されていた。
夕陽は視界から消え、東の空から夜が迫ってくる。住宅と電柱に切り取られた狭い空は昼間よく晴れていた。残光の紅緋が色を消し、紅掛空色が広がったと思えば、東から濃藍がひたひたと押し寄せてくる。――夕暮れと宵の口の間の、長くて短い曖昧な時間。
「いいじゃねェか。恋人だろ」
くつくつと喉を鳴らして笑った政宗が、をぐい、と引き寄せた。左の目を彼女へと流し、薄く長い唇の端を僅かに上げる。それがとても自然に美しい所作で、は見惚れていたが、はっとして何とか離れようと不服を思い切り表して、すぐ傍にある政宗の目を見据えて言った。
「恥ずかしい」
「黄昏時だ、誰も気にしやしねェよ」
誰そ彼方。――彼方は誰ですか。夜の帳が下りて、顔も判らなくなる直前の時間。
だが、ここで流されてはならない、とは心を固める。街灯の付き始めている現代の都会にあって、何が黄昏時だ、と息を吸う。――べちん、といい音がした。
「 Ouch! 何すんだ!」
「え、とっさの一言は英語なんだ」
「まァ、幼少は英語圏で育ったからな。じゃねェ! いきなりしっぺはねェだろ、今どき! Shit! 」
が政宗の手の甲に、三本の指を温めて勢いよく振り下ろしたのだった。それは見事に直撃し、政宗はきれいな指の形に赤くなった手をはたはたとさせて、痛みを和らげようとしていた。
「言うこと聞かない子にはおしおきです」
つん、とそっぽを向いたが、たたっとアパートの入口に駆け寄る。ここで二人はお別れ。一般庶民のが借りているごく普通のアパートとは違い、政宗の住むマンションは、もう少し先の高級住宅街にある。
「じゃ、また明日ね」
にこりと笑って、は入口の門を閉める。さすがに政宗もそこまで怒ってはいないようで、追いかけてくる素振りは見せなかった。
「ああ。明日は何限からだった?」
「授業最終日にテストのあった一限はないから、二限から。政宗は?」
「 Ah……, Never you mind. 」
「一限からね。いいよ、図書館で勉強するから、一緒に行こう?」
言い難そうに目を逸らし、大きなお世話と言う政宗に苦笑して、は手を伸ばす。と、むず痒いような顔をした彼がその手を取る。
「仕方ねェ、朝は苦手なお前のために迎えに来てやるよ。きちんと準備は済ませておかないと怒るからな」
くすくすと笑うに、苦い表情で政宗が偉そうに言う。その意地の張り方が、照れからきているのだ、とが知ったのはごく最近。
「うん。よろしくね、政宗」
「 Gotha. Good night. 」
す、と手を引いたかと思うと、政宗はにずいと近寄り、軽いキスをした。
本当にそういった言動の似合う男だとしか言いようがない。頬を赤らめ、弱ったなあと言わんばかりに口許を緩めるに満足した政宗が、とん、と一歩分その場を離れた。
「おやすみ、政宗」
「ああ。おやすみ」
そうして、はひとつ手を振ってポストを覗くと二階の自室へと帰っていく。それを見送ってから政宗は自宅への道を帰り始める。
時刻はまだ午後七時を過ぎた頃。夏の日は長い。しかし、特に何もない場合の二人の別れは決まって日が落ち着るまで、だった。政宗の護衛だという片倉小十郎が、政宗様が大切になされているのであればこそ、と口を酸っぱくさせて言うものだから、政宗も諦めた。二人きりでゆっくりと過ごせるのは週末だけ。
だから、平日夜にはバイトを入れ、政宗は何らかの手段で稼ぎを得ていた。悪徳な手段ではない、と政宗も片倉小十郎も言っていたからそうなのだろうけれど、には到底想像もつかない。好奇心から探りを入れ始めたものの、偶然その断片らしきを見てしまったことから、さっさと詮索を止めた。政宗の部屋に英文で書かれた書類のコピーが散らばっていて、ラップトップは折れ線グラフが数秒毎に更新されていて、デスクトップのモニタにはどう解読するのかも判らないような文章や図形の表示されたウィンドウが所狭しと広げられていて、――は政宗の稼ぎについて知ることをきっぱり諦めたのだった。
試験期間も無事終わり、レポートも全て提出し、二人は晴れて自由の身、つまり夏季休暇となった。政宗の厳しい指導があったから落とす単位はないだろう、とは背を預ける彼へと感謝した。蝉の大合唱も喧しい盛夏の八月上旬、の部屋よりもずっと過ごしやすい冷房の効いた政宗の部屋の大きなソファに二人、背を合わせてそれぞれに本を読んでいた。
思い出したように、はたと顔を上げて、が政宗へと顔を向ける。
「そうだ。政宗、旅行しない?」
「藪から棒に何を言ってんだ……? で、どこだ? べガスか、モナコか、モルディブか。最近だとマカオもいいみたいだけどな」
体を返して、を抱え込んだ政宗が口にするのは、には到底考えも及ばない場所。はあ、と大きく息を吐いて、は呆れ顔をする。
「冗談! あのね、箱根。新宿駅から出てるじゃない、小田急ロマンスカー」
「箱根? それこそ冗談じゃねェ、あんな何もないような所へ行って何するってんだ」
「ええと、文筆活動?」
少し首を傾げてとぼけたは、その首を絞められることとなった。突っ込みも容赦のない男だ。
「ゴホ……、ごめん、そうじゃなくて。二人でゆっくりしない、ってこと。ぼんやり宿で過ごしたり、温泉にふやけるまで浸かったり。一切運動しないで、頭も使わないで、ゆっくりしようよ。政宗ってあんまりそういう経験ないと思って」
ぱちり、のすぐ耳許で瞬きの音がした。
「まあ、言われてみればそうだな……。小さい時は父に連れられてあちこち飛び回っていたし、女はあちこち遊びに行くのが好きなもんだと思っていたし。何もしない旅行なんて考えもなかったぜ」
暗にからかいの意図を含ませた政宗の声がの耳をくすぐる。ぞわりと震えて逃げようとするを絡め捕ったまま、政宗は楽しげに続けた。
「 OK, please escort me to your vacation! 」
「わわ、判った! 離してちょっと、政宗!」
「 No. 聞けねェ」
暴れようとするを抑えることなど、政宗には造作ない。くつりと笑う顔はとても嬉しそうで、反対には涙目になりつつあった。
「エスコートって普通男の人がするものでしょ、ちょっと! て、聞いてない振りして!」
がしりとの腹部を腕に収め、政宗の長い足がのそれを絡めて押さえつけている。ざりざりと項に当たるのは彼の髪。痛かったりこそばゆかったりでからは変な声しか上がらない。ぶすっとした政宗が、の肩に顎を乗せて、おもしろくねェ、と言った。
「もう少し色気のある声は出せねェのか? からかい甲斐がなさすぎる」
「そんなこと言われたってね……。はあ、しんどかった」
「それがダメなんだよ。もっといい反応をすりゃいいものを」
「なら、他の女の子にしてよ。私にはムリムリ」
チッと舌打ちして、政宗は抱え込んだに体重を掛ける。重たい、と言われようともしばらくそのまま、目を瞑っていた。
「……二人きりで旅行なァ」
退いてくれないと諦めたが、かくん、と首を政宗の肩に預けて顔を仰向ける。視界の隅に映った、伏せられた左の瞼。
「時期は紅葉や冬がいいと思うんだけどね。避暑、ってことでどうかな。政宗と旅行したくて、バイト代貯めてるの」
「 No problem. 俺が持つ」
「そういうのは嫌。せめて、自分のことくらい自分でなんとかできる人間でありたいから」
「 Ha! そこがお前のいい所だ。俺は好きだぜ」
軽くの頬に触れる、政宗の唇。キスともいえない、本当に顔をずらしたら当たっただけ、というもの。おそらくきちんとした思惑あってのことだろう、言葉も含めて。ちょい、と政宗から離れたが呆れたように小さな溜息を吐いた。
「……臆面もなくよくそんなこと。恥ずかしいって言ってるのに」
「こんなもの、挨拶にもならねェよ」
くつくつ、政宗が笑うのが、そのまま直にに伝わる。逃がさないように回された腕も足も、唇が触れただけで急に熱を帯びたように意識を持っていかれてしまう。
スキンシップが多いのは政宗の癖だった。恥ずかしいから、とが何度懇願しようとも一向に減る様子はない。政宗の右目は眼球さえありはしないが、はそれについて特に気にすることも、問うこともなかった。自分にも他人に指摘される身体的な変異があるためか、他人の身体における不備も変異もそのような特徴だ、と割り切っているからだった。
ところが、政宗はそれに驚き、――そうして喜んだのだ。
大学に入って知り合ってから一年が経とうとした頃、随分と仲の良くなっていた政宗とは、言葉で以て友人のラインを越えた。周りの友人達からは、ようやくか、と散々冷やかされたものだ。だが、単に馬が合うからと暇に飽かせては遊んでいた二人の間には、実は一切の触れ合いがなかった。それから政宗が戯れの女遊びをぱったりと止めてが隣にいることが日常となった、ある休日の夜のことだった。
政宗の部屋で何をするでもなく酒を飲みながらぐだぐだと話をしていた。缶チューハイや発泡酒、ビールから始めて焼酎に日本酒、ウイスキーへと手を伸ばし、日付が変わってがぐったりと机に突っ伏して、何もなかったようにちびりちびりと猪口を傾けていた政宗が、、と名を呼んだ。億劫に赤ら顔を向けたに、政宗は真っ直ぐな視線を向けていた。
――お前は、訊かねェのか。
薄っすらと酒気を帯びた緩慢な仕草で、政宗は右目にかかった前髪を耳にかけ、眼帯をとん、と叩いた。
――誰にだって気にしている部分はあるじゃない。私もそうだから。訊いてほしいなら、話して?
二度、三度瞬いたは、起き上がると政宗の指ごと彼の右目を左手で触れた。の小さな掌は暖かにそれを包み込んで、朱に色づいた顔をゆるりと微笑ませた。そうしてから、今度は政宗の両手を取って自らの背へと導いた。抱きしめられるほどに近付いたが政宗を見返して明るく笑う。
――判る? 骨格がちょっとね、遺伝。
――肩甲骨が張り出しているのか。……翼みてェだな。
――ふふ、そう思う? 私のはイカロスの翼。あ、そしたら、政宗のはオーディンの知識の代償ね。小さい頃に読んだヨーロッパの神話の絵本にそんな話があった気がする。イカロスはね、蝋で固めた翼を背に、人の身で、高く、もっと高く、遥か上空を飛びたいと望んでしまって、怒れる太陽神の熱で墜落した憐れな少年。背中の骨が飛び出していた私は、それがすっごく悔しくて、空を飛びたいと思ったの。将来の夢にパイロットって書いたこともあるし、今も空か宇宙に関係した仕事に就きたいって思ってるし。……あはは、酔ってるから変なこと話してる。おかしいよね、神話なんかに拘っちゃって。でも……、人と違うっていうのは気になるもん、割り切れるようになるまでずっと私の背中はコンプレックスでしかなくて。だから、イカロスに全部おしつけてやったの。替わりに私が飛んでやるから、って誓ってね。えへへ、こんなに話したの初めて。
ずっとの背をさすりながら、彼女が言葉に詰まればそれとなく先を促し、政宗は相槌を打っていた。話し終えて、くたりともたれ掛かってきたをしっかりとその胸に抱き留め、ポツリ、呟いた。
――I'm Woden? It's so crazy, isn't but.
――クレイジー? ごめんね。
――いいや、そうじゃねェ。喜んでんだよ。今までそんなこと言う奴なんかいなかったからな。そうか、俺はウォーデンか。失ったものが大きすぎて考えたこともなかった。確か、片目を代償に知識と魔術を得た、貪欲な北欧神話の最高神だな。勇気ある戦死者をエインヘリヤルとしてヴァルハラ宮殿に住まわせ、死すべき運命のラグナロクに備えている。最期は狼に飲み込まれて終わるんだったな。エッダやサガに多くの呼称があったはずだ。戦争と死の、魔術の、詩文の、片目の。
をきつく抱いて、政宗は楽しそうに笑っていた。よりも詳しい政宗の語るオーディンは、彼を示すに相応しい、とは酒の回った頭でのろりと考える。同時に、疑問も湧いて出た。
――誰もそう思わなかったのかな? 政宗にとても似合いの神だと思うけど。神々の主神なのも含めて。
その言葉に政宗が苦笑しているのが、密着した二人の体に響いた。
――俺が右目を失くしたのは病気からだ。病気と眼球の摘出を理由に、……ある人に疎まれるようになった。それを知っている奴は俺をが言う様に例えたりしねェ。可哀想に、って言うんだ。疎遠になってしまった人とは、話したくてもできやしない。これのせいでな。……はそれを気にもせず訊きもせず、俺を見てくれたのが嬉しい。挙句にウォーデンだ? 最高じゃねェか!
苦笑はからからと快活に笑う声に変わり、政宗が一層強くを抱き締めた。その腕を緩め、を見つめる政宗は、眼帯を外していた。僅かに病気の痕の残った開くことのない右目。それを眼前にしてもは全く動じることなく、先ほどと同じように掌で柔らかに触れた。
――俺を貪欲な神だと例えるなら、俺はを望む。
――エインヘリヤルとして?
―― Ha! 恋人として、だ。……いいか?
――ありがとう、政宗。
にこりと笑ったの頬に、優しいキスが応えた。も政宗の右瞼に、少し腰を浮かせてキスを一つ。不安定になった姿勢のを政宗が抱え込み、唇が触れあった。軽く、離れてくすりと笑ってもう一度。何度か触れるだけだったのが、ぺろりと舐めてくる政宗の舌に薄くが唇を開く。湿った唇と舌を強く押し当てられ、それらは溶け合った。
その日初めて、二人は互いの身体を異性として愛し、求めた。政宗もも、ほんの少しだけ涙を滴とさせた。飛べない翼へと、失われた右目へと。
「とりあえず、だ。箱根なら親父の気に入りの旅館がある。近代の文豪の真似事をするにはもってこいの、ボロ旅館だ。宿取るか?」
恥じらいに黙りこくってしまったに満足したのか、政宗が話し掛けてきた。慌ててが政宗に向き直る。
「ちょっと待って! 政宗のお父さん御用達ってことは、私じゃ手が届かない宿泊料でしょ、絶対!」
「 Ah? 問題ねェよ、宿泊券が毎年贈られてきてるが、最近はあんまり親父が使っていないしな。誰かに取られる前に小十郎に持って来させれば、お前でも泊まれる。しかもいい部屋だぜ。なんたって小さい露天風呂がある上に、景色も最高だ。外からは見えねェから、安心して入れ。いいだろ、そこで」
むう、と眉間を寄せ唇を尖らせたは納得がいっていない。さっきの言葉を無視したのか、と目で訴えてみるものの。政宗は意地が悪そうに笑んでおり、いつの間にか手にしていた携帯のディスプレイには、片倉小十郎の番号が映っていた。
「決まったことだ。嫌だって言うなら、浴衣でも夏の着物でもいいから、自分で和装を用意して来い。文人が洋装なんかしてたか? ――ああ、俺は藍か紺の着物だからな、それに合わせた色にしろよ? 合わせ方が判らなかったら店員に訊け。上から下まで全部見繕ってもらえ。最近、若い女の間で和装が流行っているらしいな。間違っても年寄りの店員がいる所には行くな、若い奴向けの店を探してそこへ行け。ひと揃いで宿代くらいにはなるだろ。それでどうだ?」
自分のことは自分でする、と言ったに、妥協案が提示された。むむ、と眉間のしわを深めて、が悩んでいる。にやにやと観察している政宗。
箱根でゆったりするのに和服は欠かせないと思ってはいたが、旅館で借りればいいとは考えていたのだ。だが、政宗は旧家の人間、着物は持っていると言う。そうなればが借り物を着ていたのでは絶対に機嫌を悪くする。節約にバイトを増やしたおかげで、通帳には結構な額が記載されている。数着の着物を、下着から帯やら留め具、履物に飾りまで買い揃えれば旅行費用分には軽く達するだろう。往復の交通費・買い物や土産のための費用を避けておいて、これくらいで二、三着、一式お願いします、と買いに行けばいいのだろうか。
悩み続けるに、政宗は追い討ちとばかりに言い放った。
「一週間だ。六泊七日。 OK? 」
「……判った。ご好意に甘えます」
は白旗を上げた。一週間着回しを考えて見立ててもらうとすれば、宿代に充分相当する額になる。別に和装が嫌いなわけではなく、ただ着る機会がないから買わなかっただけのことだ。これを機に買っておけば、やたらと和服の似合う政宗と揃いで出掛けることもできる、かもしれない。に和服が似合うかどうかは、七五三以来、着物に縁がなかったため不安なところではあるが。
「誰が着ても大して変わりはしねェよ。外国人が京都や浅草で記念写真撮ったり、芸妓や舞妓の重てェ奴を着て写真撮るのもいる。気にするな」
まるで、の不安を見透かしたように、政宗が邪気なく笑った。すう、と細く弧を描いた隻眼は、形良く笑みを作る長めの薄い唇は、迷いなく告げた。
「お前なら似合う、安心しろ」
の完全敗北だった。一気に真っ赤になった顔を隠すように政宗に抱きついて、わああ、と叫んだ。
「もういいから! それ以上言わないで! すぐにでもお店探してくるから!」
「 You're so simple-minded as me, ha! 」
「それが悪いって言うの!? いつもいつも、そうやって!」
「いや? 悪いとは言ってねェ」
「意味は同じでしょ! また政宗の思惑にハマっちゃった……。もう私、政宗に敵う気がしない」
「今更言ってんのか? 初めから判っていただろうが。俺に逆らうなんてできやしねェよ。は俺の敵でも部下でもない。―― partner なんだからな」
びしり、政宗の腰に腕を回し胸に顔をくっつけて喚いていたが、固まった。政宗の、真剣な声音に。
「互いを尊重しあうものだろ? なあ」
さらさらとの髪に通す指がひどく優しい。
「が旅行を望むから、俺はそれを叶えられるから、そうした。なら、俺がの着物姿を見たいんだ。それに答えてくれてもいいんじゃねェか?」
声音までも優しく、政宗はぴったりとくっついているを抱きしめた。からかう気がない時、本当にを愛おしんでいる時、彼は非常に率直な言動で表す。それが判っているから、俯いていたも握っていた政宗の服を離して温かな体に触れ、ゆるゆると顔を上げて政宗と視線を合わせた。
「……ありがとう、政宗」
政宗の左目が、表情が柔らかく綻んだ。
「どういたしまして、」
にこりと満面に笑みを浮かべたの額、前髪を少し除けて政宗はキスを落とす。くすぐったがるように小さな笑い声を出したに政宗も笑い、しばらく二人で小さく笑い続けた。
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2008/10/21
2009/11/06, 2009/11/07〜10, 2010/03/11 訂正
企画サイト『悲哀』さまに参加させていただいたお礼にと、『xxx』のららかさまに差し上げることができずに、データの海の底で眠っていたものです。
伊達は誰のストーリーモードをするかによって、キャラが全然違って見えるから今一つどんな奴なのかわかりません。
よしわたり