『正しい恋』




例えば、目の前にいるこの女が恋人だとしたら。
いや、そこまでいかなくとも。少なくとも、恋愛対象になりうるだろうか?


「深道さん、嫌だわ」
「ん?」
夕暮れの喫茶店で、テーブルを挟んで向かい合うのは深道と由紀という珍しい組み合わせだった。
二人が会うのに、勿論理由がないわけではない。
先日のイベントの様子を収めたDVDの受け渡しと、由紀の賞金を振り込む口座の変更のためという、 事務的なものだった。
「あまりじろじろ見ないで頂戴」
「……俺、そんなに見てたかな?」
「ええ、とっても。痛いくらいよ」
ティーカップに半分の紅茶をもてあましながら、由紀は口の端で笑った。


そんなに見ていただろうかと深道は首を傾げるが、一つ考え始めるとそればかりに集中してしまうのが、良くも悪くも自分の性格だと十分に承知している。
深道にそのつもりはなくとも、由紀のことをじっと見ていたのだろう。きっと。
由紀のことを考えていたのは確かなのだから。
「視線で痛いなんて、初めてよ」
「ははっ、」
深道は少し残ったブレンドを飲み干すと、通りかかったウエイトレスに二杯目を注文した。
「自意識過剰じゃないか? 皆口」
「あら、酷いわ」
素直に見ていたとは言わない、否、言えない。
奇麗な女だとは思う。
長い黒髪。タイプとしては少し古い顔かもしれないが、美人の部類だ。
昔の映画を見ていると清楚な娘役にこういう顔の女優がいた気がする。
物腰も柔らかで、行儀もいい。
その上ストリートファイターとしての戦い方も正統派だ。
しかし、恋人……ましてや恋愛対象とは程遠い……それが深道の出した答えだった。
ドライな関係しか経験したことのない、ドライな感情しか持たない深道には、例え由紀がどんな女であったとしても、答えは同じだっただろう。


「深道さん」
「ん?」
二杯目を待つ間、深道は由紀を見ないように、携帯を弄りながら再び考えに陥っていた。
「携帯なんて仕舞って下さらない?」
「ああ、行儀悪いね。ごめん」
「そうじゃないわ」
「じゃあ、何だ?」
カタ、と携帯をテーブルに置くと、深道は座りなおした。
由紀はふ、と小さく笑って、呟いた。


「あなたが思うより、女はもっと複雑で繊細で、敏感なの」
由紀のまなざしはひどく真面目だった。
「………」
深道は答えを探した。
由紀の言葉と、由紀のまなざしへの答えを。
正直、少し驚いたのは事実だ……ドライな関係、ドライな感情。
それは皆口由紀も同じだと思っていたからだ。
「そうだな……男も、俺は違うかもしれないけれど、大体そんなもんだ」
二杯目のコーヒーを口にし、深道は由紀への答えを出した。
「―――ぬかるみに嵌るのも、一度くらいはいいかもしれないな」
「二人なら?」
「ああ」

恋をぬかるみと言い切ってしまうところが、やはり深道らしいと由紀は笑った。

(END)





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