ことのはじまり
 俺が梗夜を見たのは初めての授業の日だった。
 入学式の時は席が遠くて、名前しか知らなかった。
 クラスが同じで、ホームルームで自己紹介を聞いたのがはじめだったと思う。
 いかにも女に騒がれそうな顔立ち。やや長い髪とヘアピンで留めた前髪が女々しくて、第一印象はいまいちだった。正直、顔が良い奴はむかつく。
 けれど、方言まじりに喋りだしたときは驚いた。まわりの奴らもそうだったろう。黙っていた時とかなり印象が変わった。
 軽い口調の小ざっぱりした自己紹介だった。
 最後に「よろしく」と笑った梗夜の笑顔は親しみ易そうで嫌味がなかった。
 各々が友達作りを始める休み時間。その時はまだ梗夜に近づかなかった。既に、彼の周りにはそれなりの人が集まっていたからだ。
 俺は席が隣の奴と他愛無い話をした。好きなものなど、自己アピールも兼ねた話題。まあ、最初はこんなものだ。
「部活見学が始まったら陸上部にでも行こうかな」
 隣の奴は運動系には興味がないらしく、返事があからさまに腑抜けていた。
 その時、廊下から大きな笑い声がした。何事かと思って目を向けてみれば、梗夜を含めた数人の生徒が騒いでいる。
 梗夜は広く浅く友人を作るタイプらしい。見るたびに話相手が変わっていて、当時は友達を百人ほど作るつもりかと思った。
 そんな勢いで友人を増やす梗夜に話しかけられない俺は少しへこんだ。俺は友にする価値もないのか――そんな風にヘソを曲げた。今思えば何故そんなに機嫌が悪かったのか良く解らない。
 俺は俺の友人を作って、至って普通に授業を受けた。

 出席番号、あいうえお順で席は割り振られていたから、俺は前の方で入り口側だった。梗夜は窓側で後ろの方の席。
 席も遠くて、あまり関わらないかと思っていたら、教室移動の時に話し掛けられた。
「――付いとるよ」
 最初は何を言われているのか判らなかった。
 指差された先は、制服の上着。見れば、
「え? あッ!?」
 商品タグが付いたままだった。
 くすくすと笑われた。
 …梗夜との出会いは、穴があったら入りたくなるくらい恥ずかしい瞬間だった。
 あいつは笑い話にしているけれど、俺には封印したい過去だ。


 俺が海斗と知り合ったのは二学期頃だったと思う。
 一年の時はクラスが違って、嘘か真かも判らないような噂ばかりが俺の耳に届いていた。
「知ってるか? またあいつが他校生と派手に喧嘩したらしいぜ」
 梗夜の席を囲みながら、数人の友人と雑談で休み時間を潰していた。
「あいつって…海斗か?」
「そ。今月入ってもう三回目だろ」
「いや、学校が黙秘してるだけでもう二桁はいってるって噂もある」
 友人が面白そうにそうに言った。それは真実か怪しかったが、あいつの噂話だけで会話は盛り上がった。根も葉もない噂を話題のタネにするのはよくあることだ。
「ふーん…。ちなみに、勝ったのか?」
 梗夜は話題に興味があるのかないのか、質問を投げ掛ける。
 教室の扉が開く音がした。廊下で騒ぐクラスメイトが帰ってきたのかも知れない。そろそろ休み時間も終わりか。
「相変わらず圧勝だったらしい」
「ならええやん」
「そうか? 喧嘩なんて野蛮だぜ」
 野蛮、という言葉に否定はなかった。
「海斗は喧嘩は売らないけど、売られた喧嘩は買うんやと。俺にはわからんロマンやな」
「ロマンなんて言うやつ最近居ねぇぞ。…あれ、てかおまえ…なんで知ってんだ?」
「言ってへんかったっけ」
 なぜか教室がしんとした。…静かだ。
「なにを。…って、あれ?」
 気が付くと、俺の周りから友人の姿が消えていた。
 背後に気配がして振り返ると、
「梗夜、筆箱貸してくれ」
 あの噂の男が立っていた。
「俺ら、幼馴染み」
「うえええ!?」
 つい謎の奇声をあげてしまった。
 梗夜が苦笑混じりに俺を見る。
「そんなに驚かんでも良いやん。…海斗も海斗や。筆箱くらい持ってこいよ」
 仕方なさそうに、梗夜は引き出しの中を漁る。
「…盗られた」
「喧嘩のたびに鞄を道端に投げ捨てるおまえが悪い」
 筆箱ごと渡しては梗夜が困るので、シャープペンと消しゴムだけを渡した。こういうことは常らしく、梗夜の筆箱には消しゴムが二つ入っていた。
 海斗は無表情のまま、小さくお礼を言ってそれを受け取る。
 皆があらぬ噂を流したり、友人を放置して逃げたくなるわけだ。その無表情が、恐い。長身なのもあり威圧的に見える。

 受け取るものを受け取って、さて戻ろうと踵を返す。しかし、何か思い出したようで「ああ」とこっちを振り返った。
「あと、俺は部活があるから今日は先に帰っててくれ」
 どうやら二人はいつも一緒に下校していたようだ。「おうよ」と梗夜は小さくうなずく。
 それにしても、梗夜と海斗が知り合いだなんて予想も付かなかった。不良と優男、二人は似て非なる人種に思えたからだ。
 そして、ふと気になる。
「…海斗さんって何の部活に入ってるんだ?」
 直接聞くのは憚られたから、梗夜に聞く。
 さん付け、今思うとずいぶん白々しい呼び方だった。
 俺がその疑問を口に出すと、二人の動きが止まった。
(あれ、まずいこと聞いたかな)
 俺は部活見学の日に運動部は全部まわった。その時に海斗と会わなかったのが不思議に思えたからの質問だった。海斗は見た目からして運動部か帰宅部だろうと思ったのだ。
「……だ」
 海斗が答えた。声が小さくて聞き取れない。
「え?」

「手芸部だ」

 ぽかん。
 そんな間抜けな顔をして黙る俺を見て、ついに我慢できなくなったのか梗夜が腹を抱えて笑いだした。
「やっぱ驚くよな! 似合わへんも…」
 ごす。海斗の拳が梗夜の顔にクリーンヒットした。
「…じゃあまた明日な」
「い、いっへらっはい」
 痛そうに鼻を押さえながら、教室から出ていく海斗を見送る。
「大丈夫か…」
「平気や。よくあるから」
 よくあるのか。
 …恐い人なのに手芸部…。
 海斗との出会いは、世にも奇妙な感覚だった。
Back to Top / 2007.04.19
高校設定にすれば良かった。小学校上がりとはとても思えん。

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