「佐助」
 小さな声は粗末な長屋の一室に静かに消えていった。寝ころんだままの女は幾度か瞬いて、ごろりと寝返りをうつ。
「佐助」
 もう一度、同じ言葉。独り言にしては切なく、誰かを呼ぶには小さく。女の口からこぼれた言葉に、――しかして、答えはあった。
「はぁい」
 耳にまろい男の声。声の主はそれ以上何も言わずに女を抱き起こすと、幼子をあやすように背を叩く。途端、無表情だった女がぼろぼろと涙を流して男の肩に顔を埋めた。
「おかえり、佐助」
「ただいま、
 泣き止んだ女が指を折って数をよむ。曖昧に首を傾げる女に男が苦笑し、五日、と女の手のひらを己の手で包みながら言った。
「五日も経ってた?」
「そうだねー、俺様もこんなにかかっちゃうとは思ってなくて。前もって判ってれば連絡入れてたんだけど、生憎と忙しくって」
 申し訳なさそうに言う男。女はふるりと首を振って微笑んでみせた。
「判ってる、判ってるから」
 男はそんな女の態度がまるで初めから判っていたかのように小さく肩を竦めただけ。
は物分かりがよすぎるのが俺様の目下の悩みどころ。……ちゃんと寝て、飯食った?」
 恐る恐るというように問う男に、次は女が申し訳なさそうに否定の意を表した。
「……やっぱり、俺様がいないと虚ろになるのは変わらないんだね」
「眠気も空腹もなくって、時間に縛られないのも、悪くないと思えてきたの。でも、佐助といるのが幸せだから、一人になりたくない。ぼんやりしそうになった時は佐助の名前を呼んでみるの。そうすると、今みたいに佐助が帰ってきてくれるでしょう?」
「……うん。の声、いつも届いてる。すぐには戻れない時があるってが判ってて、俺様が卑怯な事言ってるって判ってて言うけど。俺様の名前、呼んで。それでを留める事ができるなら、いくらでも」
「佐助」
 抱きしめ合っている二人、互いの表情は判らない。けれど女の声は酷く安心していて、男の声はとても穏やかであった。触れ合う互いの体は温かかった。
 二人とも、人だった。









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2010/05/27
なんだこれ。
あの世に片足突っ込みかけた女の子を引き取った佐助のお話ということにしておきます。
よしわたり



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