日当たりのよい庭を眺める少女は、日陰で膝を抱えて座っていた。柱に背を預け、とろりとまどろみの中にいるような目をして、近付いてくる男にも反応を示さなかった。
「まろうどよ、何を見ておる」
まろうど、とは名を明かさぬ少女へ与えられた仮名だった。賓客、客人。少女がその言葉の意味を知っているはずもなかったし、聞かないことも男は承知していた。
体躯の良い壮年の男は少女へ穏やかに話しかける。それから屈み込んだ。少女の声はひどく小さいのだ。
「ツツジが咲いています。モミジの葉っぱが青々としています。私はものを知らないから……。でも、この花や木は私の故郷と変わらないんだって、思います」
眼前の庭園を見ていながら、少女の瞳にはいつ帰れるとも、帰れぬとも知れぬ故郷の風景が焼き付いているのだ。何をしていても少女は全て故郷のことと関連付けて物事を考える。
それを若き武者は理解できぬと首を傾げ、忍隊長は嘲笑う。だが、この館の主だけは少女の心の機微も言葉のひとつひとつも頷くのだ。
「草木が変わらぬなら人も変わらぬよ。世情が違うだけでな」
「……まだ、怖いんです」
膝へ顔を埋め、さらに声を小さくした少女。ふっくらと微苦笑を浮かべて男は言う。
「おぬしの思うようにすればよい」
「でも。私はお世話になりっぱなしだから……」
少女が生きていくために必要なことは、ほとんど他者の手によって行われていた。少女にはなにもできないから自分を責める。身を縮こめた少女に、男はこれ以上近寄ろうとせずに立ち上がった。
先ほど少女が見ていた庭を見る。
南に面し、照る日を受けて玉砂利が白々としている。池を模したその中央には苔生した石灯籠を配した中島があり、アヤメが数本花を咲かせていた。庭の端の方は緑になっており、マツやカシワ、カエデにクスノキがそれぞれ枝を伸ばしている。その足許にはシダや名も知れぬ草々が生い茂っている。
むせかえるほどに青葉が繁る庭で、ひときわ目を引くのは群れて咲いている淡紅と真っ白のツツジ。強い陽の光にも色を飛ばさず生き生きと花開いている。
「わしにもできること、できぬことがある。戦はできても田畑は耕せん。種をまく時期も肥料のやり方も刈り入れ時もわからぬからな。それが、ちと、おぬしの場合は大きいだけじゃ」
「……そうだと、思いたいけど、思えないんです」
庭のツツジに目を向けた少女の声をしっかりと聞き取って、男は豪快に笑った。
「よいよい、悩むのが今のおぬしのすべきことじゃ。――ただし、希望だけは持ち続けるのじゃぞ」
何に対しての希望か、男は明白にしなかった。けれど、少女にはそれが何を指しているのか判っている。
「ありがとう、ございます」
遠ざかっていく男の大きな背に、少女は慣れぬ着物に苦戦しながら立ち上がり、これまででいちばんの声をかけた。
それから、まろうどの姿を見たものはない。
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2010/05/11
ふしぎなことは受け入れる柔軟な思考はあるけど、基本的にネガティブな思春期の少女。
小泉八雲旧居のお庭を見たらすごく風情があって、参考にさせていただきました。『日本の庭園』を書きたくなる気持ちもわかりました。
よしわたり