「年始、どうするの?」
 12月も半ばまで過ぎた頃。カレンダーを見ながら佐助が訊いてきた。クリスマスをすっ飛ばして年始の話って、と思ったけれど、佐助はクリスマスに馴染みのない人間だから当然か、とは改めて思い直す。最近は特に、ちょっと格好いい普通の人、になってきているから、ともすればでさえ佐助が異邦人だと忘れてしまいそうになる。

?」
 かけられた声にはっとする。佐助の目がを見ていた。慌ててごめん、と謝る。いつものことだからと佐助は気にするでもなくもう一度訊ねてきた。
「年末年始は休みになるんでしょ? 家族のところへ帰るの? 俺は行くところがないから、悪いけどここに居させてもらいたいんだけど……」
 申し訳なさそうに告げられた言葉に、は苦笑して首を振った。
「帰らないよ。働くようになってから、ずっとこっちで過ごしてたから」
「……そっか」
 ほんの少し驚いたように目を瞠って、佐助が呟く。佐助のいるところは家族で過ごすのが当たり前なんだろうか。戸惑いと好奇心と、怖れがの心に去来する。――訊いてみても、いいだろうか。

 佐助は、と出した声がやけに上擦ってしまったけれど、そのまま続ける。
「向こうでは、どうやって過ごすの? 家族と一緒に?」
「うーん、家族ってのはいないんだけど、どういったらいいかな……。仲間と一緒に飲んで騒いで、って感じで目いっぱい祝うんだ。うちは大将からして気のいい奴らばっかりだからさ、すっげー騒いじまうんだ。三日三晩、寝ずに騒ぐ奴もいるくらい。バカだよなー。で、大将がこれまた大酒呑みでさ、宴の間中飲んでてもケロリとしてんの。それに旦那――ああ、俺の主なんだけど、が負けじと張り合うもんだから、俺様毎年大忙しなんだ。……だから、こっちではゆっくりできるのが嬉しくもあるんだけどね」
 思い出すかのように、苦笑いを浮かべながらもいかにも楽しそうに語る佐助の口ぶりからして、かなり騒々しい正月を過ごしているのだと思う。はくすくすと笑って、もう少し訊いてみることにした。
「戦争とかはお休み? おせち、はないのかな、いつもより豪華な食事したりする?」
「本来、年が改まるっていうのは神聖なものだから血生臭いモンはご法度、ってことになってる。ま、建前はね。メシは普段じゃ食べられないような海の幸山の幸が目白押し、なんだけど。やっぱりこっちのがいいモン食ってるよ」
 へらり、肩を竦めながら佐助は言う。この世界でも昔の時代の食事は質素だったというから、佐助の生きている世界もそれほど変わらないのだろう。話を聞きながら、異郷を過去に持つのではなく、同時に生きているのはどのようなものなのかと想像しようとしたけれど、にはとても無理だった。うーん、と難しい考えを追い払って、できるだけ険しい顔で頷いた。
「そうなんだ。佐助もいろいろ大変なんだね」
「判ってくれる?」
「すごく」
「ありがと」
 あはは、と笑い合って、その話題は終わった。




 またカレンダーに視線をやった佐助が、困ったように溜息を吐いた。
、彼氏いるんだっけ」
「ええ!?」
 いきなりの言葉に、は飛び上がるほど驚いた。それには逆に佐助も驚いたようだった。
「あれ、いないの?」
「い、いるわけないでしょ! いたら佐助なんて追い出してるよ! 何言いだすの急に!」
 ドキドキとうるさい心臓と、真っ赤になってしまった顔が恥ずかしい。いつもなら、会社の子や友達に訊かれたのなら、いないよ、と笑って返せるというのに。
 ――佐助が訊くから。
 考えを振り払って深呼吸をして、できるだけ落ち着こうとがんばってみたけれど、あまり効果はなかった。のあまりの慌てっぷりに、佐助もつられてわたわたとしている。
「い、いや、ごめんね!? こっちではクリスマスっていうのがあって、それは家族とか、良い人、じゃねえや、恋人と過ごすんだって聞いたからさ、いるんだったら流石にここに居るのはまずいよなーと思って言っただけ! そんなに慌てられると俺様が困る!」
「ゴメンってなによ失礼な! 私が一番困ってる!」
「そーだよねー、アハー」
「あはーじゃないよ!」
「まあまあ、落ち着きなって、。……ごめん、悪いこと訊いちまった」
 いつものようにが佐助に宥められるだけではなく、本当にすまなさそうに謝られるから、の方が居心地が悪くなってしまう。

 ふい、と顔を逸らせて立ち上がる。自分の部屋の扉を引いて、佐助を見ずに俯いて言い置く。
「いいよ、気にしなくて。今まで付き合ってきた人ともあんまりうまくいかなかったし、寂しいと思う時もあるけど、――ずっと一人が当たり前だったから」
 佐助に何かを言われる前にガラリと扉を閉めた。こうしてしまえば、が出ていかない限り佐助は何もできない。ふらりとする足許、じんわりと温かくなってくる下まぶた、重くなってくる頭。ぐったりとベッドに倒れ込んで、両腕で顔を抱えるようにして目と耳を塞いでしまう。
 ――何も聞かない、何も見ない。


 しばらくそうやって、落ち着いてからはゆっくりと腕を解いた。言ってしまった言葉は取り消せない。佐助に対して、少し気を緩めすぎてしまった。これまでの誰よりも近い距離に入れてしまって、それは一緒に住んでいるからだけではない、ということくらい気付いている。気付いていながら、は気付かないふりをする。
 クリスマス、お正月、それから――あの日。いつも通り、一人で過ごすつもりだったけど、佐助を追い出すわけにもいかないし、だからといって同居しているだけの異郷の人間と過ごすのも何か違うだろう。七夕の時は、まだそれほど深く考えていなかった。けれど、今回は別だ。世間の風潮も恋人や家族と過ごすことを強力に後押ししていて、随分こちらに馴染んできつつある佐助は大体の事を理解してしまう。の事も、過去を知ってしまえばどうして佐助を助けたのかも人となんとなく距離を置いてしまうのかもきっと理解されてしまう。
 異邦人の佐助なんかに理解されたくはないと抗う一方で、佐助だからこそ理解してもらいたいと願ってもいる。そんな矛盾した考えが底なし沼のようにを捕えて沈めていくような気分だった。
 もう、このまま寝てしまおう、と考えることを放棄した。




 何時間か経って、明け方の寒さには目を覚ました。もぞりと布団を動かして真ん中で丸くなる。ぼんやりと、佐助が名字を教えてくれた時のことを思い出した。
 ――猿飛佐助。……それが俺の名前。
 こっそり声に出した。
「さる、とび」
 珍しい名字だ。それを言うなら佐助だって珍しい名前じゃない、と考え直してはこっそり微笑んだ。
 やっぱり佐助はこの世界の人じゃない。だから、深く関わっちゃいけない。近付きつつあった距離は少しの気の迷いだったんだろうと思う。とは違う、全くの異世界の人間なのだから、これ以上こちらに馴染むのはよくない。
 ――やっぱりラインはきっちり引いたままにしておこう。ここは私の生きる世界で、猿飛佐助の生きる世界じゃないんだから。
 それだけを、忘れないように呟く。


 それが、佐助にとっても、にとっても最良の選択なのだと、その時のは信じていた。









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2009/12/20
冬ですね。クリスマスですね。大晦日にお正月ですね。
設定に囚われすぎて後付けもそろそろ厳しくなってきました。
よしわたり



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