いつも義弘の肩当てに隠れている仔猫がちょろちょろと辺りを走り回っている。
 近寄れば足にスリスリと頭を寄せてきた。屈みこんで顎の下をかいてやると、仔猫は気持ちよさそうに目を閉じる。
「どうしたの?」
 見上げて問えば、義弘はニヤリと笑う。
「餓鬼が来ておったのよ」
「豊久が?」
「稽古をつけて欲しいとな。のしてやったわ」
 愉快そうに大笑する義弘に、豊久は散々にやられたであろうと想像がついた。きっとまた落ち込んで、一人鍛錬に励んでいるに違いない。後で様子を見に行こうと思った。
「それで、この仔は出ているのか」
 撫でてもらうのも飽きたのか、仔猫はまた草叢に向かって行った。虫でも追いかけているのか、飛んだり跳ねたりしている。
 普段は義弘の肩当ての中に収まっているが、戦や鍛錬の時には出てきて篭に入っている。おとなしく賢い、良い仔猫だ。義弘はこの仔猫をそれは大事にしている。島津四兄弟は皆猫が好き、というのは豊久の言。
 立ち上がり、仔猫のいる辺りをぼんやり見ていると、それで、と義弘がこちらに視線を寄越した。
「猫を構いに来たわけではあるまい。何の用だ」
「武将列伝のことなんだけど、九州の武将がまだ埋まっていないんだ。そこで、義弘殿に手伝ってもらいたくて」
「立花の坊ちゃんも難儀な仕事をお主に押しつけたものよな。――戦は歓迎だ、付き合おう」
 軽く頷いてくれた義弘にありがとう、と頭を下げる。
「それはそうと、随分と遠方へ行っていたのだろう?」
 義弘の言うとおり、九州を発ってからかなりの月日が過ぎていた。
「四国を通って畿内に向かい、それから東海を経て関東まで。九州から出ていってみると各地で風土が随分違って驚いたし、いろんな人がいて様々の出会いがあった」
 話したいことはたくさんある。あれもこれも、と考えていると自然に頬が緩む、言葉が止まらない。
 だが、義弘がこちらの話を遮るように手を上げたので、つい口を噤んだ。
「一旦落ち着け」
 気が逸っていたのを止められて、何度か深く呼吸すれば、少し平静を取り戻した。
「すまない……」
 よい、とカラリ笑って、義弘はいたずらめいた表情を浮かべる。
「これから昼餉でな。一緒にどうだ? ゆっくりとお主の話を聞きたいのだが」
「よろこんで」
 嬉しい誘いに即答する。
「まずは満足」
 鷹揚に頷いてから、義弘は仔猫の名を呼ぶ。すぐに戻ってきた仔猫はいつものように肩当ての中にもぐり込むと、小さくミャアと鳴いた。
 それから二人並んで、屋敷へと帰る道を辿った。









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2014/05/22
よしわたり



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