冷えた空気の中、自転車を漕いで自宅へと走る。部活が少し長引いたせいで待ち合わせの時間に遅れてしまっている。待たせてしまっていては申し訳ない。角を曲がってマンションが見えたところに、寒そうに立っている人物を見つけて、慌てて声をかけた。
「殿!」
ぱっと振り返ったその人は、静かに、とでもいうように人差し指を口の前に立ててぶんぶんと首を振る。最後にぐいと漕いで、キィ、とブレーキをかけて彼女の前で止まった。
「真田君、声大きい!」
開口一番叱られて、すみませぬ、と口に手を当てれば、困ったような顔で小さく首を傾げて彼女は言う。
「遅れたって気にしないよ。おかえり」
「ただいまでござる」
にっと笑って答えれば、彼女も笑う。
「それじゃ、買い物行こう? 寒いし、夕飯は鍋でもいい?」
「もちろん。何鍋にしましょうか」
「冷やご飯があったから、鍋の後で雑炊ができるやつにしようよ」
「おお! ならば寄せ鍋はいかがでござろう」
「ホタテとかカキとか、冬の魚入れちゃおっか!」
「うむ!」
自転車を押しながら、隣を行く彼女に合わせて歩く。彼女の方が年上で、こちらは高校の制服であるから姉弟に見えるやもしれぬ。だが、彼女は家族でも男女交際をしている相手でもなく、佐助の良い人で、数奇な縁から知り合いとなり、今では真田幸村の姉のような人である。名を、という。
近くのスーパーへ向かいながらは買うものを挙げていく。今日の夕食と明日の朝食の材料、切らしている牛乳や常備菜、菓子。いつもは佐助一人で行くことの多い買い出しになぜ二人が行くのか。がマフラーを触りながら呆れたように溜息を落とした。
「どこのサークルにも入ってないのにヒマそうだからって理由で学祭の準備に泊まり込みさせられるなんてね」
「断ればよいものを……」
「ねー。でも伊達君とか逃がしてくれなそうだし」
「政宗殿は他人の都合など知ったことかという男です」
「……真田君って伊達君に対して結構言うよね」
「好敵手に対して、相手を観察することを疎かにしてはならぬ。一瞬の油断が命取りになりまするゆえ」
「……むちゃくちゃだ」
苦笑するに、さてなんのことやらと白を切る。伊達政宗は幸村にとってライバルであり友人であるけれども、苦手な部分がないわけではない。はっきりと口にできるほどに仲がいいため誤解されがちではあるが。
「慶次君なんて呼ばれてもないのに手伝いに行ってるみたいだよ」
「そもそも慶次殿は学生でないのではござらぬか」
「まあね。お祭りがあって楽しかったらいいんだって」
「自由にもほどがあるでござる……」
友人達の話で盛り上がりながら夕方の町を歩く。赤信号に足を止めて、見事に紅葉した並木に晩秋を感じる。この時期の早朝ランニングは気をつけないと霜で湿った落ち葉に足を取られて滑ってしまう。この間も転びそうになったばかりだったと嫌なことを思い出した。
「あ、ナンテン。もうクリスマスもお正月もすぐだね」
の声にはっとしてその視線の先を見た。深い緑の葉と赤い実の色合いが正月飾りやクリスマスカラーを連想させる。
「某は紅葉ばかり見ておりました。まだまだ秋だと思っていたのに、とっくに冬がきていたとは」
「真田君は休みの日もあんまりショッピング行かないから知らないだろうけど、街中はクリスマス一色なんだよ」
「なんと!」
信号が青に変わってくすくすと笑うが先を歩きだす。
「それで思い出したんだけど、買い物の後でちょっとつきあってもらえる? お礼にケーキおごるから」
何かを企んでいるような含み笑いを浮かべるに首を傾げた。この場に佐助がいれば、が幸村を誘ったことに対して大騒ぎしているだろう。
「構いませんが……。佐助でなくてよいのですか?」
「うん、佐助じゃダメ。サプライズでクリスマスカード送ろうと思ってるの。他にもかすがとか慶次君とかにも送るから佐助だけ特別ってわけじゃないんだけど。それに、クリスマスパーティの招待状にもなるかなーって。一人一人違うのにしたら、皆が集まった時に見せあいっこして楽しめるじゃない?」
「それはおもしろそうでございますな!」
「でしょ?」
ことあるごとに飲み会だの徹夜でゲームや麻雀だのをする友人達はきっとの案を面白がるに違いない。クリスマスには家族や恋仲の二人で過ごすのが一般的だろうが、いろいろと問題の多い彼らは常識の枠など軽く超えている。そう口にすれば幸村も人のことを言える身ではないとに笑われるだろうか。
楽しそうに話すに頷きながら、不思議な感覚になっていた。
「まこと――、」
非常にアクの強い性格をした者達がバラバラの方向を見ているのに楽しくやれているのは、がいてこそだと思う。気をきかせ、人の心を読み取るのが巧いのだ。人の間を取り持つのも本人が思っている以上に才能がある。
それに加えて、存外に脆い佐助を支えるだけでも普通の女子ならそう長くは続かぬだろうし、佐助が全てを曝け出すのも以外ではありえなかった。
――佐助はよい人に巡り合えた。感謝しておりまする、殿。
「なに?」
消えた言葉に瞬きをしたに向かってにこりと笑う。
「いえ、なんでもありませぬ。そうと決まれば買い物を早く済ませてケーキを食べに行きましょうぞ」
「その前にクリスマスカード忘れないでね」
「承知!」
自転車に鍵をかけて店の中へ入る。暖かな空気を吸って冷たい息を吐いた。
バイトに行っていた佐助が帰宅して、宿題を進めていた手を一旦止めた。何か飲んで休憩しようと台所へ行けば、佐助はポストから取ってきた郵便物やチラシを広げていた。
「旦那ー、手紙来てるよ。ってちゃんから? あれ、俺様にも?」
「俺にもか?」
「うん。あ、クリスマスカードか」
いそいそと封を切った佐助が中からカードを取り出して喜んでいる。凝った作りのカードの隅に短い言葉。佐助へのカードをどれにするか一番悩んでいたが、の選んだものなら何でも喜ぶのだから杞憂だと、どれだけ言いそうになったことか。
「佐助と一緒に住んでいるのだから一枚でいいと断ったのに……」
デザインの違う封筒を蛍光灯に透かしながら眉を寄せる。それでも頬が緩むのは、のそういうところを好ましいと思うからだ。
「え、なに、俺様に黙って二人でなにやってたの!?」
「買い物のついでにクリスマスカードを一緒に選んだだけだ。俺やお前だけでなくかすが殿、政宗殿、毛利殿ら皆に送るというから協力したまで」
に留守を預けたのは自分であるのに、やかましく言う佐助へ軽蔑の視線を向ける。無言で睨み合うことしばし。
「……報酬は?」
「カフェラテとケー……、いや、なんでもない!」
「口止めまで!?」
「やましい関係ではないことはお前が一番よく知っておろう!」
「そうだけどさー……。なーんかおもしろくない」
カード片手にすっかり機嫌を損ねてごろりと横になった佐助を跨いで、コーヒーを入れる。一人にしておけば勝手に機嫌を直すだろう。部屋に戻って手紙を開ける。折り畳まれていたカードを広げると見事な日本庭園が現れた。外国人に人気だという和風のカードを幸村が見ていたのに、はしっかり気付いていたらしい。今度会った時に礼を言わねば。机の前に飾ると勉強を再開した。
「もしもし、ちゃん? カードありがとー! 俺様大感激っ! ねぇねぇ、それでクリスマスどーするー? 話し合う必要があると思うんだよね、うん、だからデートしよう。ちょ、冗談じゃないって本気だって。旦那ばっかりずるいじゃん俺様もちゃんとデートしたい! え? バイト? ひっでー俺様よりバイトを取るのねこの浮気者っもう知らない……わーッ冗談だから切らないで!」
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2010/11/19
とりあえず周りの人間みんなに「こいつらバカだな……」と思われていればいいと思うよ。
相変わらず幸村は難しいでござる。
よしわたり