はあ、吐いた息は白くなって消えた。

 隣で小さくくしゃみをしたのが聞こえて、ちらりと顔を上げる。ニットの帽子を被って耳当てをした佐助が気まずそうに視線を外し、はぐいと抱え寄せられた。
「なんだってこんな寒い日に、それも真夜中にベランダ出る必要があるわけ? もういいじゃん、中入って温まろうよ」
 俺様風邪引いちゃう、とこぼしながらを後ろからすっぽりと抱き締めて、さらに毛布の上に防寒用のアルミシートを頭から羽織る。二人とも着ている服から暖かさ重視なので、もこもことしてなんだか不思議な感覚がする。それにがくすりと笑みをもらせば、佐助はの肩にもたれかかって溜息を吐いた。
「なーにがおかしいの」
「なんか楽しいなって思って。佐助、あったかいね」
「そりゃ、カイロ貼ってますから。尻と腹に」
「お尻は座ったら冷えるからって判るけど、普通は背中に貼るんじゃないの?」
 すぐ傍の佐助の目を見て言えば、また少し視線を外された。
「……ちゃんが風邪引いちまわないように、最初から抱っこする予定だったんですー」
 なのにちゃんってば一人はしゃいじゃってさ、俺様の気持ちなんてぜーんぜん考えちゃくれねーんだもん。ぼそぼそと耳許で呟かれる声がくすぐったい。身をよじろうとしても、きつく抱き締める佐助の腕がそれを許してはくれない。さっさと抵抗を諦めると佐助に体を預けた。
「ごめんね?」
「ホントにそう思ってんならもう中入ろうって」
「ん、あと少しだけ」
「もー、さっきからそればっかり!」
 呆れ果てた佐助の声を体に響かせながら、夜空を見上げた。




 都会といっても住宅街のこの辺りは夜になるとそこそこ暗くなる。それに、佐助と幸村の暮らす部屋は最上階――といっても三階だけど――で、ベランダに出れば晴れた日には満天の星が迎えてくれる。ここから時々幸村が飛び降りたりしているらしいけど、それは聞いた話なので本当かどうか知らない。できればウソであってほしいけど、たぶん本当だと思う。

 今日の深夜に流星群がピークを迎えるのだとニュースで知って、週末なのをいいことに夕方、二人の部屋にお泊まりセットを持って押し掛けた。天体観望しよう! と言えば、幸村はとても喜んで、佐助はあからさまにめんどくさそうな顔をした。
 夕食後、流星群がピークになる時間や見やすい方角、防寒対策にあれこれと話をしているうちに幸村はウトウトとしてきてしまった。言わんこっちゃないといった溜息を落とした佐助が幸村をベッドに押し込んできて、見ごろの時間になるまで寝支度を整えてきなさい、と言われたも風呂に入って体を温めた。湯冷めしないようにしっかりとインナーもアウターも着込んで、佐助が出てくるのを待っている間に、牛乳を温めていた。温かくて甘いのが飲みたいな、と思って砂糖をたっぷり入れてレンジで回していたら、すっ飛んできた佐助に怒られた。
「飲んだらトイレ行きたくなるでしょ!」
 髪も乾かさずに、パンツだけ穿いた姿の佐助には言われたくない。
 無駄な肉の付いていない、スマートな体つき。じっとりと半眼で見ていたら、なーに俺様に惚れ直しちゃった、と佐助はけらりと笑う。それはそうなんだけど、なんだか癪なので黙って目を逸らしてアツアツのホットミルクをこくりと飲んだ。視界の隅では乾ききってないセピアみたいなチョコレートみたいな色の髪の毛が滴を散らしながら掻き毟られていたけど、知らないふりをした。ちゃんのバカー、といういつもの言葉も聞かなかったことにした。
 甘くて優しい匂いのするホットミルクを差し出せば、微妙な表情をしながらも佐助は受け取った。一口飲んで返ってきたマグカップ。甘すぎ、との言葉と軽いキスを落とす佐助を押し返せば、肌はすっかり冷えていた。
「早く着替えてきてよ。そろそろ見やすい時間だから」
「寒そうだねとかそういう労わりの言葉はないわけ?」
「佐助が勝手に飛び出してきたんでしょ」
 唇を尖らせてそう言えば、佐助はショックを受けたような顔をして項垂れる。いつものことだから、いい加減鬱陶しい。
ちゃんって……冷たい……」

 ぐすん、と泣き真似をして着替えに戻る佐助を振り返りもせず、湯気の立つマグカップ片手に着々と準備を整える。外の寒さはどれくらいだろう、と戸を開けて、すぐに閉めてしまうほど外気は冷えている。晴れてなければ雨が雪にでもなりそうなくらい。
 持ってきたのはカイロとひざ掛けとすっぽり頭に被れる帽子と、保温下着の上下にカーディガンとコート、厚手の靴下と手袋。絶対足りない。むう、と考え込んでいたところにばさりと毛布が落ちてきた。
「さ、佐助!?」
「ホント、ちゃんってしっかりしてるようで抜けてるよねー。それ使おうよ。あとは、いつかのピクニックシートにクッションと。あー、災害対策バッグに防寒シートも入ってたな。そんだけありゃ充分でしょ」
 毛布をかき分けて見上げた佐助の、へらりとした笑みが心強い。――なんて思ったのは今回含め数回だけだけだという事実は胸にしまっておこう。
「佐助……!」
「感謝してよ?」
「してる! 佐助すごい! そういう気の利くところが好き!」
 わざとそう言ってやれば、ちゃんって鬼だ、と呟く声が聞こえてきた。押せ押せな時とのギャップがおかしいからついからかってしまうのは仕方がない。結局、似た者同士だったということ。




 しっかり寒さ対策をして外に出たのに、手足の先からどんどん熱が奪われていく。二人で身を寄せ合って、雲のない夜空を仰ぐ。

 冬の寒さに空気が澄んで晴れ渡っている夜空には、たくさんの星が見える。
 ――一番判りやすいオリオン座、明るい赤の星はベテルギウスと言ったっけ。この間ニュースに出てた。その下の方の青っぽい星はシリウスで、後もう一つ、なんとかっていう星を入れて冬の大三角。それに、北極星とカシオペヤ座と、名前は知らない赤っぽいような橙色っぽいような星がいくつか。冬は明るい星が多くて、興味がなくても夜空を見上げたらついオリオン座を探してしまう。判りやすい形も親しみやすい。名前の由来とかそういうものはほとんど知らないけど。ギリシャ神話だっけ……。


 ひとつ、ふたつ。
 一瞬のきらめきを残して消えていく流れ星。
 みっつ、よっつ。
 同じ所ばかり見ていても見つからない。ふらふらと視線をさ迷わせ、ぼんやりと広く空を見て、はじめていくつもの流星に気付く。一つ流れる間に願いを三回唱えたら叶う、というけど、実際はほとんど不可能に近い。あ、と思った瞬間にはもう消えている。
 黙って流星群に見入っているを抱えた佐助も、次々に流れる光に言葉少なになっていた。
 いつつ、むっつ。
 数えるのも面倒くさくなるほどの星が降る。

 一時間はそうしていたと思う。背中に感じる佐助の温かさに眠気を誘われて、なんとか目を瞬かせている時だった。あ、と佐助の声がした。
ちゃんが俺様のお嫁さんになるように、ちゃんが俺様のお嫁さんになるように、ちゃんが嫁に来るように」
 何を血迷ったのかと振り返ると、佐助はいたって真面目な表情で、どうかした、と言わんばかり。
「な、何言ってんの……?」
 引きつる笑みを抑えながら訊く。アハー、と楽しそうに笑んだ彼はの腹に回していた腕をもぞもぞと動かして空を指差す。そこにあったのは流星でも彗星でもなく、――人類が宇宙にかけた希望。
「ISSに願い事なんて聞いたことない!」
「しない、っていうのも聞いたことないけどね?」
 へら、と笑う佐助に言葉を失う。
 流星群がピークになるのと同時期に、日本上空を国際宇宙ステーションが通過する、それは知っていた。今もあの閉鎖空間の小さな窓から青く美しい星を見下ろしている誰かがいるのかもしれない。
 ――人はなんてちっぽけで、なのに精一杯無理をして生きようとするんだろう。地球も宇宙も、人類には大きすぎるのに。

 ぺし、といきなり両目を覆われて、声にならない声が出た。背後からかけられる優しい声。
「まーた変なこと考えてたでしょ。……時々、ちゃんは俺の手の届かないところに行っちまいそうで、不安になる」
 ささやきに近い無声音に、大きな手を外して頬に当て、柔らかく微笑んだ。
「私はどこにも行かないよ。佐助の傍にいる。いつでも待ってる」
「ホントに?」
「……ほんと」
 ふっと笑んですぐ横にあった佐助の唇に触れた。
 カサリとしたそれに、リップが持っていかれるよう。ぐい、と後ろ頭を抱え込まれて、触れるだけのキスは深く、甘く、欲を帯びてくる。一度離れた佐助の唇を伏し目がちに追えば、チロリと覗く舌がひどく情欲的にみえた。視線を上げれば、困ったなあと苦い笑みをした佐助と、流れ星の降り止まない夜空。
「――いいの?」
 佐助の問いの意味は判ってる。だから肯いて抱きついた。


 尾を引いてゆっくりと移動するISSに、もひとつだけ願い事をした。
 ――佐助のお嫁さんになれますように。









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2010/01/16
ISS=International Space Station, つまり国際宇宙ステーションです。
本当にこういう天体ショーが見れたらいいのにな……。
よしわたり



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