『ふたり』
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「たかがコンビニ行くだけやのに、やりすぎちゃうか……」
呆れ顔の屋敷をよそに、カイは出かける準備に余念が無かった。
「これくらいしないと駄目なの、アンタにゃわかんないだろうけど、こちとらプロレスラーなんだから。
有名人なのよ? 有・名・人!」
「はいはい、有名人のおっしゃるとおりにしますわぁ」
「ねぇ、あんた今のさ、微妙〜〜に人のこと馬鹿にしてない?」
「してへんしてへん……」
まだそんなに寒い季節ではないというのに、カイは目深にニットキャップを被り、大きなサングラスをかけ、
ダウンジャケットを着込んでいた。
カイいわく、女子プロレスラーの世界の三大タブーは、男・酒・タバコなのだという。
見つかったら大変なことになるのだと。
「タブーやのに、なんでワイと付き合うてんねん」
白い息を吐きながら、屋敷の家から一番近いコンビニまでの道を歩く。
「あら、そっちが告ってきたんでしょ」
「ちゃうわ、お前が迫ってきたんやろ!」
「違うわよ、アンタ何自分の記憶力の無さを棚に上げてんのよ!」
夕刻の薄暗い道で言い争う二人。
これでは、いくらカイがキャップを被りサングラスを掛けたところで、嫌でも人目につく。
すれ違う通行人たちが振り返るが、二人は言い争い……もとい、痴話喧嘩を続けていた。
「ちょっと屋敷……や……、」
コンビニに行くはずで、近道にと通った公園の茂みに、カイは連れ込まれた。
キャップもサングラスも取られ、闇が滲んでいく暗がりの中、屋敷がカイの唇をふさぐ。
「ん、………」
「大丈夫やって、見つかったりせぇへんよ」
「ちょ……冗談にならないって、ねぇ……」
耳元でいたずらっ子のように屋敷がささやく。
屋敷は抱きすくめたカイの胸をやわやわと揉みしだく。カイの胸が弱いことを知っていて。
「やだ、……青姦なんて……」
「んなこと言うて、そんな声出すか?」
やだ、というカイの声は明らかに色気づいていた。
「屋敷、やめ、」
ドンドン、カイが屋敷の胸板をたたいて抵抗する。しかし屋敷はやめようとしない。
「やめ……ぁ、」
敏感な耳朶を齧られ、胸を叩く手に力が入らなくなる。
カイの膝が震え始める。立っていられなくなったカイを、屋敷が芝生の上に横たえた。
いけない。
すっかり屋敷のペースに嵌っている。
カイがはっとした。しかし、時既に遅し。
手早い屋敷に色気のないジャージは脱がされ、カイの白い太ももが夜気に晒されていた。
屋敷の手の早さは、どこで覚えたのか、脱がせる手際のよさときたら。
「あ……」
「ムッチムチやなぁ、カイ」
張りのあるその感触を楽しむように、屋敷が掌でカイの太ももをなでる。
掌は太ももの内側から付け根に至り、やはり色気の少ない、スポーツ用のショーツへと。
「だ、だめぇ…」
「あかん、ここまできてお預けは生殺しやで?」
「そんなのっ、だって」
「ええやん、誰も見てへん……」
脚を広げさせると、その間に屋敷が顔をうずめた。
「お風呂……まだ入ってないのに……」
「気にせぇへん」
最後の抵抗の言葉もむなしかった。
「―――あ…」
下着越しに屋敷の熱い吐息を感じ、カイは抵抗を止めた。
人は来ないといっても、ここは公園で。
屋敷と重なって隠れている茂みは、遊歩道に程近く、いつ人が現れてもおかしくはない。
確かに普段はさびしい公園だが、それでも誰も絶対来ないという保障はどこにもない。
見られるかもしれない、という恐れをはらんだ予感があった。
「や……ぅ、」
はぁ、とため息にも似た吐息を漏らすのと同時に、屋敷が押し入ってきた。
「……ちゃあんと外に出すし」
耳元でやさしく囁かれ、頷いた。否、頷くより他はなかった。
相変わらず人は通らない。しかし遠くで犬のほえる声がした。車のクラクションも聞こえた。
「ッ、……う、あ……ん、」
「カイ、めっちゃ濡れとる……」
とろけてしまいそうな闇の中、押し殺した声が二つ重なり、影も二つ、重なる。
声を押し殺すことは難しく、見られるかもしれないという背徳感のなかでする行為は、
普段のそれよりも妙に感じてしまう。
身体は素直なもので、たいした前戯もないのに、潤滑のための愛液は次々とクレヴァスから溢れてくる。
ゆっくりと腰を前後させる屋敷に必死にしがみつきながら、この状況はもしかしたら
楽しいものなのではないだろうか……と、カイは思った。
「……一時間」
戻って時計を見てみれば、きっかり一時間経っていた。
「すぐそこのコンビニ行っただけなのに一時間って……」
「ええやん、楽しかったし」
小さなコンビニの袋をコタツの上に置きながら、屋敷があっけらかんとした風に言う。
そしてカイの頬にキスをひとつ、くれた。
「見られてたら私終わりかも……」
はぁ、とため息をつくカイに、屋敷はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「ええなあ、大スキャンダルやで、カイ」
「スキャンダルなんてもんじゃないわよ……」
「その割りに楽しんどったやん、カイ」
「……それは……そうだけど……」
確かに、嫌だなどと言いながらも、楽しんでしまったのは事実だ。
普段より感じてしまったのも……事実だった。
「……その時は責任取りなさいよ」
「当たり前やん」
約束よ、と指切りを交わし、汚れた身体を洗うために二人は風呂場へと向かった。
(END)
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