は諜報を主とする忍の一つである。幼い時分に武田の忍となってから身も心も武田の御為に捧げて道具として生きる事を決めていた。そうであれ、と里では耳にたこができるほど言われていたし、もそれを疑うことはなかった。それが忍というものだ。――そうであったはずなのだが、一つの破天荒な戦忍に絆されてからは少し違った。
早朝、まだ陽も昇らぬうち、朝靄の中にの仮住まいの許に一人の男が人目を忍ぶように訪れた。夜着のまま羽織を一枚だけ引っ掛け、髪結いもせずに合言葉を交わして文を受け取るとばらりとそれを広げる。「機ハ武田ニ味方ス」。勝敗は決していないようだが、戦の行方は決まったらしい。
そわりと冷気が肌を撫でた。竈に薪や小枝をくべ、その文を丸めて火打ちで火を付けた。水甕からたっぷりと水を汲んだ鍋を置き、五穀をざらりと入れる。流し場で洗いざくざくと切った菜や芋も加えて塩を振る。あとは吹きこぼれないように気を付けるだけ、と蓋をしてから表の間に上がり、奥への障子を引いた。
途端に布団に引き込まれる。人のぬくもりのある布団は温かく、優しく抱きしめてくる男の体は逞しく、を容易には離す気がないようだった。五穀に青菜に根菜。これほどの豪勢な朝餉をだけが取れるはずもない。よって、この男はそれなりの地位にある者。を絆したその人。
「、冷えてる……。俺様寒い」
むううと唸りながらいともたやすくの小袖を抜き取る男の衣服は布団の外に脱ぎ散らかされたままで、絡まる足が、体を探る手が暖を取るためだけではないことに気付かぬほども初心ではない。
「今、文が来たわ」
男のなすがままに布団の中で裸体を晒しながら、はくすりと笑う。
「文より先に佐助が帰ってきたのだもの、此度の戦も武田の勝利は揺ぎ無いと判ってはいたけど、形式上ね」
睫毛を震わせ、薄く目を開けた佐助は焦点の合わない瞳でを見る。額に、米神に、頬に、耳朶に、――ハァ、と色の混じった息をこぼして喉を曝け出したに唇を寄せながら、くつくつと帯だけを残した姿になったに馬乗りになる。
「ホントはここにいちゃいけないもんねえ、俺様。ま、お仕事の方はさっさと済ませたし? 何の問題もないんだけど? 戦の後って昂っちゃってしょーがないの。まだ足りないなァ、……?」
にい、と口許を緩めながらも双眸は獣のよう。押しつけられた生身の熱はの腹を幾度も辿り、てらりとした粘性の跡を残す。
垂れ落ちてきている佐助のあかがねの髪をかき上げて、はくろがねの瞳をうっとりと細める。しゅんしゅんと耳障りな音がしてきていた。
「鍋が吹きこぼれてるわ」
「俺様、もしかしなくても愛されてない……?」
がくりと佐助の頭がの肩の上に落ちてきて、はくすくすと笑って返す。
「愛がどういうものか知らないけれど、折角佐助がくすねてきてくれたものだもの、一緒にいただきたいわ。――火を止めてくるから、待ってて」
あっさりと佐助を仰向けにし、夜着を整え直したは唇を重ねて表へ出て行った。
確かめるようにおのれの唇をなぞり、顎に手をした佐助は、寝癖の跳ねたあかがねの髪もそのままに一人頷くのだった。
「うん、俺様愛されてる」
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2010/04/15
あかがねは赤銅色、くろがねは鉄色です。佐助がBASARAだから! な髪の毛の色をしているので、なんとなく。かすがはこがね(金)ですね。しろがね(銀)、あおがね(鉛もしくは錫)を入れて五金と言ったそうで。何の関係もありませんが私は青銅の錆びた感じが好きです。
直接的な表現をせずに色気を出すのはめちゃくちゃ難しいです……。
よしわたり