『名残』 




……消えない。





夜中に目が覚めた。
都会の夏は、毎夜のように熱帯夜だ。
喉がひどく渇いていた。
重くだるい身体を起こし、冷蔵庫からエビアンを取り出すと一気に飲み干した。
冷たい水は私の喉を潤し、この暑さに火照った身体を冷ましてくれる。





けれど、消えない。
身体の芯に残った熱だけは。
それはあの男の名残。





窓の外は真っ暗。
星一つ無い夜空は、あの時見た夜空と同じだった。





"―――マキ……"
"マキ、マキ……"
私の名前を、あの男は何百回口にしたのだろう。うわごとのように。
私を、抱きながら。
「……マキ、……」
「…っ、あぁ……」
名前を呼ばれて、でも喘ぎ声でしか返せなかった。
壁にもたれ掛かって座り込んだ、私の脚の間に顔を埋めて。
ピチャピチャ、仔猫がミルクを舐めるような音を立てながら……。
脱がされた下着が、少し離れたところで内側の染みを上に向けて落ちてて……それだけで、たまらなく恥ずかしいのに。
「ぁあッ、……ふ・ぅ……ん、」
自分でも信じられなかった。
私の口からこんな声が、出るだなんて。
身体は痺れ、思うように動かない。
なのに、快感……悔しいけれどそれは明らかに快感だった……は、しっかりと感じられた。
「美味しいぞ、マキ……」
長い髪で顔が隠れて、あの男の表情は見えなかった。
けれど、……言葉どおり本当に美味しそうにそこを舐めていた。
これは確かに自分の身体なのに、なのに身体は自分の意思とは違う方向に向かっている……。






"何処でどうなったの……?"
思い出そうとしても、何処でどうなったのか、はっきりとわからない。






決闘だと知らないヤツに呼び出されて、時間潰しのつもりで出かけた。
ある裏通りの廃墟。こんなことはよくあることだった。
大概、呼び出したやつは雑魚以下の、街の喧嘩屋で、一分もしないうちに勝負はついた。
『……ジュリエッタ?』
呼び出された場所にいたのは、……坂本ジュリエッタだった。
『ちょっと、何で、』
アンタがここに……と言葉を続けようとした寸前、突然意識が途切れて……。




……気が付いたら、この様。





「マキ、ずっとこうしたかった」
狂気の色の浮かぶ目で、ジュリエッタは私を見上げる。
「……あッ、……!!」
……蹴り殺したい……!!!
なのに、身体が動かない。
「マキ、……ホラ、マキのここはこんなに嬉し泣きをしている……たっぷりと濡れているな」
「いやぁ……!!!」
脚の間、散々嘗め尽くした箇所を、ジュリエッタが指で広げて……。
「綺麗なピンク色だ、自分で慰めたりしないのか? マキ」
「ッ―――!!!」
「クリトリスも皮を被ったままだった。指も入れたことが無いみたいだな」
「いやぁっ、」
「でも、感度はいいらしいな。クンニ、そんなに気持ちがいいか?」
恥辱でしかない言葉の数々。耳を塞ぎたいのに、塞げない。
逃げたいのに、逃げられない……感じたくないのに、感じてしまう……!!
指が、舌が。 容赦なく、脚の間を……攻めて、攻めて、攻め立てる。
自分の中で別のものが、目覚めようとしているのがわかる。もう、そこまで来てる。
駄目、このままじゃ、私、私……!!!




「ぅッ……、」
―――悔しさに、情けなさに、涙が出た。
「……泣いてるのか、マキ」
長い指が、目尻に溜まった涙を掬った。
「じゃあ、今日はこのくらいにしておくか」
「……え、ッ」
意外なほどあっさりと、ジュリエッタは私を開放した。
「マキ……マキ」
乱れた服を整え、私の目を見ながらジュリエッタは自信満々で言った。
「……マキはそのうち、俺に抱かれたくなる」






頬にキスを一つ残して、ジュリエッタは去っていった。





……暫くして、体が自由に動くようになった。
「クソッ……!!!」
悔しさと情けなさと、湧き上がる怒りと……身体の芯に残る、あの男の名残。確実にそれは、熱だった。
「嘘、消えろよ、消えて、消えて消えて消えて……ッ!!!」
慌てて家に帰り、何度も熱い湯を浴びた。腫れるほど擦って身体を洗い、動けなくなるまで眠った。





……なのに、消えない。
あの男の名残。
あの声、あの指の動き。熱い舌の感触。





「……何で、なのよ」
エビアンのボトルを握りつぶして、吐き出すように呟いた。
あの日から何日が過ぎた?
あの男の名残は、消えるどころかドンドン、私の中で存在を主張しているのだから。
"マキはそのうち俺に抱かれたくなる"
「誰が、誰が誰がッ!!!! アンタなんかにッ!!!」
大声で叫んで、慌てて口を両手で塞いだ。
……駄目だ、取り乱したらそれこそ思う壺じゃないか!!





消えない……あの男の名残。
抱かれたくなるだなんて、あの余裕は確信だったのか。




私が眠れない夜を過ごしている今、あの男はどこかでほくそえんでいるのだ。
「……誰が、絶対に、……アンタなんかに……ッ」
唇を噛み締めた。
血が出るほど、強く。



あの男の名残と、私と。
勝つのは……どっちなのだろう。
この我慢は何時まで続くのか。続けられるのか。



……耐え切れず、あの男の部屋のドアを泣き顔で叩く自分の姿が、ふと脳裏をよぎった……。






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