色紙で、小さなひひなを折った。

 赤と、黒。そんな配色だったような気がするが、もうほとんど覚えていないので紅白だったかもしれないし、黒白だったかもしれない。確かめる術はない。
 ――女の子の成長を願って、か。
 出来上がった二つのひひなを手のひらに乗せてあの子の言葉を思い出そうとした。右の頬が少し引きつれるような笑みが浮かんだ。
 ――成長じゃなくて幸せを願ってもいいかな。




 任務と任務の空きをなんとか調節して、数日前から目を付けていた人里遠く離れた山奥の、朽ちかけた老梅の花見と洒落込んだ。常人にとってふうわりと鼻をくすぐる花の香りは、忍がまとって帰れば面倒くさいことになるのは承知の上。まるで今しか時間がないのを解っているかのように空も晴れ、花も綻び始め。春とはいえ夜はまだまだ寒いがこれくらい笑って飛ばせる。
 根元に座りこんでひひなを取り出して隣に並べる。二つのかわらけに湿らせるだけの酒。一杯をひひなの前に置くと思いもかけず、ほうっと溜息が口を吐いて出た。
 ――話していい、って言われってるって思っちまう。
 もう、後は口に任せるだけだった。
「旦那が、ああ、源次郎がさ、前に俺様が作ってやった菓子覚えてんの。梅が咲きだして思い出しちまったみたいで。もう一度食べてみたいな、なんて言ってくれちゃって。そりゃー俺様何でもできるすっげー忍だからさ、覚えてるし作れるし、……でもあんたのこと思い出すから渋ってたんだよな。俺の中では終わったことにしてたから」


 目を閉じるとダメだった。
 次から次にたくさんの――終わってしまった、なかったことにしたくて忘れようとしてきた、ちっとも色褪せない――あの子との異郷での日々が頭に戻ってきた。
「ハハ、そうだ、いろんなことあったな……」
 己がどんな顔をしているか解らないが、笑おうとするのに息だけが力無く漏れていく。
「女々しい、なぁ」
 ぐしゃりと頭を抱えて、ひひなに向かって苦笑した。まるで、あの子に対してそうやっていたように。

 刹那、息を忘れた。




「あんたの幸せを願ったつもりだったんだけど」
 にんまりと笑ってかわらけごとひひなを散り散りに破壊した。術を使って跡形もなく消し去ってから、ううんと伸びをする。時間の割にいい休息になった。
 数度軽く呼吸をして、忍へ戻る。音もなくその場を後にした。


 ――「シャンとしなよ、佐助」って背を押してくれてるんだろ? 









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2011/03/03
2011/03/04 訂正
リアルで色々もう本当に色々ありすぎてヘタってるところになんか降ってきた。
ひひな(音:ヒイナ)=「ひいな」「ひな」ともいい、紙で作ったお人形さん。今の雛人形の原型のようなものと捉えていただければ。参考文献大活躍です。
よしわたり



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