造りのよい萌黄糸威の胴丸に革の篭手と脛当てで身を鎧った女が官兵衛の元にやってきた。女にしてはすらりと長身で、さっきの男も言ったように美人である。鞘巻を一本、そして背にはお凡そ見目に似つかわしくない大太刀を一振り。野次馬根性で覗きに来ている官兵衛の部下たちに冷ややかな視線を呉れて追い払うと柳眉をひそめた。
「辛気臭い。おまけにむさ苦しい」
「お前さん一体何しに来たんだ……」
こんな辺鄙な所まで、という意味を込めてうんざりと訊ねるとはさも意外そうに目を瞠った。
「何って、加勢に来たんだ。お前が石田軍にひと泡吹かせて天下を取るって噂を耳にしたから」
準備は隠密に行ってきた、挙兵の動きがあることを石田軍は元より近隣の大友も島津も知らないはずだ。それを何故この女は知っているのか。軍師の眼が鋭くなる。
「猫の手でも借りたいのは山々だが、断る。一人の内通者によって軍が瓦解すれば小生は二度と地上に出られなくなる。最悪、黄泉路を辿るはめになるやもしれんからな」
にべも無く切り捨てられたは腕を組んで鉄球に座した官兵衛を見下ろす。
「私がそうなるとでも?」
「そうならないという確証がない。第一、その噂の出所はどこだ? ここは基本、外界とは隔絶されているんだぞ」
「だが、完全にではないだろ。水、食糧、燃料……、人の出入りはある。そして人の口に戸は立てられない」
ニイ、と口許を緩めたが続ける。
「ここ数月、少数ながら武器が運び込まれていた。火薬は以前より格段に量が増えている。大坂に動向を知られるのを恐れて堺の商人を避けたのは間違いだったな」
そこからは推測だ、と微笑む。
官兵衛が己を穴蔵送りにした石田三成に恨みを抱いていないはずがない。そして、豊臣軍時代から天下を狙っていたのを知らない者は少ない。状況から見て、近々官兵衛が事を起こすと予測するのはにとって容易かったのだろう。
手枷のついた両手でがりがりと頭をかいて天を仰ぐ。どこまでもツキに見放されている。
「お前さんも、そういや腕っ節だけでなく戦略に明るかったな……」
不運を嘆いている官兵衛には、だけど、と苦笑を見せた。
「九鬼殿の助けがなければ天下二分の大戦まで私は何も知らないどころか、とっくにくたばっていたよ」
どさりと地に腰を下ろしたは大太刀を横に置き、篝火よりも遠くを見るように目を細めた。
「九鬼殿に匿われていたのか」
納得した。海賊大名と異名される九鬼氏とは現在も物資の交易で多少の縁がある。瀕死のを救い、その事情を知っていたのなら情報を流していても不思議ではない。
「大谷殿に殺されかけた後、まともに動けるようになってからは。……ほとんど死んでいたようなものだった。骨はあちこち折れたし臓腑に穴は空いたし、生きているのが奇跡だと言われた」
は官兵衛の運の無さをからかって軽く笑い飛ばしているが、それは運不運ではなくただ体が強いだけだ。厭きれて項垂れる。
「そりゃ、女の身じゃ死んだ方がよかっただろうよ」
「戦に出ると決めた時に女は捨てた」
「顔だけはいいんだ、勿体無いと思うがね」
の顔がちらりと翳る。よくよく見ればそこかしこに傷があった。この様子だと手足や胴にはもっと大きな傷が残っているに違いない。
――言いすぎちまったか。
「見目がよくてもしょせんは水呑百姓の子。遊里で死ぬのが関の山だろう。それならば戦で名を上げる方がましだ」
無感動に目を伏せたに、戦場で先陣を切ってがむしゃらに大太刀を振り回し、敵を薙ぎ倒していた姿を思い出す。功に焦り、使える頭を無駄にしているのを見兼ねて兵法のいろはを教えてやったのも懐かしい。乾いた砂に水が染み込むように知識を得て、手勢を率いるようになっても相変わらず一番槍で傷だらけだった。それでも必ず生還したからいつからか気を揉むのが莫迦らしくなった。
長曾我部攻めの後、内情を知る者は尽く闇に葬られたと聞いた。穴蔵送りにされては消息が掴めず、も死んだものと思っていたのだ。
「まあ、なんだ。生きていてよかったな」
かける言葉に難儀して適当に濁せば、は複雑そうに口端を上げた。
「そうかな」