久しぶりに小早川隆景の居室を訪れると、彼は畳に突っ伏して呻いていた。
「ああ、あなたですか……すみませんが、文字を……」
 挨拶もそこそこに苦しげな表情で震える片手をこちらに伸ばしてくる。文字切れを起こしたらしい。どうぞ、と完成したばかりの列伝を差し出す。
「ありがとうございます。助かります」
 隆景はすくっと起き上がると嬉々として巻物を広げ、読み始めた。
 初めからそれを見せるのが目的だったので、読み終わるのを座って待たせてもらうことにした。


「完成、おめでとうございます」
 最後まで目を通したのだろう隆景が微笑んでこちらを向いた。ありがとう、と返す。
「随分と苦労をされたようですね。前回載っていなかった数名のためにかなりの時間がかかってしまったようですが」
 よく覚えているものだと感心しながら、そうなんだ、と項垂れる。
 その数名を探して北から南からくまなく探しまわり、どれほどの戦場を渡り歩いたろうか。同行の武将達にはお前には運がないのだだのいい加減に諦めろだの好き勝手言われたりしたものだ。それでも粘って粘ってようやく完成させることができた列伝は宝物だ。だから皆に報告に回っているんだ、と照れながら言う。
 隆景が僅かに眉を寄せ、微苦笑を浮かべる。
「報告に来てくださったことはありがたいのですが……。欲を言わせてもらえば私も供にしてもらいたかったですね」
 え、と彼の顔を見る。
「私だってあなたの仲間でしょう? それに私はあなたの事が――」
 困ったような表情をした隆景はそこで言葉を切ってしまった。どうしたのかと問うても首を振るばかり。以前言えなかったことなら今ここで言ってみてほしい、そう促せば彼はぱちぱちと目を瞬いた。
 いつもの優しそうな顔は曇ってしまっている。困らせてしまったなら無理にとは言わない、と両手を振った。
 その様子が可笑しかったのか、隆景が小さく笑って一つ息を吐いた。
「あなたに伝えたい言葉があるんです。でも、私にはまだ勇気がありません」
 そうか、と頷く。彼は続ける。
「だからそれが言えるようになるまでは、あなたの一番の側にいさせてください」
 勿論、と笑って返事をした。









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2014/05/03
よしわたり



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