「へえー、噂には聞いてたけど、こんなすごいんだ」
「ダメよ千紗都。これはお涼がもらったものなんだから」
「でも食べないのもったいないじゃん」
「いつもはどうしてるの?」
「大体は私がいただくわね」
「さすがヤセの大食い」
「余ったら?」
「どうしても食べきれない時は家族にも手伝ってもらってるの。せっかくプレゼントしてくれた物だから、本当は全部、私がいただかなきゃいけないんだけど」
「お涼はその辺律儀だからね」
「律儀って言うか、当然のことだと思うの。私のためにわざわざ買ってきてくれたんですもの。中には手作りの子もいるのよ」
「はいはいわかりました。ホントお涼はイイ子ちゃんだもんね」
「もう千紗都ったら。そんなこと言う子にはあげませんよ」
「あっ。ごめんなさい許して。哀れな子羊にもお恵みを!」
「でもお父さんなんか喜ぶんじゃないの? こんなにチョコあると」
「うーん、何だか複雑な表情になるかな。お母さんには毎年からかわれるし。間違えて生まれてきたねって」
「お父さん甘いのヘーキなんだ」
「本当は余り好きじゃないみたいなんだけど……、私が上げたやつとかも食べてくれるからけっこう協力的かな。でもちゃんとチェックしとかないと、ほら、包装紙開けてみたらお手紙が入ってる、なんてこともあるから」
「ラブレター!」
「フフフ、そんな大したものじゃないわよ。お友達になって下さい、っていうのが一番多いかな」
「あ、こっちのすごいよ。なになにいつも遠くから見ています。碧川先輩のことを拝見できただけでその日は幸せな気分でいっぱいになりますー?」
「千紗都」
「おっ。お姉様と呼ばせて下さいだって。すごいよこれ百合の園じゃん!」
「勝手に見ちゃダメでしょ!」
「ごめんごめん、でもこういうのって興味あるじゃないのさ」
「あれ、千紗都こないだは気持ち悪いって言ってなかったっけ? 虫酸が走るとか何とか」
「そうだけど、どんなもんか見てみたいじゃん。ヒミツの花園ってやつをさ。ヘヘヘ」
「何かいやらしい響きよそれって」
「そうだよ。わざとエッチに言ったんだもん」
「もう二人とも。そんなとんでもないところじゃないわよ」
「こんなのもらってよく言うよ。ほんとはカワイイ後輩見つけて手を出しちゃってるんでしょ。あ、それで男に興味ないんだ」
「そういえばお涼が男の子のこと話すの聞いたことないものね。案外、そっちなのかなあ」
「そんなんじゃないってば」
「え、ひょっとしてアタシたち狙ってる?」
「……怒るわよ」
「でも本当にすごいわよね、お涼って、女を惹きつけるフェロモンでもあるのかなあ?」
「クラッシュ君が聞いたら嫉妬で怒り狂うこと間違いなしだね」
「あら、彼だってけっこう魅力的よ」
「お、擁護した。さては気があるな」
「そんなんじゃないってば」
「千紗都悪のりしすぎよ。彼だってそれなりに魅力的よ」
「それなりにねえ。柚実ちゃんのお気に入りだもんねえ」
「何言ってるのよ。そういう千紗都はどうなのよ?」
「へ、アタシ? アタシはまあ何て言うか盟友かな。うん。まあ気が合う仲間みたいなもんだよ。話もけっこう面白いし。なかなかいいヤツだし」
「ふーん……。それだけ……?」
「何言ってんだよ、そんな顔で見たって別にやましいことなんてないんだからね。柚実こそどうなのよ? あのヤローと一番電話してるみたいじゃないのさ」
「何で知ってるの?」
「ヤツと話すときに話題に上ったりするからさ」
「そうなの? 柚実」
「え、そんなには連絡取ってないわよ。むしろあなたたちと話すことの方が多いんじゃないの? よく話聞くわよ二人の。こないだのケンカの時だってそうだったし」
「てことはクラッシュ野郎はアタシたち三人とヨロシクやろうって腹なんだな。ふてえヤローだ」
「ほんと。わたしたち天秤にかけられてたりして。うーん、チョコなんて上げるんじゃなかったかしら」
「もう。柚実までそんなこと」
「お涼もクラッシュ君のチョコ、この中から上げればよかったじゃん。これだけあるんだからさあ」
「それって使い回しじゃないの」
「でもバレンタインなんてお菓子業界の陰謀じゃん。こんなものにマジになってもしょうがないのになあ」
「じゃあ千紗都は誰にも上げなかったの?」
「義理なら上げたけどさ。じいちゃんには媚び売っとかなきゃならないし、タケにだってさ、たまには使いっ走りにもいい想いさせてやらないといけないし」
「彼には?」
「ん、まあ上げたよ。何か物欲しそうな顔してたし。二人もやったんでしょ」
「ええ、もちろん」
「何上げたの?」
「フフフ」
「秘密よ」
「何か思わせぶりだなあ。……義理じゃないの?」
「さあてね」
「フフフ」
「あっ、何か怪しい! 本命なの? ねえ本命チョコ送ったの?」
「さてお涼、そろそろ行きましょっか?」
「そうね。余りいると冷えちゃうし」
「ねえ二人とも本命なの? クラッシュに上げたのって何か意味あるの? あ、コラ逃げるな!」
「フフフ」
「ほら千紗都こっちよ」
「待てえ!」
三人が走り去る後を、風が吹き抜けていった。