「……っ、はぁ、はっ」
狭まった気管で精一杯呼吸をしようとする女の無声音がやたらと響く長屋の一室。夜は更け切ってもじっとりとした昼間の熱気は抜けず、部屋を奇妙な温度に包んでいた。くすくす、くすくすと断続的に低い男の笑い声。しゅる、だとか、ちう、だとか、二人の声以外の音が浮いたように聞こえた。
「、ちゃん、あったかい」
ふう、と女の耳許に声を落として男は耳朶を舐める。あ、と上がった高い声に男の唇がきゅうと吊り上がった。背後から女を抱き込んで、男はその薄い夜着を肩から滑らせる。灯りのない室内に女の肌がほの白い。かぶり付いていた耳から項へと唇を移し、肩の先までべろりと舐めていく。うっすらと塩気のある味がした。
「や、……」
喉を引きつらせて体を震わせた女ににんまりと笑みを深めると、舌で肩の骨をなぞるようにしてから、がり、と噛んだ。
「痛ッ……!」
びくりと背をのけ反らせる女をもう一つきつく引き寄せて軽く言う。
「あァ、ごめん」
見る間にじわりじわりと歯形に赤くなっていく肌をじいと見つめる。犬歯の部分は皮膚が破れて血が染み出してきた。男はうっとりとそこへ口付ける。血を欲するように。
「さ、すけ?」
「んん、」
首を廻らそうとした女の視線がまっすぐに注がれているのを感じて、男の背をぞくりと這い上がる何か。ぴちゃり、と一舐めして肩から顔を上げた。黒く大きな瞳がゆらゆらと揺れて男を見ている。腹へ回していた腕で女の右頬をすくい、後ろに向かせると柔らかな唇の端にそっと口付けた。ひどく優しく、羽でくすぐるように何度も繰り返す。それを受け入れていた女はしばらく思案すると、ぎゅうと眉を寄せて男の首に両腕を回す。ぐ、と押し付けられた唇は足りない、と雄弁に物語っていた。
「もっと欲しい?」
すい、と上半身を引いて女の顔を覗き込んだ男の顔にはひたひたと満つる情欲の笑み。女の瞳に灯りつつある熱に気付かぬわけでもあるまいに、わざとそうして男は問う。ほう、と甘い吐息を零した女はこくりと頷いた。
「ちょうだい」
「はいよ」
にいいと薄い唇が弧を描く。女の瞳に映り込んだ欲塗れの己の姿から目を逸らすように男は瞼を伏せた。
座ったまま、後ろから女を苛めるのが男は好きだった。段々と力が抜けていく女が凭れ掛ってくるのも、頭一つ分下で快楽に喘いでいるのを見るのも、時折女の尻に勃ち上がった陽根を擦り付けるのも、たまらない。戦忍であるくせに整っている容姿を利用して房中のあれこれを厭きるほどやった。次第にただ寝転がった女の上に乗るだけでは満足しなくなってしまった。
――変態趣味だと笑わば笑え。
抱くのが好いた女であれば猶、定石どおりに抱いてやる気をなくす。最初は戸惑っていた女がこちらの望むままに応じてきた時はそれだけでひどく興奮した。他の男を知る由もないから、己の仕込んだもので違いない。今更まともに抱いたところで女の方が不満を訴えるだろう、と――とりとめもなく考えていたことを追い払って、口吸いに意識を集中させた。
「ふ、……」
「……ッは、」
互いの頭を抱え込み、ざらりと髪を掻き混ぜながら、息を吸うのも惜しんで唇を合わせ続ける。温かな女の口内に舌を滑り込ませ、悪戯につつき、舐め、吸い、絡ませる。溢れそうになる唾液を掬ってこくりと飲み込めば女が負けじと舌を押し返してくる。
口ばかりに気を取られていた。夜着から伸びるすらりとした白い足が目について触れようとすれば女はうっすらと笑んで片足を、つ、と上げた。さらりと腿の辺りまで肌蹴る、爪先はぴんと伸ばされて、明るい灯火が羽虫を誘い寄せるよう。幾度か唇を食んでようやく離すと、二人の唾液でべたべたになっていた。くつりと喉を鳴らして女の口許を犬のように舐め、額のつく近さで己の唇も舐め取ろうとするとだらしなく糸が垂れた。
「んふ、の、だ」
声を出さずに嘲笑えば女は、きり、と眉を逆立てる。股座に手を置いて粗目の袴の上から膨らみかけた部分を押し潰すように力を入れた。
「う、く」
ぐりぐりと布越しに伝わる刺激にゆるりと首を上げるそれを耐えることはしない。男の口の端から漏れた声は歓喜が滲んでいる。すうと目を細めた女に意地悪く笑い掛けてやって、また唇にかじり付く。晒されていた膝に手を触れれば待ち望んでいたようにふるりと震えた。
徐々に熱を高めていく一物を片手に、もう一方で男の頭を引き寄せる女は既にほとんど半裸の状態だった。夜着の袖は肘で枷のようになり、細帯でなんとか止まっている合わせから陰部はまだ隠れて、裾は膝の上まで捲れて両足が晒されている。手に余る乳房は白くたぷりと姿を見せ、夜気に触れてかこれだけの前戯でか、つん、と上向いていた。散々に乱れた黒髪の合間から覗く双眸はとろりと熱に浮かされたように、男を見詰めている。
「は、……イイ眺め」
すす、と膝から腿へと手を滑らせ、着物の下、見えない場所へ指を伸ばす――。
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2010/08/23
2011/04/02 訂正
力尽きた
\(^o^)/
よしわたり