『惚れた方が負け』




面倒な女に惚れちまった。


「駄目よ」
「……あ?」
握った手を、やんわりと押し返された。
「今日は駄目」
「どうしてだ?」
俺の問いかけに、皆口は……皆口由紀は、意味ありげに小さく笑った。
こんなとき、皆口由紀の顔はとても魅力的だ。
漆黒の髪と瞳には、大口を開けて笑うのは似合わない。
何かを隠すような仕草の方が、魅力的に映るんだ。
「……どうして駄目なんだ?」
夕刻の公園のベンチ。
おあつらえむきに、誰もいない。
そんな、恋人達が何かをするには絶好の場所とシチュエーションだというのに、 皆口由紀は駄目だという。
「……何となく。駄目って言うんじゃないんだけど、今日はお楽しみを明日に持ち越したい気分なの」
そう言って皆口由紀は、俺の手を離した。
持ち越す、ね……駄目って言うんじゃないけど、か。上手い断り方だ。
「……仕方ねぇなぁ――ったく」
皆口由紀は見かけによらず頑固者だ。
駄目だと一度いったら、こっちが幾ら拝み倒したって駄目なものは駄目なんだ。
半年の付き合いでそれは身にしみてわかっている。
「わかった、明日のお楽しみな」
俺は仕方なく引き下がった。
「ふふっ」
そして皆口由紀はまた意味ありげに笑う。


ああ、これは完全に俺の負けだ。

それにしても、面倒な女に惚れちまったもんだ。

(END)




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