「ああーどうしよう……。決められないよぉ……」
バイト中、カバンではなくバカでかい鍋を背負った学生を見かけました。
「水炊きにしようかな。いや、やっぱり、すき焼きにしようかな……」
鍋コーナーの前で。
このパラレルワールドにもどうにかこうにか慣れてきて、最近はガードも覚えたりしたです、こんにちは。って私誰に向かって挨拶してんの?
おとといは休み時間中なぜか教卓にあったネギで佐助君のBASARA技を防いでしまいました。日々人間離れしている自分に恐れを抱かずにいられません。その後、しおれたネギを教卓に戻しておいたらいつの間にか消えていました。次の授業は英語でした。
って、現実逃避をしている場合じゃない。事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ! ここ普通のスーパーですけどね。しかも夕方時で結構混みあっていますけどね。そんな中をオロオロと内股でいったりきたりを繰り返す鍋学生がいつまでたってもそこをどかないせいで「今晩は鍋よ(はーと)(楽でいいよね)」なお客さまがたの邪魔になってます。さっきからずーっと悩んでいる様子。このままじゃダメじゃん……と鍋学生に声をかけてみることにした。
「あのー、お客さま。後ろの方が困ってます」
「ひっ!」
にっこり営業スマイルとバイト声でバッチリ問題なかったのに、鍋学生はビクッと震えてものすごい勢いで振り向いた。のに、次の瞬間にはふてぶてしい態度になりやが……おなりになった。
「あ、なんだー怖い人じゃないならいいや。客が悩んでるんだからいいでしょ」
「いえ、あなたの後ろで大勢のお客さまが怖い顔をしてます」
ネッ☆と期待を込めて振り返ったそこにさっきまでたむろっていたお客さまの姿はなく、いかにも不健康そうなひょろほそ長い銀髪のパンクな格好をした人間(仮)がカートにもたれかかってユラユラ立っていた。今度は私も鍋学生とヒイッと竦み上がる番だった。
ゆうらりとゾンビのように首を動かして、その(略)人間(仮)がしゃべった。
「……金吾さん、いつまでここにいるおつもりで?」
「あわわあわ……!て、てて、天海さまー!? 助けてー!」
「えっ知り合い?」
「いかにも。私は天海! 誰よりも……」
「ぎゃー! 誰か知らないけど助けてーっ!!」
なぜか私の後ろに身を隠そうとする鍋学生と、草刈り鎌(商品です)を両手にポーズを決めだす(人間)。なにがどうなっているのかさっぱりわからない。
私達の周りに客はいなくなっていて、少し離れた精肉売り場のテープレコーダーがオススメ商品をエンドレス連呼している。客はいたって平穏に行き来している。普段通りの光景。
「私の台詞を遮るなんて、金吾さんはなんと慈悲のないお方だ」
「えっ、ちょ、いや、なんで私が絡まれてんの!? アンタたち二人知り合いなんでしょ!? 私を巻き込まないでよ!」
不気味な静けさの中、だらんと垂れ下げた両手の鎌の刃をこっちへ向けてちょっとずつ近寄ってくる(人間)。鍋学生は完全に鍋の中に隠れてしまっていた。あれ、その鍋さっきより大きくなってない?
「……私と金吾さんが知り合いですって? ク、クク、ハハハハ……! おかしなことを言いますねぇ、貴方」
「ごべんなざぃい……」
「アンタは謝る場面を間違えてる」
思いっきりイっちゃってる高笑いをした(人間)はターゲットを鍋学生から私に切り替えたようだった。感情の読めない瞳が私の姿を捉えて、草刈り鎌がひゅうっと風を切るような音を聞いた。
とっさに私の背後に逃げ隠れていた鍋学生の鍋を引っ掴んで変態に応戦した。ガイン、ガイン、と重たい金属音が鍋を持つ手に伝わってきてしびれる。両手の鎌が振り下ろされたのを見て、初撃はやりすごせたんだと止めていた息をぶはぁと吐く。
人間離れもここまでくると私も立派なBASARA足軽くらいにはなれるよねーこんなんじゃまだまだ無理かなーハハハーと不毛な脳内会議が0.1秒で終了した。変態がそれはそれは嬉しそうに目を細め、鎌をすいと持ち上げた。
「クククク……どうやら貴方は私と同類のようだ……」
「んなわけねーよ」
このままだとやられてしまう。鍋は武器ではなくて学生のカバンです。ちらっと学生に視線を落とすと、涙目の彼は意を決したように頷いた。なにをするのかはあえて聞かない。変態が奇声を上げて斬りかかってきた瞬間に鍋を学生へ返してバックステップした。当たり前にこんなことができるようになった自分に泣きたい。
「やられてばかりじゃないからね!」
巨大化した鍋の上に学生が浮かんだと思ったら、鍋よりも大きな大根やカボチャや人参や椎茸やネギがその周りを踊りだした。団子……? 彼は頭から湯気の立つ鍋の中に飛び込んでバタバタして、具材は踊って、変態は「アッ!」「イイッ!」と気持ち悪い声を上げる。阿鼻叫喚の図とはこのことか。
「ヒギャァアアアア……!」
「ごめんなさいーっ!」
BASARA技が終わると同時に変態は力尽き、鍋学生は鍋を被って謝っていた。
尻を突き上げてつっ伏している変態の髪がざんばらに散らばって、足の生えた鍋が抜き足さし足しているなんて、シュールにもほどがある。と、遠い目をしていたら肩を叩かれた。
「はい?」
「さん。これはどういうことかな?」
「え……」
ニコッと笑う店長の後ろに修羅が見えました。
コンビニで買った肉まんを食べながらトボトボ夜道を帰る。
「はぁ……」
結局、店長には雷を落とされ、さらに解雇されました。
お客さま同士のいざこざを止められなかったことを咎められましたが、この世界での生活になって日が浅い私が華麗にBASARA技使って諍いを収められると思うなコンチキショー! 一般人でもそれが普通とか、あらゆる面でクレイジーすぎる。徐々にそれが普通になってきているなんて意地でも認めないんだからねっ……!
明日からまた職探しの日々がはじまるお……。佐助君には黙ってないと「バイトなんてしてないで俺様と一緒にいてよー!」ってダダをこねられる。ちょっとウザい。嫌いじゃないんだけど、バイト代で雑誌とか服とか買ってるからバイトしないわけには、とモヤモヤ考えた。私、佐助君に相当ほだされてる。
「あ、さっきの鍋」
信号待ちをしていたら隣に二度と見たくなかった鍋学生が並んで、思わず溜息をついてしまった。
「鍋!?」
まさにガーンといった顔をした学生は、すぐに私がさっきの店員だったと気づいたらしく、シュンとして謝りはじめた。もう鍋学生からの謝罪の言葉はお腹いっぱいです。それよりも変態から一言の謝罪も出なかったのはどうしてよ。
信号待ちをしている間に話をして、鍋学生もとい小早川君が一年生だと知った。こっちに非がないわけでもないから、自転車を押して駅までついていってあげることにした。毛利君とはご近所さんだとか、二年の石田君に因縁つけられてるとか(しかも「貴様を見ていると無性に切り刻みたくなる」という理不尽な理由で。わからなくもないけど)、片倉先生を伝説の小十郎さんと呼んで憧れていたりとか、例にもれず変な子だった。
「これでもぼくは戦国美食会の一員なんだからね!」
「あー、あの学校で噂の。メンバー他に誰がいるの?」
「それは言っちゃだめなんだ。秘密の倶楽部だから」
「変なもんばっかりあるんだねー、あの学校」
「そうかなぁ……」
小早川君にとっては普通でも、私にとっては変なんです。
駅に着いてそれじゃあね、と見送ろうとしたら小早川君は、ハッと大事なことを思い出したように切羽詰まった声で聞いてきた。
「ねえ、水炊きとすき焼き、どっちがいいと思う?」
「しらんがな」
「(´・ω・`)」
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2010/12/13
この話は地の文をどんな口調にするかすごく迷います。オタク的な内省かなあと書いていたら日頃の自分そのままになりそうで非常に怖い……。
私は毎日金吾さんに癒されまくっているのに、金吾さんネタが一向に見つからないのはなぜじゃー! となったので布教を兼ねて。
天海さまのセリフが所々間違っていたらスイマセン! 台本集買ってから修正します!
よしわたり