午後五時、お疲れ様です今日も一日疲れたなあと、バイトを上がったはバックスペースの机に伸びていた。この時間の交替は今日は珍しくだけで、他に誰もいないのをいいことに隠しもせずに大あくびをした。一回あくびをすると続けて何回か出て次第に眠くなってくるものだ。二階にあるこの部屋の窓は開けられていて、通る風が気持ちいい。すぐ外に立つ木の瑞々しい葉が触れあってさやさやと音を立てている。
――いい気持ち。
微笑みながら組んだ腕に頭をのせる。きちんとまとめていた髪も解いてゆっくりと息を吐く。少し窮屈な姿勢ではあるけれど、今にも眠ってしまえそうだった。
と、静かな部屋に場違いに明るい音が響いた。しまったマナーモードにしてなかった、と呟きながらロッカーから取り出された携帯がやたらに鳴り続ける。早く出てくれとでも言わんばかりの、トランペット吹きの休日。マナーモードにし忘れることの多いが自戒を込めて設定しているのだが、――現在のところあまり効果はみられないようだった。
ディスプレイを見てぱちぱちと瞬く。小さく首を傾けてそれを耳に当てた。
「もしもーし、なあに?」
「あ、お疲れ。ねー、夕飯ウチに食べにこない?」
佐助の声音が浮ついている。何か楽しいことでもあるのだろうか。悪戯気に細められた目だとかほんの少しだけ綻んだ口許だとか、電話越しの表情が簡単に思い浮かぶ。も自然に笑みがこぼれた。
「いいの? どうしたの?」
「旦那の実家から大量の野菜が送られて来てさ、それが男二人分ってにはちょーっと多くて。ありがたいんだけど生モノだから保存もあんまり効かないでしょ。それにおいしいものはおいしい内にいただかないとね」
「ほんと? じゃあ、ごちになります。これから作るの? 買い物して行こうか?」
「いや、買い物は済ませてる。後は俺様の腕を揮うだけ。あ、待って、飲む?」
「うーんどうしよっかな。佐助は?」
「俺様ビールがいい。ビール」
からりと笑って言う。了解と応じればひどく楽しげに電話の向こうで笑うので、もう飲んでるんじゃないのか疑いたくなった。
「そら豆塩ゆでにしておくよ、うまいぜー。なんせ今、旦那がサヤから出してる」
「私が行くまでにご飯出来てなかったらビールなしね」
「んふー、俺様を誰だと思ってんの?」
あまりに自信に満ち溢れたその物言いにおかしくなったの口はさらりと言葉を紡ぐ。佐助の口癖。
「猿飛佐助でしょ、おバカさん」
「なんかちゃんに言われるのって新鮮……。ハマりそう」
ほうっと溜息を吐きながら夢見るように言うので、思わず顔をしかめた。変な趣味に走って欲しくはない。さっさと電話を切った方がよさそうだ、と軽く肩を竦めて立ち上がる。
「まだバイト先だから一時間くらいかかるよ。できるだけ急ぐけど」
「そんなに慌てなくても大丈夫、ゆっくりでいいよー」
「わかった。それじゃ」
「うん、――待ってる」
電源ボタンを押してから大きく息を吐く。少し顔に熱がいっているような気がして手で扇いでみた。
佐助の声は時々爆弾だ。本人もそれを判った上で最大限の効果を期待して使うものだからいつまで経っても慣れそうにない。今だって含みを持たせたのは、会いたいからとか好きだからとかいったことをわざと言わなかっただけだ。ちょっと低く強めに、待ってる、なんて言われたら。
――嬉しい!
わああっと赤面した顔を押さえてぶんぶん振ってから、は勢いよくロッカーを開けて自分の服を取った。バタバタと更衣室に立てこもったと思ったらすぐに出てくる。着替え終えたバイトの制服をナイロンのショップバッグに詰め込んで、荷物を全部引っつかんでバックスペースから飛び出した。
アイリスの涼しげなショールをゆったりと巻きながらも爪先は先へ先へと走る。バイト仲間への挨拶もそこそこに店を出ようとして入口のドアセンサーに捕まった。ふわりと翻るスカートが戻りきる前に開いたドアから駆け出す。タイミングよくバスが走ってくるのが見えて、は駆ける足に力を込めた。
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2009/05/24
色と季節感、食事を織り込むのが好きです。巧く表現できればいいのですが。
二年も前に書いていたのを今更発見。なんだか今より瑞々しい文章な気がするぞ……!
よしわたり