こぬか雨が音もなく降っている闇夜である。
明るいはずの月は厚い雲の向こう。篝火を焚いた屋敷の庭から任を果たすために飛び立って、真暗の夜に目が慣れるまで少し掛かってしまった。
しっとりと湿りはじめた頬を手の甲でぐいと拭って腰に巻いていた帯紐を解いて伸ばし、頭に巻いていく。我流のせいで不格好になってしまうが、それがかえって素性を知られにくいと言われたことがあったなとぼんやり思う。いつ、誰に言われたかも覚えていなかったが。
四本の手足を全て使って地を走る獣のように、は林の中を飛ぶ。後ろ脚で枝を蹴り、前肢で枝を掴む。二本足で飛び移っていくよりも、ぐんと速く遠くまで飛べる。時折、自分は化生のものではないのかと言われ、そうかもしれないと思う。
気が付いたら森の中で獣と生きていて、罠にかかって人に捕まり、忍として育てられた。だから、は人より獣に近いというのは、あながち間違いではないのだろう。
ざ、ざざ、と多少の枝葉が当たるのなど気にも留めずに木立を抜けて、みっつよつばかり、火が灯る集落を見下ろせる高台に身を伏せた。四本足が獲物を狙う時に身をかがめる姿、そのままだった。木々の間を縫ってきたおかげで衣服はそれほど濡れていなかったが、睫毛に粒を作っている水滴は瞬いて払いのけた。
与えられた任務を思い返し、もう一人の暗殺者が来るはずだと周囲に気を払う。確かにここで落ち合うはずだった。だが、小さな獣、集落に散在する人、それ以外の気配は読むことができない。
来ないのならば一人で片付けてしまおう。そう思って腰を浮かし、右手を後ろ手にやった時だった。
「まだだよ」
音もなくの真横に現われた男が、抜こうとしていた小刀の柄頭に指を置く。身軽さのみが武器のとは違う、男の力で抑え込まれた刀はどうあっても抜けそうにない。渋々、隣に立つ男を見上げると、不平の声を上げた。
「佐助様」
「せっかちだねえ。相手は逃げも隠れもしないんだ、落ち着きな」
くつくつと切れ長の目を細めて笑う男の顔は黒布の頬当てに隠れている。はその男の気配の無いことに怖れを抱いて、ふう、と威嚇しそうになって慌ててそれを抑え込んだ。