鍵
古びたPHSがある。
多機能の携帯電話でもなく。
流行りの、高速で通信が出来るという端末でもなく。
二階調でしか表示出来ないディスプレイ。
塗装の剥げて、プラスチックの色がむき出しになったボディ。
使っている所を見られたならば、「まだ使ってるのか?」と言われそうな、そんな物だ。
幸いにも、今は誰にも使われていないのだが。
「で、前から気になってたんだけど」
「ん、何だ?」
「その携帯、ずっと前から持ってるけど、捨てないよね」
そう言って指さした机の上には、無造作に置かれている、みすぼらしいPHS。
「別に捨てる必要もないだろ?」
「まあ、そうだけどね」
ちょっと気になったから、と付け加える。
「まあ、初めて買ったものだったしな」
「そうなんだ」
「それにさ」
「何?」
「ちょうど学生の頃で、色々あった時に使ってたものだから、捨てられないんだよ」
誰にだってあるだろう?と、懐かしそうに横顔が言う。
「そうだね」
そうだね――と言いながら、学生の頃に思いを馳せる。
「……もしかして、昔のひとの番号とかも入ってたりする?」
ん、と横顔が正面を向いて。
「さあ、どう思う?」
と言って、意地悪そうに笑った。
PHSは、今も机の片隅に置かれている。
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