「どうしてこんな安宿に一室しか取らないんだい? 何か深遠な理由でもあるのかな?」
宿を取り部屋について早々、元就が困惑も顕わに問い掛けてきた。
「どうかしましたか?」
「どうもこうも。君、私が枯れていると思っているのかもしれないけど、これでも男なんだよ。男と二人で同室だなんて何を考えているんだい」
「お金がないものですから」
きっぱりと理由を告げる。用意してもらった屏風を広げてから、一礼した。
「私などと同室で申し訳ないのですが、どうかご理解ください」
彼は渋い顔をし、額に手を当ててゆるゆると首を振った。
「ご理解、できないかな。金銭の問題じゃないんだ、気持ちの問題だよ。ともかく、ひとまずは私が出すから宿を変えよう」
それからは早かった。
生まれてこのかた遠目にしか見たことがないような立派な宿に別々の部屋を取り、落ち着く間もなく元就の部屋に呼び出され、説教されている。
「旅の連れが男なのはいい、だからといって寝間まで同じというのは考えられないことだよ」
「はい……」
「これまでだって男の連れだったことはあるんだろう?」
「あります」
「その時にはどうしていたのかな?」
「屏風で仕切って過ごしていました」
「彼らは何も言わなかったのかい?」
「お金がないので仕方ないことだと、皆、納得してくださいました」
「金を出そうという者はいなかったのかい?」
「財布は共用ですが」
「そうじゃなくてだね、私のように自らの懐から出すということだよ」
「……ありませんでした」
「では、その、不埒な事をされたりは」
「ありません」
「だからといってね……」
ううん、と唸って彼は首をひねる。
これまで何の問題もなかったというのに、彼だけはなぜ納得してくれないのか、こちらが不思議なくらいだ。
最初に旅をした阿国は女だった。次は石川五右衛門、男だ。
五右衛門と旅をするにあたり、阿国はまず宿に入ることを提案した。美女と同宿と喜ぶ五右衛門をよそに、阿国は「五右衛門はん、こちら側に入ってきたらあきまへんえ」とにっこり笑いながら屏風を部屋の真ん中に立てた。
それから屏風越しに懇々と女が一人で旅をすることの大変さ、それを扶ける者がいかに素晴らしいものであるか、を説いた。五右衛門が感動したのか鼻を啜り始めると、「おあしの大切さは五右衛門はんがように知ってはりますやろ、この子をしっかり扶けとくれやす」と話を〆た。ぐずっと大きく鼻を啜った音がして、「五右衛門様に、あ、まかせやがれ〜!」と頼もしい返事を聞くと、阿国はにんまりと笑みを深めたのだった。
旅は順調に進んだが金が貯まらない。戦で稼いだ金は戦の支度に消えていく。路銀として使える金はいつも僅かしかなかった。五右衛門はじめ相棒になってくれた武将達は金銭事情を話すと反応は様々だったが納得はしてくれた。
しかし、先程元就に言われて気がついた。誰も私のために身銭を切ることはなかった。だがそれは当然だとも思う。
逆に何故、彼は金を出してくれたのだろうか。
元就が溜息を零したのに、はっとする。
「私にも娘がいるから言うけどね、君のお父上が知ったらきっと怒ると思うんだ。年頃の娘が夫でもない男と寝間を共にするなんてとんでもないことなんだよ。お父上の気持ちを思えば、君の行いを止めるのは当然のことなんだ」
そう言った彼の表情は本心からこちらの身を案じてくれているものだった。自然、頭が下がっていた。
「すみません。以後は気をつけます」
「本当に、そうしてくれると私も気を揉まずに済むんだけど」
「お気に掛けていただいて、恐縮でございます」
深々と礼をしたのを、彼は苦笑まじりに咎める。
「そういう堅苦しいのはなしって言ったじゃないか」
「そうでした、すみません」
顔を見合わせて笑う。
「今日は特別だからね。明日からは君の所持金で必ずどうにかすること。いいね?」
笑みをおさめた彼が、穏やかな中に厳しさをにじませつつ、念を押した。
「はい」
姿勢を正してしっかりと頷いた。
ぱんぱん、と両手を叩いて彼は立ち上がり、障子を開けた。
「さ、わかったら早く帰りなさい。男の部屋に長居は無用だよ」
「おやすみなさい」
「ゆっくりお休み」
廊下に出て、室内の彼に挨拶をして去る。
背後でトン、と静かな音を立てて障子が閉まった。
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2014/05/12
よしわたり