1.鶴姫
「あっ! ショートケーキお姉さん!」
 そんな変なあだ名で呼んでくる子に心当たりは一人しかいない。少し前に知り合った女子高生、鶴姫ちゃん。なんでも、風魔君に一目ぼれして四国から飛び出してきたという箱入りお嬢さま。実家は大きな神社で、巫女さんでもあるらしい。
 どういう繋がりで私のところに話が来たのかわからないけど、引っ越しの手伝いを頼まれた。その時に差し入れで持って行ったショートケーキをすごく喜んでくれて、そういうありがたーい名前をいただいた。風魔君のことは宵闇の羽の方、長曾我部君のことは海賊さんと呼んでいるから不思議なあだ名をつけるのは変わった趣味なのだと思いたい。
「鶴ちゃん……。もう止めてよ、その名前」
 脱力しながら言うと、彼女はキャッ☆と大きな目をぱちくりさせた。
「いけませんか?」
「普通に呼んでくれると嬉しいんだけどな」
「今度から気をつけますね。お姉さんも手作りですか?」
「どうしようかなと思って」
 ここはスーパーの製菓材料売り場。私たち以外にもたくさんの女の子が真剣に品定めしている。お手軽に凝ったものが作れるし、なにより安上がりに済む。まさかそんなこと、渡す方には絶対に言えない。
「あの、お姉さんの彼氏さんってどんな方ですか?」
 佐助のことを説明するのは苦手だ。でも、鶴ちゃんの目が真剣だからちゃんと答えなきゃと思った。
「うーん……、八方美人というかなんというか、ひょうひょうとして掴みどころのない感じ。実はものすごーくめんどくさい性格してるけどそれを知られたくなくて取り繕っちゃうから、すぐに疲れちゃって私のところに倒れ込んでくる、おバカな人」
「……お姉さんは彼氏さんのこと、とっても好きなんですね」
 言葉にするとくすぐったくてなんだか小さく笑みがこぼれた。鶴ちゃんが高校生とは思えないほどに優しい表情をするものだから、急に照れが出てくる。
「わ、私のことは置いといて! 鶴ちゃんは風魔君にあげるの?」
「はい! でも受け取ってくださるか不安で……。手作りは重いかなとか、高校生なのに有名店のだとらしくないかなとか、そもそも甘いものお嫌いじゃないのかなとか……」
 キラキラした笑顔があっという間にしゅんと落ち込んでしまう。本人には悪いけどその姿はいじらしくてかわいらしい。
「大丈夫だよ。みんなでご飯食べる時に風魔君も一緒にいることがあるけど、特に嫌いなものはないみたいだったし」
「本当ですか!?」
 首が取れるんじゃないかってくらい勢いよく顔を上げた彼女にちょっとしたことを伝えよう。役に立つと思うから。
「北条さんっていうおじいさんのところでお世話になっているからかな、和菓子が結構好きみたい」
「まあ! それはいいことを聞きました! わたし、お抹茶は少し自信があるんです☆」
「ご実家で教わったの?」
「はい。そうと決まったら早速道具を送ってもらいます」
 ニコニコと笑顔を取り戻した鶴ちゃんがぴょこんとお辞儀をする。
「ありがとうございます! 今度ぜひお点前をさせてくださいな」
「楽しみにしとくね」
 何度も何度もお礼を言う鶴ちゃんと別れて、はたと気付く。
「……あれ? 私、なに作ろうと思ったんだっけ」
2011/02/09




2.伊達
「Hey,」
 ファッションビル内の生活雑貨の店で珍しい人に呼び止められた。手に取って見ていたキッチンウエアを棚に戻すと、意味ありげな視線を向けられた。
「なに?」
「猿飛へのpresentは決まったのか?」
 にやにやと言われて少し赤くなる。確かに今日探しているのは佐助へのプレゼントだけど、はっきりそう言われるとかなり恥ずかしい。
「……今考えているとこ」
「バイト先のケーキでいいじゃねぇか。オレはアンタのとこの好きだぜ。真田や毛利もそうらしいが。それに社割が使えるんだろ?」
「ありがと。でも誕生日もクリスマスもバレンタインも、なにかあるとそればっかりな気がして控えてるの」
 私のバイト先の洋菓子店はそこそこ有名でどれもこれもおいしいものばかり。店頭価格より少し安く買えるから、つい自分が食べたくて買ってしまうこともしょっちゅう。何人かで集まる時は定番の手土産になってしまって新鮮味がない。
 今年は思い切って手作りにしてみようかと意気込んで道具を買いに来たのはいいものの、普段プロの作品に接しているだけに考えれば考えるだけやる気がなくなっていたところ。カラフルでいろんな形をしたシリコンのカップケーキ型に目を落として溜息を吐いた。
「参考までに、伊達君ならなにがいい? 世間離れしてない範囲だと」
 ダメもとで意見を聞いてみる。楽しげに左目を細めて、とてもあくどい笑みを浮かべられた。
「自分の体にchocolate塗りたくって差し出しな」
「うわあ……ひく……」
 釘を差しておいたのに変態的なことを言われて後ずさる。クツクツと愉快そうに喉を鳴らし、それから予想外にまともなことを言う。
「ま、好きな奴からもらえればなんでもいいと思うぜ。さりげなく言葉を添えてな」
「へー、伊達君って意外にロマンチスト?」
「男はみんなそういうもんなんだよ」
 ひとつ笑顔を置いて、それじゃあまたな、とエスカレーターへと向かった彼は当然のように可愛い彼女に怒られている。睨まれると怖いのでそっとその場を後にした。
2011/02/10




3.北条
 祝日だというのに朝から大学の公開講座の手伝いをしている。ゼミの教授に頼まれて、夕食をおごってくれるという実に現金な理由で二つ返事でオッケーしたからだけど。受付でレジュメを配ったり場所の案内をしたりと働いて滞りなく講座が終わり、後片付けをしていると見覚えのある人がいたので、声をかけてみた。
「こんにちは、北条さん。お元気ですか?」
「んん?」
 誰だったか、と訝しむような顔をされて、曖昧に笑う。
「えと、風魔君の友人の、」
「おお、武田のところのぢゃな?」
 思いだしてくれたのは間違ってはいないけど微妙に当たっていない。まあ知り合いの知り合いだからそんなものだろう。武田先生のところ以外で会ったことがなかったから今日の講座を聞きにきていたのかなと訊ねる。
「そうですそうです。北条さんは公開講座に?」
「公開講座? なにやら騒がしいと思うたわい。儂はこれぢゃ」
 北条さんは背負っていたリュックから分厚い紙の束を取り出して見せてくれた。
「カルチャースクール? うちの大学ってこんなのやってたんですね、わが校ながら知りませんでした」
「もったいないのう。充実しておるぞ」
 ほれ、と冊子を貸してくださったのでペラペラとめくってみる。北条さんの言うとおり、いろんなものがある。その中に付箋のついたページがあった。
「盆栽ですか?」
「うむ。奥が深くておもしろいんぢゃ。週に三回のお楽しみでのう」
 ヒョヒョヒョ、と顔をしわくちゃにして笑う。楽しそうな北条さんにこちらも笑顔になる。
「このあいだテレビで見ましたけど、最近外国で人気なんだそうですね。小さくて手のひらに乗っちゃいそうなサイズから何百キロもあるような大きいものまで幅広くてびっくりしました」
「そうらしいのう。儂らの教室にも外国人がおるわい。変に日本好きなれでーで、着物を着たり禅寺で修行したりするそうぢゃ。盆栽に初めは大興奮しておったわい。いつかそやつに我が北条家に代々伝わる桜を盆栽にして見せてやろうと約束しとるんぢゃ」
 おじいちゃんと日本好きの外国人のおばあちゃんという組み合わせを考えただけでほのぼのする。
「それは楽しみですね」
「まだまだ生きてやろうと思えるわい。今日は少し早いがと教室の皆に贈り物をくれてな、それが年寄りが多いもんぢゃからか甘食なんぢゃ」
 これこれ、とまたリュックから出してみせてくれたのは昔懐かしい焼き菓子。大学近くの老舗パン屋さんのロゴマークが焼かれている。
「わー、懐かしい!」
「ここで会ったのもなにかの縁だしのう、何個かもらったからおぬしにこれをやろう」
「ありがとうございます! また武田先生か風魔君に会う時にお礼をお渡ししておきますね」
「気にするでない。ささいなことが嬉しいのは老いも若きも変わらんわい」
 手渡された甘食は冷めているはずなのに、とてもあたたかな気がした。
2011/02/10




4.長曾我部
 平日の昼下がりにもかかわらず、賑やかなテーマソングの流れる大型家電量販店はそこそこ込み合っている。レポートも試験もようやく終わって、はやる気持ちを抑えながら目的の場所に向かっていたところで肩を叩かれた。
「よう。久しぶりだな」
「あ、うん。久しぶり」
 大柄でぱっと見ヤンキーのような銀髪の男が人懐こい笑みを浮かべていた。私とも佐助とも違う大学に行っているから、他の友人に比べると顔を合わせる機会は少ない。それでも彼の生来の兄貴風によるものなのか、随分仲良くしてもらっている。
「今日はうるさいのはいねえのか?」
 佐助のことか真田君のことか、それともかすがのことか。うるさいの、と言われてすぐに出てくる人が何人もいるのはあんまり嬉しくない。
「まあ……。そういう長曾我部君は?」
「奇遇なことに俺も一人だ。珍しいこともあるもんだ」
 アニキ親衛隊と呼ばれているあの暑苦しい取り巻きがいないなんて本当に珍しい。思わず目を丸くする。
「どおりで雨が降ってるわけかぁ。なにか買い物?」
「おう。『富嶽』が映らなくなってきたんで買い替えようと思ってな」
「ふ、ふがく?」
 厳つげな名前にオウム返ししてしまう。買い替えられるものでそんな名前のもの、あっただろうか。
「おうよ。秋葉原でパーツを買って自作した俺様自慢の14型ブラウン管よ! ま、もう十年から使ってたし、地デジ化するし、キリがいいだろ」
「テレビって自作できるものなの?」
「知識があればできなくはないぜ」
「へぇ……」
 PCを作る人は聞いたことがあるけど、テレビを作ってしまった人は初めて見た。そういえば電子工学を専攻しているんじゃなかっただろうか。
「そういうあんたは?」
「私は修理に出してたPSPを受け取りに。モンハン買ってすぐに電源が入らなくなっちゃって。おかげでレポートも試験もバッチリでした」
 苦笑しつつペロリと舌を出せば、そりゃあ災難だったなと笑われた。
「ようやく解禁! 狩って狩って狩りまくるよー!」
「色気ねえなあ」
 ちょっとバカにするように鼻を鳴らされたから、ムッとして正直な気持ちを言い返しておいた。
「私がモテたら佐助が泣くじゃない」
「……へいへい」
 呆れたようにボリボリと頭をかいて、肩を竦めた彼はテレビ売り場へ逃げるように消えていった。
2011/02/10




5.毛利
 イベント前のはなやかな空気の店内で、たくさんの女の子たちがあれでもないこれでもないとショーケースのお菓子を覗き込んでいる。見ているこちらも笑顔になれるなあとニコニコしていたら、そんな雰囲気をものともしない仏頂面を下げた青年が店に入ってきた。
「毛利君、いらっしゃい」
 一瞬お客さんの視線が集まって彼は不機嫌そうに眉を寄せる。ちょっと苦笑しながら話しかけると、わずかに表情が和らいだ。
「新作はあるか」
「うん。えーっとね、イチゴのタルト、チョコレートムースのシュー、いよかんのマドレーヌ、アーモンドプラリネのブラウニー、アップルパイなんかどうかな?」
「ふむ……」
 真田君ほどではないにしろ甘い物好きな常連さんは、いつものように顎に手を当てて思案する。女性客が浮ついているのはおなじみの光景。
「でも、今一番のオススメはザッハトルテとか生チョコとかの限定ものだけどね」
 あまりそういうことを気にしない毛利君も限定品に目を引かれているようだった。
「ザッハトルテとアップルパイをもらおう。それと、チョコレートスコーンを別に」
「ありがとうございます。どっちも自宅用でいいの?」
「ああ」
「少々お待ちくださいね」
 商品を取って別々に箱に入れる。動かないように固定して、ザッハトルテの方には小さめの保冷剤も。スコーンはビニール袋に包んで手提げ袋の一番上に置く。
「お待たせしました。お会計ちょうどいただきますね、こちらお気をつけてお持ちください」
 無言で手にした毛利君は少し考えるそぶりをしてから、スコーンを取り出した。
「やろう」
 ざわ、と店内がさざめく。なにか怖ろしい状況になっている気がする。
「……どうしたの?」
 冷や汗が出る思いをしながらぎこちなく笑うと、静かに怒気を発せられた。
「日頃の礼だ。黙って取っておけ」
 どうしてこんなにも尊大な態度なんだろう。毛利君だからと言ってしまえばそれまでだけど。
「あ、ありがたく……」
「フン」
 恭しく両手で受け取ると、さっさと彼は店を出ていってしまった。ありがとうございました、と声が出たのは自動ドアが閉まってからだった。同時に、あちこちからいろんな感情のこもった念を飛ばされる。
「……バック入りまーす」
 気持ちはありがたいけど時と場合を考えてください、と今度会った時に伝えようと思いながらバックルームに向かう。言ったところで、何故我が貴様の都合など考慮せねばならぬ、と言い返されるのがオチだとは考えないことにした。
2011/02/11
2011/08/25 訂正




6.武田
 武田信玄、と達筆な表札が出ているお屋敷の前。広くて威厳のある木造住宅は最初こそ気圧されたものの、今となってはとても居心地がいい場所のひとつ。
「こんにちは」
 大きくてどっしりした構えの門前で呼び鈴を押すとすぐに顔見知りの初老のお手伝いさんが通用門から出てきてくれた。
「いらっしゃいまし」
「武田先生にこちらをお渡ししていただけますか? 今は来客中だとお聞きしたので、伝言も頼めますか?」
「あら。お客様は上杉さんですから、せっかくなのでお会いになっていかれては?」
「いいんですか?」
 これまた知り合いの名前が出てきてびっくりした。最近いろんな人に会うような気がする。
「ええ。先ほども徳川さんがおいでになっていたところですし。ご案内しましょうね」
「ありがとうございます」
 お屋敷へ招かれながら、徳川君ってどんな子だったっけ、めちゃくちゃ体の大きい謎な人かなあ、いやそれは違う人かなあ、とちょっと考える。そもそも面識あったっけ。そうこうするうちに客間に着いた。
「お館様、失礼いたします」
 廊下に膝をついたお手伝いさんにならって、荷物を横に置いて正座する。いつもこの時ばかりは緊張してしまう。障子が引かれて、深々と礼をする。顔を上げると上座にいる武田先生と、その正面でこちらに振り返っている上杉先生と目が合った。
「お正月ぶりです」
「どうしたんじゃ、一人で来るのは珍しいのう」
「なにかありましたか?」
「真田君に声をかけようと思ったんですけど、ちょうどすれ違ってしまって。お正月にお邪魔させていただいたので、近くですけど旅行へ行ってきたお土産をと思いまして。上杉先生にもお渡しするつもりだったのでこちらでお会いできてよかったです」
 紙袋からお土産の包みを取り出すと、武田先生はにっかりと笑った。
「おお、わざわざすまんな。こっちへ来てコタツへ入って話をしていかんか」
「いえ、すぐにお暇しますので」
「みずくさいことをいわずに、おいでなさい。さるとびといってきたのですか?」
 上杉先生は微笑みつつそんなことをさらりと言う。
「婚前旅行か、いいのう」
 続いて武田先生の発言に腰を抜かしそうになった。
「いやいや!」
「おや、ちがいましたか」
「面白くない」
 悪びれない上杉先生と唇を尖らせる武田先生に、隣のお手伝いさんはクスクス笑っている。佐助がいろいろと触れまわっているおかげで、半ば夫婦のように思われているのは知っていたけど、いくらなんでもひどい。誤解を解かなくては。
「……お邪魔させていただきます。私と佐助君はそんな関係じゃないです」
 あったかいコタツに入らせてもらいながら小さな声で、まだ、と付け足す。それを耳聡く聞きとった二人は顔を見合わせてにんまりした。
「幸村のことは心配せずに二人で行ってみればどうじゃ」
「ゆうきをもってきりだしてみなさい。きっとよろこびますよ」
 泣いて喜ぶに決まっている。二人ともそれをわかってて言っているから意地が悪い。そして、たっぷり三時間コイバナをさせられた。
2011/02/11




7.かすが
 チャイムが鳴って、試験が終わる。五限目の時間だったから窓の外はもう暗くなっていて、帰るのがめんどくさいなあと思ってしまう。机の上を片付けてバッグを持つと近くの席のかすがに声をかけた。
「お疲れ、かすが。ちょっと難しかったね」
 耳にかけていた髪を梳かして小さな溜息を落としたかすがが頷く。
「ああ。一問どうしても解けなかった……」
「かすがも? 私も……」
 二人してうなだれて、終わったことは仕方がない、と諦めたかすがに同意した。
「そういえば、チョコは持ってきたか?」
「え?」
 当日渡そうと思っていたから、出された手のひらに首を傾げる。すると、私にじゃない、と怒られた。
「謙信様に差し上げるものだ! 私に預けると約束していただろう!」
「……あー」
 一月前にそんなことを言った気がする。最近ずっとそわそわ落ち着かなかったけど、理由を聞いても答えてくれなかったから忘れてしまっていた。
「どうして忘れるんだ! 明日お前の家に取りに行くから準備しておけ!」
「えっ、明日? ムリだよ、なんにも準備してない」
「なら、今すぐ買いに行け」
「そんなあ、じっくり考えさせてよ。適当なものじゃなくてきちんとしたものにしたいし」
 むう、と眉を寄せる。その答えにかすがも満足したのか、まあいいだろう、と言ってくれた。
「それに佐助に渡すのもまだ決まってないんだよね……」
「そんなもの、チロルでいい」
「……一回冗談で誕生日プレゼントに渡したら、その場で泣かれて一週間口きいてくれなかった」
「やったことがあるのか」
 思い切りびっくりされた。その時は私も大人げなかったと反省している。謝りに謝り倒して、別のプレゼントを用意して、嫌になるほど甘えさせて、ようやく佐助は機嫌をなおしてくれた。一言もしゃべろうとしないくせにずーっとくっつかれていたものだから精神的にかなりキツかった。もう二度とあんなことは冗談でもしないと心に誓った。
「あ、じゃあ明日買い物につきあって? 上杉先生の好みとか知りたい」
 手作りは怒られるに決まっているからデパ地下に買いに行こう。ちらっと不敵に笑ったかすがに悪い予感がした。
「デルレイ」
「……ゴディバ」
「ピエールマルコリーニ」
「……モロゾフ」
「フーシェ」
「うう、わかりました……」
 負けた。ウキウキとかすがは手帳を取り出して予定を確認する。
「何限で終わりだ?」
「二限。かすがは?」
「私もだ。校門で待ち合わせしよう」
「うん。よろしくね」
「ああ。また明日」
 なんだかんだで、かすがは私のためにも一緒に悩んでくれるんだろうなと思う。明日が楽しみ。
2011/02/11




8.真田
「こんにちはー」
 勝手知ったるなんとやらで佐助の家に上がる。実家から段ボールいっぱいに送られてきた野菜をお裾分けに持ってきたけど、生憎と住人は二人とも留守にしているようだった。
「書き置きしておきますよー」
 独り言を呟いてさて帰ろうと玄関で靴を履いたところで、ガチャリと勢いよくドアが開いて人が飛び込んできた。
「曲者ッ!」
「わーっ!」
 正拳突きをされそうになって間一髪かわす。人間、いざという時はとっさに体が動くものらしい。相手が誰かはすぐにわかった。
「真田君っ、私、私!」
「んなっ!? も、申し訳ありませぬぅうう!!」
 ズザッと音がしそうなくらい後ずさった真田君は条件反射のように直角に頭を下げて、閉まりかけのドアに額をしたたか打ちつけて悶絶した。
「ぐ、うおおおお……ッ!」
「真田君ー!?」
 リビングのソファに横になった真田君の真っ赤になったおでこに氷嚢を乗せる。一瞬痛みに顔をしかめたけど、氷の冷たさにほっと息を吐いたようだった。
「かたじけない……」
「ごめんね、驚かせちゃって」
「いえ、某が落ち着いていればこのようなことにはならなかったはず。未熟なこの幸村を叱ってくだされおやか、ッ……!」
「ああもう叫んじゃダメだってば」
「はい……」
 真田君はがばりと体を起していつものように雄叫びを上げようとし、頭を抱えてうずくまる。落ちた氷嚢を拾ってタオルを巻き直して渡す。しおしおとソファに沈み込んだ真田君にこちらも悪いとはいえ、溜息をこぼすしかなかった。
 こうなったら、様子がおかしいことに気付かないフリはできなかった。
「なにかあったの?」
「……なにも」
「佐助には言わないし、笑ったりしないから」
 口ごもる真田君を促すと、途方に暮れたような目を向けられた。
「……襲撃が、あるのでござる」
「敵の?」
「まさか! その、女子からの……」
 もごもごと非常に言いにくそうに告げられて、おおかた理解した。心なしか伸ばした後ろ髪まで落ち込んでいるようにみえて同情せずにはいられない。
「それでかあ。いつも以上に気合い入ってるだろうしね」
「せめて一言あれば、と」
「さっきみたいにテンパる真田君が簡単に想像できるよ……」
「そのせいでこれまでことごとく受け取り損ねているのでござる。これでは佐助のものを分捕るほかない……」
 女の子のことよりお菓子の方に心残りして不穏なことを言う真田君に、いつもどおりか、と同情していた気持ちをぺいっと放り投げた。
2011/02/12




9.前田慶次
 女性店員さんばかりのデパ地下の特設スペースの一角で、長い茶髪をポニーテールにした体格のいい青年が客引きをしていた。買い物客も圧倒的に女性の割合が多いから浮いているかと思いきや、ナチュラルに溶け込んでいる。
「やあやあそこのおねーさん! 愛しの彼氏へのプレゼントはもう買ったかい?」
 見つからないように、とこっそり祈りながら店頭に立ってすぐ声をかけられた。目敏い。
「間に合ってます」
「そう冷たいこと言わないで見ていってよ! 俺を助けると思ってさ!」
「……昨日は向かいの店で同じこと言ってたよね? おとといはそこの角。その前はエスカレーター下りてすぐのとこ。それに私、今は一応前田君のライバルなんだけど」
「あれ、そうだっけ?」
「シラ切ってもダメです。うちのチョコ買ってくれたら考えるって言ってるじゃん」
「困ったなあ」
 全く困った様子もなくニコニコと笑う前田君にちょっと呆れる。ヘルプで臨時店舗に入った数日前から毎日見かけるけど、いつも違う店先に立っているのはどういうことなんだろう。
「稼ぎ時に稼いでおかないとね!」
「なにも言ってないんだけど」
「おっとと」
 両手で口を押さえて瞬きする姿は不思議と憎めない。今は敵味方なので容赦はしないけど。
「で、お世話になってるおじさん夫婦にこのチョコセットどう?」
「うーん、利がまつねえちゃんの作ったもの以外欲しがらないからなー……」
「まつさんの手料理おいしいもんね。それじゃホットチョコにできるこれとか」
「ココアとは違うのかい?」
「パウダーになってなくて固形から作るからココアより濃厚なのが違いかな。甘さはお好みで何種類かあるし、砂糖やミルクで調節してもいいし」
「そっかー……。んじゃビターとスイートひとつずつ!」
「ありがとうございまーす」
 にこやかに商品を包んでお会計を済ませてから、ちょっと心配になってしまった。
「前田君、やけにあっさり買ってくれるね」
「ん? ……って、あー!!」
 本気で今気付いたようだった。呆れを通り越して頭が痛くなってきた。
「五個入り、後で買ってあげる」
「おっ、ありがとう! 悪いなー」
2011/02/14




10.猿飛佐助
 2月14日。バレンタインデー。寒いなあと毛布にくるまりながらぼんやりテレビを見ていたら、日付が変わった瞬間に携帯が鳴って死ぬほどびっくりした。思った通りというかなんというか、佐助からだった。
「もしもし?」
「もしもーしちゃんハッピーバレンタイン! ってことで上がらせてね!」
「……は?」
「お待ちかね! ちゃんの愛しの愛しの佐助くんがチョコをもらいにきたよ!」
 唖然としている間に部屋に上がり込んできた佐助が毛布ごとをぎゅうっと抱きしめて、寒かったー、とこぼす。
「今夜は泊めてね! 旦那には言ってあるから!」
「え!? ちょっと、なになに!?」
 わけのわからないまま流されて腕の中から抜け出せない。どうにかしようともがいていたら、不意に熱っぽい眼差しにぶつかった。
「……話は後でもいいよね」
 言うなりかぷりと噛みつかれるようなキスをされる。悪戯っぽかったそれは何度も何度も繰り返されて、そのたびに優しく甘く、深くなっていく。滑り込んだ舌が歯を撫で、誘われるように緩く口を開く。くちゅ、とわざと音を立てて舌を吸われると頭の隅がぼんやりした。
「ん、……」
「んふ、えっろい顔」
「佐助もね」
 くすりと笑いあってまた唇を合わせる。息苦しくなるまでキスに溺れて、頬から首筋に手を滑らされる。ひんやりした手のひらにそわりと震えがした。
「佐助、待って」
「なーに?」
 ささやく声が優しくてくすぐったい。ちょっと離して、とまだ力いっぱい抱きしめてくる腕から抜け出した。
「チョコ、作ったの」
「手作り? うれしー!」
「失敗してるかもしれないけど……」
 冷蔵庫からラッピングした小箱を取り出して佐助の前に座る。
「全然、気にしないって。ちゃんのその気持ちだけで俺様天にも昇れそう」
 へらりと笑って言うものだから、二度とするまいと思っていたけどつい意地悪をしたくなった。
「じゃあこっちでもいい? 気持ちは同じだし」
 テーブルに置いていたチロルチョコの詰め合わせの一つを渡す。律義に受け取った佐助は包みを開くとパクリとそれを食べて、納得のいかない顔をした。
「……この程度ってこと?」
「ごめんごめん。気持ちを込めて作りました。もらってください」
 控えめに差し出すと佐助はデレデレと照れながら大事そうに胸に抱く。なんだか乙女チックだなあと苦笑したら、ぷうと頬をふくらませる。
「悪い?」
「ううん」
「嬉しいんだからしょうがないでしょ。今開けるのもったいないな」
「日持ちしないから早めに食べてね。あと、真田君には絶対取られないように」
 この間のことを思い出して忠告すると急に佐助の表情が暗くなる。
「そういえば。毛利の旦那に北条のじいさんに大将からもプレゼントもらったらしいけど、どういうこと?」
 相変わらず地獄耳なのに驚いた。誰にも言ってないのにどこから聞いてきたんだろう。
「心配?」
 ちらりと挑発的に覗き込む。じょーだん、と笑う佐助の目に火がついたのがわかった。
ちゃんが本気で俺様に惚れてるって知ってるから」
「すっごい自信」
「そっちが心配した方がいいんじゃないの?」
「お言葉ですけど」
 それこそありえない。全く不安がないとクスクス笑うと、弱ったように肩を竦められる。
ちゃんには一生敵わないわ」
 チョコの箱をテーブルに置いて、佐助はそっとの頬を両手ですくい上げる。まっすぐ見つめてくる瞳。
「今すごくチョコより欲しい物があるんだけど、いい?」
「もちろん。私も同じ気分」
 触れあった唇は、少し乾燥していた。こんなに人を愛することができるのが幸せで、思いを寄せられるのが嬉しくて、涙が出た。
2011/02/14










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うおー! がんばった自分!
とある曲をモチーフにしてみたんですが、慶次だけ挫折。どうやってもかすりもしませんでした。合言葉はチロルチョコ。
よしわたり



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