秘密(深道弟×みおり)
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あたしがエアマスターの家を出て数ヶ月。
今でも、みおりの顔みたさに時々寄っている。
みおりはあたしを慕ってくれてるもんだから、妹みたいに思えて、可愛がってる。
今日も学校帰りに寄ってみた。いつものことだけど、エアマスターはまだ帰ってないらしい。
「……うん、わかった。11時ね、……うん」
窓際で携帯でみおりが話している相手は、「あの」深道の弟。人呼んで「深道弟」。
みおりもそう呼んでるらしい。
バトルロイヤルのときに、一寸だけ見た。雰囲気は兄のほうとは全然違ってて、ファイターというより綺麗な顔をした今時の高校生って感じだった。
バトルロイヤルでなんかあったらしくてあれ以来仲良くなったらしい。
で、休みの日に会って一緒にご飯を食べたり、買い物に行ったりしてるんだって。
花火を使う、元一桁ランカー。みおりやエアマスター曰く、その割には結構弱いらしいけど。
明日……土曜だから、また会うんだってさ。
「お父さんからお小遣い貰ったから、買いたかった服とか買おうかなって……うん、思ってんの」
楽しそうに話してるみおりの背中を見ていると、ホント普通の小学生って感じ。
「…………」
とてもじゃないけど、"あんなこと"してたなんて、思えない。本当に……。
2週間前の日曜日の夕方。
久しぶりに美緒姉さんの所に寄って、四方山話をした帰りに、ここに寄った。
美緒姉さんからお菓子一杯貰ったから、みおりにおすそ分けしようって思って。
「みおりぃー、いる?」
玄関の鍵はいつものことだけど掛かってなかった。結構無用心な家だ。
勢い良く扉を開けると、狭い玄関には脱ぎ散らかした靴が大小二足。
「ん?……誰か来てんの?」
エアマスターの靴はなかったから、出かけてんだなって思って。
小さいのはみおりのスニーカーで、その側には履き古した大きなバスケットシューズ。
一目で男物だとわかった。
「……もしかして深道弟かぁ?」
仲良くしてんのは、みおりからいろいろ聞いて知った。
『なんかねぇ、あたしと深道弟って、……いちおうコイビトみたいな感じなんだけど。
あっ、お姉ちゃんには内緒だよ、ただ会ってお買い物とか付き合ってもらってるだけって、言ってあるから。お姉ちゃん、そっち系はてんで免疫無いからさぁ……』
なんて、二人で撮ったプリクラ片手に頬っぺた真っ赤にして言うもんだから。
『お子様がナニ言ってんの、あんたまだ小学生でしょ、5年早いんだよ!
あんたはそのつもりでも向こうは妹くらいにしか思ってないわよ』
って、言ったりしたんだ。
だってそうじゃない? 小学生と高校生だよ?
あーきっと今日もどっか行ってたんだな、って、そのくらいで思って。
「みおりぃ、クッキー貰ったんだけど食べるぅーー?」
勝手しったるなんとやらで、ずかずかと上がりこんだ。お菓子あげたらすぐに帰るつもりだったし。
「みおりぃ、いるんでしょ? みお……、」
部屋の入り口には、食べかけのハンバーガーと、汗をかいたシェイクが二人分。床に直に置いてあって。
「……ん、」
視線を辿ると、その向こうには脱ぎ散らかした服の塊。みおりのソックスだのハーフパンツだのが、ライトブルーのメンズの大きなTシャツと、脚が片方裏返ったジーンズの上に……あって。
更にその向こうには……ベッド。
「……………」
ベッドの上に、みおりと、深道弟がいた。
それも、……裸の。
勿論、二人とも。
「………へ?」
一瞬、何やってんだかわかんなかった。
だってそんな場面、見たの初めてだったし……自分も、経験したことが……なかったから。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋はむっとしていて、独特な熱気と匂い、そして濡れた音が支配していた。
ベッドの上に深道弟が座ってて、みおりを横抱きにしてた。
二人とも、キス……してた。
ちゅぅ、とかいう軽いキスじゃなくて……ディープキス……貪りあうような、キス。
「ぅ、ん……」
「ん、……っ」
薄暗い部屋の中、深道弟の明るい色の髪と、みおりの白い肌に咲いた、赤い花……キスマークが目に付いた。
「…………」
あたし、普通に玄関のドア開けたんだけど。
結構大きい声で「みおりぃー」って、呼んだんだけど。
ずかずか音立てて歩いて、普通に部屋の入り口に突っ立ってたんだけど。
――――気づいてない。二人とも。
気付かない位、夢中になってる。完全に、二人の世界だった。
少しだけ開いたみおりの脚の間に、深道弟の手が入り込んでた。
その手が細かく動いてて、……くちくち、粘って濡れた音を立ててた。
貪りあう唇が離れると、深道弟はみおりの耳朶を、首筋を、ゆっくりと舐めていった。
「ん、あぁ……ッ、」
みおりが眉をしかめる。みおりの声は……小学生じゃないくらい、色っぽいっていうかやらしいっていうか……、
聞いているこっちまで、背中がゾクゾクする位で……。
「みおりちゃん、すっげえ可愛い……」
「ぁあん、……恥ずかしっ……、よ」
上気した深道弟の声。その深道弟の腕の中、みおりの息は荒くて顔は真っ赤に火照ってて……。
「みおりちゃん、これ、気持ちいい?」
尋ねる声に、みおりが頷く。
「ここ? ここ、いい?」
深道弟の手の動きが早くなる。
「あ、……あぁぁ……、やぁ、きもちいいよぉ、……もっとッ、……」
嫌々をするように、みおりが首を激しく横に振る。
額に汗掻きながら、深道弟がみおりの……ようやく膨らみ始めた胸の、小さいけどつん、って尖った先端にちゅっ、って吸い付く。
「ひぁっ、」
みおりの体がビク、って跳ね上がる。仰け反り、脚を突っ張る。
「も、駄目ぇ……ッ……!!!、だ、め…」
みおりが深道弟にしがみつく。震えた声。もう限界だと告げる声。
くちくち、湿った音はドンドン大きくなって……。
……あたしはそこでようやく我に返った。
「……あ、っ………」
(何、じっくり見てんだよあたし!!!)
幸い、まだ二人は全然気づいてない。
そろそろと後ずさり、逃げるように部屋を後にした。
「……はぁっ……はぁっ……」
部屋を出て、マンション前の公園までダッシュした。ほんの一寸の距離なのに、やたらと息が切れた。
さっき見た光景が瞼の裏に焼きついて、頭の中は混乱してぐるぐる回ってた。
「……ちょっと……なんなのよ、あれ……」
あたしが見たのは、幻でもなんでもなく、紛れもない現実。
みおりが、深道弟とエッチなこと……してた。
小学生と、高校生なのに。
でもって……多分、初めてじゃない。あれはきっと……初めてじゃ、ない。
あたしに気付かない位夢中になってた。みおりが、あんな顔して、あんな声を上げてた。
『あたしと深道弟って、……いちおうコイビトみたいな感じなんだけど』
っていった、みおりの言葉がリバースされる。
「コイビトって……そういうこと、……か……」
一人前のことを言うのは、一人前のことをしていたからなんだ。
最近の小学生、かなりませてるって聞いたけど。
実際目の当たりにするとは思わなかった。それも、妹みたいに可愛がってる子が。
濡れた音はまだ耳の奥で響いてる。むっとした熱気と、独特の匂いも鼻先でちらちらしてて……
瞼の裏に焼きついてはなれない、あの光景。
マンションを見上げる。14階の部屋。まだ……やってんのかな。やってるよね、きっと。
いつからそんなことをする仲になったんだろう。
エアマスターとか、みおりの父親とかは……勿論、知らないよね。
知ってたら今頃深道弟は生きてない筈だし。いや、ショックで寝込むかな。
あたしが見たのは……あれ、Bまでだったけど。
最後まで……その、……みおりはロストバージン、してんのかな……してるよね、絶対。
『深道弟って、ファイターとしては弱いんでしょ、なのにコイビトなの? 弱い男好きなの?』
前に一度だけ聞いた。冗談半分、冷やかし半分。
『うん、ファイターとしてはね、弱いよ。でも……恋愛とそれは別なの。カイにはわかんないだろうけど』
そういって笑ったみおり。
誰も知らないところで、二人っきりであんなことしてたんだ。
「……はぁ……」
搾り出すようにため息が出た。
「……鍵ぐらい掛けとけっての……」
みおりも深道弟も、本当に気づいてなかったらしい。
あの後も、みおりは今までとなんら変わることなくあたしに接している。
「……うん、お昼はぁ……そーだなぁー……ファミレスでいいよ」
電話はまだ続いてる。
みおりの脚とか腰とかが、心なしか大人びてきたのは決して年頃のせいだけじゃない。
男を知ると女の体つきは変わるんだと、どっかで聞いたそのまんまだ。
冗談抜きで子供の癖に。色気づいたりして。
首筋にある赤いのはきっとあれなんだろう……キスマーク。
あの時、あたしは何にも出来ずにただ逃げた。
みおりに何も言えない。戦いのことなら、いくらでも言葉は浮かぶのに、こんなことに関しては何も言葉が浮かんでこない。
みおりのことを妹だって思ってるのに、何にも言えないなんて……なんて弱いんだろうあたし。
言うべきなのに、言えないでいる。
あたしの心の中にだけ仕舞われた、あの日見てしまった二人の秘密。
大事になってからじゃ、遅いって言うのに。
「ねえ、カイ」
「ん?」
みおりが携帯片手に振り返る。
「こないだカイが美味しいって言ってたケーキ屋さん、どこだっけ」
「え、あぁ……えっとね、渋谷の駅の……」
みおりが座ってるベッド。あの時、ふたりがエッチなことをしてた、まさにそのベッド。
明日も買い物行って、ご飯食べてそのあときっと……するんだろうな。
楽しそうなみおりの横顔を見ながら、あたしは一人、複雑だった。
「………」
心の中に、得体の知れないもやもやが溜まっていくような感じだった。
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