ぱん、と乾いた音がした。

 そんな小気味よい音がしたのは元就がの手を払い落したからで、当の二人の表情に変化はない。一拍置いてからが叩かれて少し赤くなった手を逆の手で包む。ようやく、二人の間に言葉が生じた。
「なんぞ」
「いえ、なんでもありませぬ」
 が、すぐさま消えた。また、ぱしん、ぱしん、と同じことの繰り返し。今度はの右手を払った元就の右手をの左手が叩いた。沈黙。

 ぱん、ぱん、ぱん。沈黙。ぱん、ぱし、ぱし、ぱしん。沈黙。ぱし、ぱし、ぱし、ぱし、ぱしん。ぱし、ぱし、ぱし、ぱし、ぱし、ぱしん。
 二人は無言で表情さえ変えず、互いの手を叩き落としている。ぱし、ぱし。段々と回数が増えて行く。ぱし、ぱし、ぱし。速度が上がる。ぱし、ぱし、ぱし、ぱし。もはや何がやりたいのか判らない。ぱし、ぱし、ぱし、ぱし、ぱし。ただひたすらに相手の手を払い続ける。ぱし。

 先に根を上げたのは元就だった。ぐ、との両手を掴んで止めると、不機嫌そうな声を出す。
「……何用ぞ」
 随分と空中戦を繰り広げていたものだから互いの腕が疲れて可笑しくもないのに笑っている。手の甲は叩かれて赤い。あまりに間抜けな様に、思わずが笑み零した。
「ふ、ふふ……」
「何を笑う」
 更に不機嫌になっていく元就のことなどお構いなしに、は面を伏せて肩を震わせている。全く意味が判らないといった様子の元就がの両手を離し、が口許を袖で隠しつつ目尻の涙を拭いつつ、ようやく口を開いた。
「申し訳ございませぬ。急に、元就様のお顔に触れてみとうなりまして。言えば断られるのは承知で居りましたから、なれば先に触れてしまえばよかろうと思って手を伸ばした次第にございます」
 は伏せていた目を上げて、すうと細める。微かに溜息を落とした元就はそっぽを向いて小さく零した。
「言えばよかろう。何もかも己の中で先に判ずるのはよせと何度言えばその頭は学ぶのだ」
「……まあ。よろしいのですか?」
 驚いたように目を瞬かせるをちらりと見遣って、元就がしぶしぶ肯いたその直後だった。

 むに。まさにそのような形容が相応しい。凍りついたような表情をしている元就とは反対に、至極楽しそうな顔をしたは細く白い両手の指を動かす。
「あら、思った通り柔らこうございますね、元就様の頬は」
 上に引いたり下に伸ばしたり、遠慮もなく好き勝手に元就の頬を突き回すの両手。柳眉を逆立てた元就が不満を声にするものの。
「にゃにを……!」
「言えておりません、元就様。ですから先には申しました、お顔に触れてみとうなりました、と」
 痛くない限界まで元就の頬を引き伸ばして、ぱっとは手を離す。にこにこと黙っていれば、否、加えて手癖が悪くなければ花も恥じらう美姫なる者を、と頬をさすりながら元就は半眼になる。何を言ったところで弁解にしかならないのだが。

「……好きにせよ、我はもう寝る」
 ぼすりと音を立てて布団に倒れ込んで、元就は目を閉じた。つまるところに何をされようと、好いているのだから構わぬと思ってしまうのだ。
「ではも休みまする。おやすみなさいませ」
 それを判って、くすりと笑むと隣に横になるは、まったくもって元就には御しがたい。









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2010/04/08
真面目な顔してバカやるのが毛利だと思います。真田とは別の意味で。
よしわたり



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