暁霞の色も変わる前、猿飛佐助は国境から屋敷へと帰還していた。さすがにまだ主は目覚めていないようで、鳥がさえずる音や、朝食の仕度に掛かる庖の微かな音しかしない。先に飛ばした伝令の詳細を述べる為、佐助はお館様――武田信玄の私室へと飛んだ。


 雨戸がまだ閉められ、暗い廊下に座して中の人物が起きている事を確認する。低く声を出した。
「大将。猿飛佐助帰還しました」
「うむ、入れ。して、何があった」
「では、失礼」
 音を立てずにするりと中へと入り、胡座をかいて座っている部屋の主の前に膝をついて一度頭を垂れた。再び上げられたおもては硬く、貼り付けたような薄い笑みがのせられていた。
「国境にて亡国の忍が四、甲斐を通り抜けようとしていたんで。ちいとばかし追い払ってきました。ですがどうしても南へ抜けるために通りたい様子。東へ出れば北条に雇われたという伝説の忍あり、徳川の最強武将と名高い本多忠勝あり。危険が少ないと見てここを抜けようとしたらしいんですが」
 佐助の口端がにい、と上がる。甲斐の虎は楽しげに顎鬚をさすって先を促した。
「何がおったのだ」
「鋼鉄の、が」
 ほう、と信玄が驚いたような声をもらした。
「それはまことか、佐助」
「当人が認めた上、甲冑姿を晒したんで本物でしょう。風聞には体格のよい男の忍、と聞いていたのですがね。どうもヤツの流言だったようで」
「なに、違うのか」
「戦忍の長をしていた女で、さすがの俺も驚きましたよ」
「おなごとな。よほどの手錬か」
「ホントもう肝の据わった女で。脅しも効かない刃も気にしないの、どうしようかと思いましたよ」
 あは、と声では笑う佐助だが、表情は厳しいままだった。信玄が、ふうむ、と一つ息を吐いた。

「して、どうする?」
「鋼鉄のを俺の手駒に。残り二は使い物にならなすぎる、一はそれの面倒を見させるために生かしておけばいい。鋼鉄のと引き換えに甲斐を抜けさせてやってはどうかと思うんですが」
「それが大人しくお主の駒になると思うか? 主を失うて南へ抜ける、どこぞに雇われるでもなし、となれば南蛮船か」
「ご明察で。残り三をそれに乗せて己は主の下へと向かう気だったようですが。殺すには惜しいと思い大将の意見をと」
 信玄は佐助の顔を見て、くく、と笑った。
「わしの意見など聞かずとも、駒にしたいのだろう? 好きにせい。但し、躾はしっかりとせよ。手の内にて首を掻かれては甲斐の虎も形無しじゃ」
「それはもう。ってことで、一月ばかし暇を頂きたいんですがね」
 へら、と表情を緩めた佐助に、それが狙いか、と信玄は唸る。
「最近俺ばっか働いてるような気がすんですよねー。しばらくは上杉とも伊達とも、あー、風魔の北条とも戦の気配はない様子。旦那は時々見に来ますけど、警戒なんかは真田隊に任せておいても問題はないでしょう。いざとなれば忍隊の誰かに俺を呼ばせてください。ま、一月足らずでヤツを駒にして戻ってきますよ。そういうわけで、旦那には一月他国に侵入して偵察のお仕事、と言っておいてもいいですかね?」
「よかろう、わしからも口添えしておく。暇と言うな、優秀な者をわが軍門に下らせるも仕事の内よ。給料は安心せい。……まあ、多少減る事になるが」
「ちょっと大将! 他国へ潜り込んでまで偵察っていうのにそりゃひどくないっすか!? しかも俺一人の給料でもう一人養えってんですか!」
「はっはっは、冗談よ! 増やしておこうぞ。報告に戻ってきた時にでも受けとれい。――して、いつから」

 明るくなっていた空気がひやりと褪めた。
「五日後、とあいつらには言ってあります。夜から出て行き、甲斐の国内で鋼鉄の、を飼っておこうかと。残りは部下を二、三つけて国境の南へ追い出せばいいでしょう」
 佐助が役に立たないと見た忍には甲斐の国内だけ見張りをつけ、そこから先は自分達でどうにでもしろ、と冷酷な事をさらりと言いのけた。それらの長は佐助自ら捕らえるのだから、可笑しな話だ。冷笑を一つこぼしながらそう言った佐助に、信玄は顎を引いて戦人の顔で笑った。
「やけに楽しそうな顔をしておるのう。それほどまでに鋼鉄のは佐助の目に適ったか」
「そりゃもちろん。そうでなきゃこんな面倒事に一月も掛けるなんて言いませんよ、俺。戦忍としてのヤツの風聞は概ね真実だと思いますぜ、あいつならやりかねない。一度甲斐の端で小競り合いが起きた時、軍馬も忍も何もせずに戻ってきた事があったでしょう」
「おお、あったな。はて、何が起きたものかと息のある者に問うても怯えるばかりで口も利けなくなっておった。辛うじて、鋼鉄の忍、とそれだけをうわ言のように呟いたと聞いたな」
「へへ、お館様はよく覚えてますねえ、って。笑い話じゃないでしょうよ。足軽崩れと軽装の農民が戦った跡もなくほとんど死んでいた、なんて。水に毒を入れていたなら傷はないはずなのに、どれもこれもぐっさりばっさり頭も背中も関係なく斬られちゃって。しばらく俺達寝る間も惜しんで警戒強めたのに、一度も現れなかったんですよ、あいつは。通るのに邪魔だから迂回もしないでごっそり殺していくとは、なんて悪鬼だと罵っていたもんですよ。それが、ねえ……」
 鋭い眼をした佐助の口許が歪に弧を描く。

 戦神と戦忍がたった一人の忍の行いに、揃いも揃って戦場かとまみごうほどの気を押さえ込む。信玄が、酷く重々しく口を開いた。
「よいか佐助。決して勝手な動きを取らせぬよう、しっかりと手駒にせよ。ならぬようであれば斬り捨ててしまえ。わしはそやつに然程執着しておらん。だが、おぬしが執着すると言うのであれば指の動き一つまで糸で操るようにしてみせよ。どれほど優秀とはいえ元は他国の主に深く忠節を誓った戦忍。主従を叩き直して、叛意の欠片も持たぬようにしてしまえ」
「了解、大将。もとより俺はそのつもりだったんですってば。この猿飛佐助にお任せあれ、ってね」
「フッフッフ! 頼もしい忍よのう! 楽しみに待っておるわ。――それ、そろそろ幸村が飛び込んでくる時間ぞ」
「っと、そりゃまずい。大将、たのんますよ。俺からも旦那には言いますけど、お館様の言葉の方が効果覿面ですからねー。じゃ、俺はこれで」
「うむ」
 どたどたと遠くに響く足音に佐助は小さく肩を落して、信玄に軽く頭を下げると窓の方へ視線を向けて、かき消えた。黒い羽が舞い、それはすぐに消え去った。






 ほぼ同時刻、日も差し込まない深い森で、忍が四つ。伎楽面から、吐息がこぼれた。
「私はおそらく真田忍隊の長、猿飛佐助に囚われるだろう。二つ名もあり先の遣り取りで目を付けられてしまったようだ。その代わりにお前たちの甲斐での安全は保障される。それからは、伯、お前に一任する。仲叔二人を導いてやってくれるか」
「承知。城主殿と長から頼まれたのでは断れません。それに、城主様の後から黄泉路を行くのではないと知れただけで不満はございません」
 もはや三つしか残らなかった忍。彼等を長は伯仲叔季から名を取って呼び変えた。これも、亡き主の漢学から来ていた。何から何をとっても、彼等の主は唯一人、小さな山城の年経りながらも矍鑠とした戦人かつ内政の辣腕家だった。

 案じていた長の自刃の怖れがなくなったことに目を伏せ、静かに語った副長、伯。しかし、仲、叔と呼ばれた二つは胡座をかいていた膝を片方立てて、呉女ににじり寄った。
「長、武田に下るのならば我等も」
「お前たちはいらぬと判じられただろう。私の言葉一つにあれほど動揺するようではな。だから、当初の予定通りに行け。戻ってこようものなら、私自らがお前たちを傷つけざるを得なくなる」
 傷つける、と柔らかな言い方をする呉女だが、言わんとするのは殺してしまう事になる、ということだ。
「ですが、長はあの真田忍隊には入れぬでしょう? なれば、穢れを一身に引き受ける陰の陰になってしまいます。長の名を貶めてしまうではありませんか」
 鋼鉄の忍。誰が付けたかもしれないその名に満更でもない呉女はふ、と息をもらした。陰の者の間では虚実入り混じった情報が流れていることだろう。呉女自身、敢えて攪乱させるような事をしてきた。その長に付き従ってきた部下達も、他者の付けた名を好んでいたようだった。表には決して出さなかったけれども、今の一言だけで主だけでなく長たる鋼鉄のをも誇りに思っていたのだと、想像するは容易い。
「覚悟は決めている。お前達は何も案ずるな。鋼鉄の名を利用するのだ、あちらも相応の覚悟はあろう。私はよい部下を持てた」
 呉女の面の角度が、にこやかに笑う。その下の顔を見た者はいなかったが、伎楽の面ひとつで多種多様な感情を現す長に、部下はそれが長の表情として見えていたのだった。く、と堪えた二つの忍に呉女は笑みを浮かべたまま、甲冑に覆われていない指の腹で頭を撫でた。

「それ、もうじき日が昇る。お前達は人に姿を変え、ばらばらに街道沿いのできるだけ大きな市井で身を隠しておけ。長旅になる、食糧の調達も忘れるでないぞ。諸国行脚の修行僧は伯、旅に出た武家の次男坊は仲、どこぞの武家に仕えようと一念発起した農家の三男坊は叔。衣装の調達はできるだろう? 自らの為に情報を集め、食糧を確保しろ。金は私が出す、どうせこれ以降使うこともないものだ」
 ざらり、と重い音をさせて長が革の袋を取り出す。忍の長を務めていただけあって、手持ちの額も相応のものだった。中には換金せねばならぬものもあったが、任務に就いた時に使い易いようにか流通している硬貨がほとんどだった。
 人に変姿し、単独で潜る。しかも肩書きをつけるということはそれになり切らねばならない。目の前の金よりもどのように振る舞うか、と集中する二つに微笑ましげな視線を送る呉女に、伯は確かめるように問い掛ける。
「いいのですか」
「よい、私にはもう必要がない」
「長はどうされるのです」
「あの地で五日を過ごす。……不穏な匂いがする故にお前達を逃がすのだ」
「真田忍隊長、侮れません。伝説の忍とは別に、忍の中の忍と聞き及んでいます」
「そうだろうな。私を決して逃がしはせぬだろう。――五日の間に、奴は必ず接触を図る。それをお前達に見られたくはない。長でなくなる鋼鉄の忍の姿など、見たくもなかろう」
 奴は私の主に為り替わるぞ、と告げた呉女は真白。面がこれほどまでに雄弁だとは伎楽師でも思うまい、とさえ感じさせる。唇を固く噛んだ問い掛けの主は、忍らしくそれ以外に一切の変化を見せはしなかった。ただ、諦めよりも強い願いの声が内面を晒していた。
「期限の時刻、我等に最後の長の姿をお見せください。それだけは、奴に譲れぬ願いです」
「判っている。私は最後までお前達の長、主殿の一の忍、鋼鉄の甲冑だ。それは私にとっても誇り。首だけになろうと、舌を抜かれぬ限りそう口にしよう」
 ようやく、呉女の面の奥に覗く双眸が柔らかになる。同時に、表情さえ笑ったようだった。ほっと息を吐いた伯は未だ頭を悩ませている新入りに視線を遣ってから、小さく口許を緩めた。
「長は時折怖ろしい事をさらりと言われる。では、奴等を引きずって行きます。道中しっかりと叩き込むのでご安心を」
「頼む」
「承知」


 そして、三つの忍が呉女の前から姿を消した。辺りには動物の気配すら見当たらない。するりと頭部を覆っている布を外し、冑と面を脱いでひとつ頭を振った。
 一人の女、というには少々語弊があるかもしれない姿。面のように白い顔、忍の鋭い双眸、――頭の形が判るまでに刈り取られた、黒髪。少なくとも、人の女ではなかった。陽を焦がれもしない、陰に生きる女だった。








「あら、おひとり?」
 軽い声が樹上から降ってきた。誰何せずとも、前日に聞いたこの声は忘れられぬだろう、とその者を探り当てた呉女は暗い闇の中に浮かぶ白い顔を縦にした。
「へえ、あんたも長だね。いい判断するよ。で、俺様がここに来ることは判ってたんだな?」
「おそらく来られるだろうと思っての事。猿飛殿」
「あー、そのかたっくるしい言い方止めてくんない? っても、無理か。……大将はすんなり認めてくれた。五日後、あんたの主は俺様になる。いいな」
「元より承知」
「ホント物分かりのいい奴。あんたの主を捨てろ、ってんだぜ」
「我が主殿は亡くなられた。主をなくした忍を捨て駒に使うのは当然の事と思っていたが」
「その言葉、あんたの部下に聞かせてやりてえなあ。ホント、肝が据わってる事で」
「そうでなければ戦乱の戦忍が長は務まらぬであろう、真田忍隊の長殿」
「ま、そうなんだけどねー。さあて、人払いは済ませてある。少し楽しもうか」
 樹上と地上。姿は互いに見えず、佐助は動きもしない呉女と、呉女は佐助の気配と会話をしていた。ざざ、と木々が揺れる音がして佐助が地上に降り立ち、棒手裏剣が刺さったままの一線を挟んだ二人は互いの姿を見る。細い月は雲に隠れ、星さえもない塗り込められた黒の山中。
 佐助の顔は、酷く愉しげに笑っていた。

 一歩、棒手裏剣を踏み越すなり、佐助は木に凭れて座っていた呉女を絡め捕った。
「あは、抵抗はしないんだ。賢いな」
「その両腰、見えぬほど視界が狭い訳ではない」
 呉女の硬い腹の上に座って、地面に倒して佐助が薄らと笑う。表情のない呉女から覗く双眸だけが無感情に告げた。佐助の得物、大型の手裏剣が一対。まだ新しく、一度も刃に曇りを載せてはいなかった。
「頭の回る奴は好きだね。それが女ときたら尚更。んふ、顔見せてよ」
 佐助は呉女をつう、と指でなぞるだけ。自ら屈伏してその顔を晒すまでは手を出さないと決めているようだった。くく、と幾分かの嘲りを含んだ笑い声が面越しに佐助へと向けられた。
「除けはせぬのか、猿飛殿。これを取ったは我が父母のみなれば、私の顔は他の誰とて知らぬもの。主殿でさえ『呉女』と呼んだ。――見たくはないか、その下を」
 呉女の言葉に、佐助がちろりと舌を出して上唇を湿らせた。嗜虐的な表情を浮かべつつも、ふうん、と気のない声を返す。
「あんた、ホントに戦忍だねえ。くノ一ならもっと巧く誘うよ? そんな戦場染みた言葉は吐かないな。ま、そっちの方が俺様好みでいいんだけどねー」
 面は存外簡単に外れた。眼だけが戦忍の色をしてはいるが、それ以外は全く女のそれだった。色白にさほど荒れていない肌、整えたわけでもないのに弧を描く眉、細いが長い睫、すうと通った低めの鼻梁、年頃の女らしくまろい頬、小ぶりな薄く色のよい唇。戦忍をしていれば少なからず傷がある顔は、面の為か一切傷がなく、――本当に若い女の顔をしていた。町娘よりも、奥が似合う、顔だった。
「どうした、猿飛殿」
 眼前の女の口から出た声に佐助は意識を引き戻す。声音と双眸だけは面の有無に関係なく、全く変わらない。動揺をひた隠し、んふ、と佐助は上から女を見下ろして笑う。
「いや? あんたに見惚れてた。なあ、俺の駒になっていいの?」
 微かに佐助の声が揺れていたのは、何故か。当人も女も、興味がないようだった。
「猿飛殿がそう決めたのなら従うまで」
「ふうん。……そんなら、あんたの主は今から俺様。前の主について一言でも口にしようものならその首奇麗に刎ねてやるよ」
「御意」
「で、名前あるわけ? 『呉女』ってこの面だろ?」
 佐助が女の喉の上に置いた面をこつり、と叩く。軽妙な表情だけを見せるその面が、この女忍にかかれば様々に顔色を変える。となれば、女は佐助の前に晒している顔で、表情を作れない。
「親から授かった幼名は『呉女』と同時に捨てた。――そうか、名がないのだな、私は」
 双眸だけは、佐助から逸らされる事がない。だが、女の表情は幼子が泣く数歩手前だった。女も佐助も、これには驚いていた。佐助が面を適当に女の顔に乗せた。
「あんた、……いつからこれ被ってた」
「物心がついた時には。すまない、猿飛殿。私は感情をすっかりこれで表してしまうようだ。他人に外されたのは初めてで、見苦しい所を」
 視線が弱々しく落とされつつ、声ははっきりと謝罪を述べていた。あーあ、と佐助は深い溜息を落とした。
「なんか大当たり引き抜いたー、って諸手を挙げて喜べないんじゃね、これ」

 しばし、目を伏せていた女が佐助を見上げて面を顔を振って落とした。腕まで佐助が乗って押さえている為だろうが、佐助を見た女の双眸の強い意志に息を呑む。
「……猿飛様。私の主として、名を下さいませ。さすれば私は猿飛様が手駒となってどのような任にも就きましょう」
 にいい、と佐助の薄い唇が弧を作る。細められた目は、愉悦に染まっていた。
「いいねえ、俺様の計画そのまーんまだ。あんたが口にしてくれるとは思ってなかったけどね。――『』。あんたの名だ」
、でございますか。承知いたしました。それではこの、全身全霊をもって猿飛様にお仕え申し上げます」
「っと、その前に。一月。俺と二人きり甲斐の山中で過ごしてもらうぜ。大将からしっかり躾けろって仰せつかってんでな。あんたに叛逆する気がないのは判るけど」
「かしこまりました。一国の城主に仕えていた戦忍。すぐに主を替えるようでは信用も無きに等しいでしょう。申し訳ありませぬ」
「ま、ゆるーくやってりゃいいっしょ。あんたを武田の流儀に慣らすだけ、後は俺様とちょっとばかし手合せして、悪いけど手の内全部明かしてもらうよ。里はないんだろ」
 ようやく腰を上げた佐助の前に片膝をついて控える女は、面を被っていなかった。無言で肯く女に佐助がにんまりと笑う。
「そんなら色々と合点がいく。あんたの父母はどっかの抜け忍かもしれないけど、あんたはホントに里無しだ。忍にも決まり事があんの。それも教えなきゃなあ。――、くノ一の任務の経験はある?」
 いきなり呼ばれた名にがひくり、と顔中を強張らせただけで、佐助は、うほっと驚きに笑った。
「ないの!? いやー、こりゃやっぱ大当たりだわ!」
「私は戦忍でございます。戦場を陰から動かす忍、その為の甲冑。何の故あって女を使いましょう」
「そう言われちゃ返す言葉もないな。けどねー、その容姿使わないのは、なあ?」
「……猿飛様がお命じになられるのでしたらお引き受けいたします。ですが私は向かぬと。それも、」
「教えちゃう」
 の続けようとした言葉を遮ってまで佐助はにたりと笑みながらぺろり、の唇を舐めた。
「安心しな、俺相手だ。それにあんたは俺様の駒であっても鋼鉄の。初めは戦場に投げ込んで武田に鋼鉄の忍下ったり、と誇示する為に使う。くれぐれも両陣営関係なく掻き分けて進むこれまでのようなマネはしてくれるなよ?」
「ご存知でしたか」
「通り道に戦場があれば掻き乱していく。それが鋼鉄の、遣り口だろ」
 佐助の武装した手がの頬を掴んで離さない。二人は互いの双眸に映る己の顔がはっきりと見えるほどに近付いている。声は音を乗せていない。呼気だけで会話をしているようなものだ。常人ならば鋭くなって響いてしまう音が響かないのも、両者の忍としての技術が高い為。
「私は武田の、ひいては真田の忍の駒。主、猿飛様の思うがままに動いてみせましょう」
「期待してるよ、
 唇を舐めるだけでなく密着させてから、佐助は酷く嬉しそうに瞳孔の細い目を瞬き、黒い羽根だけを数枚残して消えた。残った羽根さえも時間と共に消え去った。


「――私は、囚われたのだな」
 落ちていた伎楽面を拾い、となった呉女は湿った唇を拭って跳躍した。









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2009/05/17
2011/12/03
よしわたり



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