『闇の雨』 






ランカー狩りの正体に関する情報を得て数日の後。
午後の喫茶店で、深道は摩季と向かい合っていた。
ここは深道のお気に入りの喫茶店で、誰かを呼び出すのはここにするのが深道の常だった。
「……用件って何?」
制服姿の摩季は、いちごパフェをつつきながら深道をちらりと見る。
呼びつけたのは深道だったが、他愛ない世間話とうんざりするほど奥深い珈琲の薀蓄ばかりで、肝心の用件いついてはまだ触れていない。
そろそろ向かい合って半時間になろうとするというのに。
摩季の赤い髪と、いちごの赤がだぶって深道には見える。
「いちごパフェと珈琲だけが用件じゃないでしょ」
けだるそうな口調の摩季に、深道は口端を軽く上げる。
「用件か……そうだな、どの角度から行こうか」
ゴーグルの奥の目が細められたのを、摩季は感じた。
「角度?」
なんのこと?と言いたげに、摩季が首をかしげる。
「いや、難しい話じゃないんだよ。君にも遠からず関係のある話だ」
アメリカンを飲み干すと、深道はカップをソーサーに置いた。
「最近ね、”ランカー狩り”が出没してるんだよ」
「ランカー狩り?」
「そう。ランカー狩り。その名の通り、深道ランキングのランカーを闇討ち……いや、闇討ちというよりはただ片付けているというべきか」
「……あくどい手口じゃないんだね」
「ああ、真っ当な手口だ。別に罠を仕掛けたりも、後からナイフで刺したりもしていない。普通のストリートファイトだよ」
通りがかったウエイトレスに、深道はエスプレッソを注文した。摩季もオレンジジュースを頼んだ。
「ふぅん、それって何か問題あるの?」
「ああ、大有りさ」
摩季が先割れスプーンでつついていたいちごが、硬いのか音を立ててスプーンに突き刺さった。
そこから赤い果汁が染み出してくる。
「片付けているといっただろう。中位ランカーや元中位ランカーが、そのランカー狩りによって潰されてるんだ。
そろそろ運営に支障も出始めた。最初は黙っていたんだが……そういうわけにも行かなくなってね」
「ふーん」
摩季はパフェをつつきながら、他人事のようにそっけない反応をするだけだ。
「もう6人だ。6人もやられたんだ。さすがにいつまでも放置するわけにも行かないよ」
「……6人を同じヤツがやったの?」
「ああ、相手は名前を名乗らなかったが、同一人物だ。やられた6人の証言が一致してる。拳法だかカンフーだか……そういう系統らしい」
「それで?」
「……それで、だな……」
深道は数日前の、馬場がやられた夜のことを思い出し、摩季にどう告げるべきか迷っていた。
”ランカー狩りの男は、以前はエアマスターたちとつるんでいた”
あの夜、あるストリートファイターの溜まり場にいた男はそう証言した。 



「おんなじ高校だっつってたっけなあ。エアマスターと」
「いつだったか、武者修行するとか行って突然来なくなってな」
「ついこの間、久しぶりにここに来たよ。エアマスターはどうしてるかって」
「アンタんとこのランキングに参加してるから、ここには来ないって言ったさ」
「久しぶりに会ってびっくりしたぜ……まるで別人だったからなぁ」
「……余計なものをそぎ落としたついでに、大事なものまで捨ててきちまったって感じだな」




トキタシンノスケという、具体的なランカーの名前。
摩季たちと一緒にその溜まり場に来ていた時と現在とでは、まるで人格が変わってしまっているということ。
深道にはある程度の予想が立っていた。
ランカー狩りは、摩季と戦い、勝ちたいのだと。
今ここでその名を、あえて出すべきだろうか。



「……その内、君のところにもそのランカー狩りが来るかもしれないということだ」
「ふーーーん」
だからどうしたのだといわんばかりに、摩季は間延びした声で相槌を打った。
会ったこともない相手の話をされるだけでは、興味が沸かないのは当たり前だろう。
「闇討ちということはないけれど、夜道の一人歩きは気をつけたほうがいい」
「あのねぇ、痴漢じゃないんだからさぁ」
「まぁ、君なら大丈夫だろうがね」
「何それ。ちょっと失礼かも」
「ははっ、今のは悪かった、君も年頃の女性だったなエアマスター」
「だったなって、余計失礼だわ」
誰が来ようと、戦いを挑んでくる相手を拒む摩季ではない。
やるというならこちらもやり返す、それが摩季のやり方だ。




―――ランカー狩りの話の真相をエアマスターに突きつけるのはまだ早い。もう少し時間を置いてみよう。何か面白いものが 見られるかもしれない……。
深道はそう判断した。



「まぁ、もしもランカー狩りが君のところに来て、仕留めたその時には連絡くらいしてくれると有りがたいがね」



摩季とはその後、世間話をして時間を過ごし、店を出て別れた。



渋谷の街をぶらぶらと歩き、日が暮れるのを待ち、深道はある場所に向かった。



新宿のとある公園。
深夜の人影が殆どない暗い公園で、伸之助は辺りを見回した。
「……いないな」
ひとりごちて、今日は駄目か、と舌打ちする。
この公園は、以前伸之助が太った金髪の男を倒したビルと同じく、ランカーが集まり、ストリートファイトを繰り広げる場所だった。
今日は週末だからきっとストリートファイトがあるはずだと思って来てみたのだが……伸之助の予想に反し、それらしい人間は何処にもいなかった。
「仕方ない。はずれの日もあるか……」
踵を返し、家に戻ろうとした―――そのときだった。



「こんばんわ、ランカー狩りさん」



背後から声がした。低い男の声だった。気配はなかった。
伸之助の背中を、冷たいものが走る。
声と、自分の距離を測る。かなり近い。なのに気配がなかったのだ。
伸之助はゆっくりと振り返った。ちかちかと点滅を繰り返す、古びた水銀灯に凭れ掛かった男が、こちらをみながらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
帽子を被り、ゴーグルをし、アーミー調のジャケットを着ている。
「……こんばんわ、君がランカー狩りのトキタシンノスケか」
深道は、伸之助の左腕に走る大きな傷を見ながら言った。深道から見た伸之助の雰囲気は、ぞくぞくするほど冷たかった。
「あなたは?」
伸之助が静かに尋ねた。
伸之助には、深道は得体の知れない男と映った。気配を殺す術だけからしても、かなりのものだ。
「……俺は深道。君が参加したがっている深道ランキングの主催の深道だよ、ランカー狩り」
「あなたが……深道」
「そう。ランカー狩り、君は俺に会いたかっただろう? エアマスターと同じくらい」
エアマスター。
その名を深道が口にしたとき、伸之助の表情が一瞬変わったのを、深道はみのがさなかった。



「戦いたいだろう? エアマスターと」







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