「佐助、ドライブしよう」
 時間はとっくに深夜。真夜中。からの着信に出た佐助はその第一声にハァ、と疑問とも呆れともつかない声を上げた。それを全く意に介することなく、は言った。
「下まで迎えに来てる。早く」
「ちょ、どーいうこと?」
「いいから」
 せっつくように言われて、佐助は諦めた。
「はいはい。準備するから待ってな」
「早くね」
 それきり通話が途切れる。携帯のディスプレイに表示された通話時間は一分にも満たない。小さく肩を竦めた佐助はやれやれと呟き、着替え始めた。

 もうシャワーを浴びた後でしかもレポートを書いている最中だというのに外出するのを断らないのは、佐助にとって、が特別だからである。それを承知の上で無理難題を言ってくるのだから、は中々性質が悪い。甘やかしている佐助も佐助だが。
 つらつらとそのようなことを考えながらアパートを下りたすぐのところにの車はあった。運転席のに軽く笑ってみせて、佐助は助手席のドアを開けた。
「お待たせ」
「遅いよ。シートベルトして」
「はいよっと」
 返事を待たずに車を急発進させたにばれぬよう、佐助はこそりと息を吐いた。


 住宅街の路地から表通りに出て、さらに交差しているバイパスへ移って車はひた走る。トラックやタクシーが圧倒的に多い深夜帯、もう少し早いか遅いかのどちらかだったら違っていただろうが、速度も出てないブレーキはよく踏むではイライラしてきていた。窓ガラス越しにのそんな様子を見ていた佐助が、あのさ、と走りだしてから初めて口を開いた。
「ETCカード貸すから、高速乗ろうよ」
「じゃあ貸して」
「……ちょっとは遠慮ってものを知ろうか、
「佐助に遠慮してどうすんの」
「俺様泣くよ?」
「泣けば」
「本気で泣きそうになってきた」
「標識出たから早く貸して」
 つまらない会話をしているうちに、緑色の道路標識が見えてきた。情け容赦もないね、とこぼす佐助が財布から取り出したカードを読み込ませ、は標識の指示に従って車線変更する。
 何台ものトラックに続いてゲートを通り、本線に乗る。ごうごうと走るトラックの群れ。はアクセルを思い切り踏み込んだ。

 FMラジオの深夜放送はまったりとしたテンポで進行する。車線を変え、トラックの合間を縫い、黙って車を走らせ続けるを横目に見て、佐助はおもむろにダッシュボードからCDファイルを取り出した。は何も言わない。カーナビ機器を操作して、ディスクを入れ替えるとラジオからCDに切り替えた。
 流れてきたのはアップテンポな曲。歌が始まるとは小さく口ずさむ。間奏に紛れてありがとの声が聞こえた。佐助はうっすらと笑んで、窓の外を見る。

「さて、っと。少しはすっきりしてきたんじゃない?」
 50kmは走ってから、佐助はようやくを見た。視線だけをちらりと佐助に向けて、唇を尖らせたが不服そうに言う。
「佐助のそういうトコ、嫌い」
「ざっくり刺さった! 今ので俺様傷ついた!」
 けらけら笑いながら身を屈めた佐助を白々しい目で見ながらは溜息を吐く。
「鬱陶しいよ」
「で?」
 の冷たい態度を気にするでもなく、にいと口端を上げた佐助が再び問い掛ける。
「……ちょっとすっきりしてきた」
 の答えに笑みを柔らかくさせて、佐助はもう一言問うた。
「話す気には、なった?」
「……まだ」
 そっか、と答えた佐助の声を最後に、車内をまた女性シンガーの歌声が占める。少し経ってから、彼女の歌にの呟きのような声が重なりだす。目を閉じて、佐助は小さな小さなの声に耳を傾けた。


「フラれた」
 いきなりのの告白にも動じずに、佐助はうん、と相槌を打つ。
 CDは一周しての二曲目、もうずいぶんな距離と時間を走ったことが判る。
「佐助の言ってたとおりだった。アイツ浮気してた。そのくせ私と佐助を疑って逆に『お前が浮気してんだろ』って言われてケンカになった」
「うん」
「佐助とはなんでもない、友達だって言ったら『それならオレだって同じだ』って」
「うん」
「でも、本当に違うのに。アイツは私にバレないようにしてたし、相手の女の子もアイツが私と付き合ってんの知ってたらしいし。なんなんだろ」
「なんだろうね」
「佐助なら信用できるけど、アイツは信用できない。そう思ったからそう言ったらフラれた。『カレシより男友達を信用するとか、ありえねー』って笑われた。だから思いっきり言い返してやった。『カノジョにさえ信用されない男が言えることか』って」
「アハ、言うねー」
「だってそうじゃん」
「ま、そうだけど。は少し俺を信用し過ぎてるし、俺を基準に他の男を見てるだろ。それじゃいつまでたってもその繰り返しだぜ。が信用できなくなるようなことをやらかしちまう方も方だけどさ」
「……わかっては、いる、つもり。あーあ、うまくいかないもんだよね」
「うまくいきにくいようにできてるんだよ、人生ってのは」
「うわ、人生語りだした!」
「ちょ、ハンドルハンドル!」
 ものすごく嫌そうに左手で隣の佐助を追い払う仕草をする。そのせいで車が少しふらついて中央線を踏む。追い越し車線を後ろからトラックが走ってきているのがバックミラー越しに見えていないはずがないのに、はわざと片手を離したようだった。慌てて手を伸ばした佐助がハンドルを左に切って、車はぐっとブレる。驚いたは、ばしんと佐助の手を叩き落すとハンドルを握り直す。その横を2tトラックがどう、と音を立て排ガスを巻き上げながら追い越していく。
「なにすんの危ないな!」
が先にやったんだろ!」
「佐助が変なこと言うからじゃん!」
「変!? 変ってどういうことだ!」
「そのまんまに決まってんでしょバカ!」
「バカって言った方がバカなんだー!」
「うっさいバーカバーカ!」
 そこから先はこらえきれずに二人して爆笑する。涙が浮くほど笑って、笑えば笑うだけおかしくなって、もっと笑う。笑いが治まってしん、となるとまた笑えてきて、数分は笑っていた。もうこれ以上は笑えないというほど笑ったが、はあ、と息を吐いた。
「アイツとはこんな風に笑い合えなかったな」
「そっか」
 それきり、は何も言わなくなって、ちょうど見えてきたSAへ車を走らせた。


 随分と長いことトイレへ籠っていたが出てきた時には、ウサギかというほどに目を真っ赤にしていた。メイクもしていなかったから、顔を洗ってきたのだろう、髪の毛がまだ少し湿っている。それでも、表情はさっぱりとしていた。
 SA内の休憩所でブラックコーヒー片手に座っていた佐助は、温かいカフェオレを買ってきて、の前に置いた。
「どーぞ。俺様のオゴリ」
「どーも」
 の好きなメーカーのもの。のことで佐助が知らないことの方が少ないくらいだ。なぜならば。
「もういい加減さ、俺様にしたら?」
「ヤだよ、幼馴染みとそのまま恋人になって結婚なんて王道少女マンガみたいなこと」
 佐助とは物心つく前からの幼馴染みで、あまりに距離が近すぎて家族のようになってしまっているからだ。唇を尖らせたはこくり、とカフェオレを飲む。

 人もまばらで、やたらとはしゃいでいる若者か、やる気のあるようなないようなトラックドライバーか、そのくらいしかいない。レストランも土産物屋も閉まっている。そんな深夜のSA独特の雰囲気が、佐助もも嫌いではない。
「飲んだら、帰ろっか」
「……うん」
 だから、佐助はことさらゆっくりと缶を傾ける。残りわずかのコーヒーをできるだけ長くもたせるために。の手の中のカフェオレも、ちょっとずつしか減っていない。会話がなくても居心地のいい関係は、そうそう得られるものではないとは今回のことでまた思い知ったのだろうし、佐助がを突き放すようなことは絶対にしないと知っている。
 ――ただ、なんとなくこのままでいるのも何か違う気がする。

「佐助」

 同時に呼び掛けて、二人の間に気まずい沈黙が下りる。カタンと空になった缶をテーブルに置いて片肘をついた佐助が、眉尻を下げてへどうぞというように手のひらを向けた。う、と詰まって、泣き跡の残るは両手に包んだカフェオレへと視線を落とした。
「あの、さ。……いや、うん、やっぱり先に佐助がどうぞ?」
 よくわからない表情を浮かべて佐助を窺うように見てくる。多分、言いたいことは二人とも同じなんだろうな、とにんまり笑う佐助はに手招きした。内緒話をするようにの耳許へ、囁いた。
「付き合おうか、
 返事は、衆目も気にしないカフェオレ味のキスだった。









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2010/03/25
帰りは佐助が運転して帰りました。
よしわたり



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