(若いときに病で目をやっちまったんだ。流行り病でさ。天人がこの星に持ち込んできやがった厄介な病さね。
 まぁ色々苦労はしたが……失った目の代わりにそれ以外の場所が獣のように鋭くなっちまったんだ。
 耳も指先も舌も全部鋭くなっちまったんだがねェ。
 俺の場合特に鋭くなったのは、……鼻だね。今じゃそこいらの犬並みに鼻がきくようになっちまったのさ。)



(ホラ。甘ァい匂いを纏わりつかせて、河上さんが帰って来たよ。
 表の仕事だったとあの人に不在の訳を告げてるよ。
 大方何でもございませんというような澄ました面をしてるんだろうねェ。
 若ェのにカネも沢山稼いで感心だねェ。
 だけど河上さん、心は落ち着いてないね……ざわざわしてるねェ。落ち着かせようと必死だねェ。)



(あの人と話が終わった河上さんを、俺は呼び止めた。
 何でって? 一寸からかってみたくなったのさ……暇してたんでねェ。)



河上さんよォ。
アンタ、甘ァい匂いがするねェ。
女の匂いだね……それも、玄人じゃないね。玄人はこんな化粧の匂いはしないよ。叩きこんでる白粉と箪笥に入れてる樟脳が違うんだよ。あと髪につけてる油もねェ。
女はうんと若いねェ。年増の女は違う匂いがするんだよ。
なんていうかね……油が乗って饐えたっていうかね。まァ俺は年増の方が好きだがね。
大人にゃなりきってない……16か17か。そのあたりの女の匂いだねェ。
アンタ、匂いが纏わりつくほどその女とずっと一緒にいたんだねェ。
ぴったり身体をくっつかせていたんだねェ。



『岡田殿。拙者は貴殿の戯言に付き合っている暇は無いのだが』



おやおやおや。
そんなつれないコトは言いっこなしだよォ。こっちは片腕なくしちまって一日暇なんだ……。付き合ってくれたっていいだろう?
―――河上さんは時々はこういうことがあるねェ。
いつもおんなじ女の匂いだねェ。
たまにゃあ違う女の匂いをさせないのかね?
俺の目は見えねェがアンタの見てくれは他の野郎よりもずぅっといいだろう? 


『何が言いたい?』



河上さん、背中にまわした手を下ろしてくれるかい? 仕込の刀、抜くのは止めてくれねえかな。
物騒でいけねぇや。
つまり……なんていうかねェ。
同じ人間でも、匂いってェのはころころ変わるんだよ。
腹減ったときと眠いときじゃ匂いが違うんだ。
今日みたいなこんな匂いを女が発するときっていうのはねェ……。
泣いた時だねェ。
この目のせいだねェ。色々詳しくなっちまったんだよ。
何を言ったのかその若い女に縋って泣かれたんだねぇ、河上さんよ。
おいおい泣いたんだろうねェ……その女は。



アンタは隠してるつもりだろうがねェ。俺には全ッ部、手に取るようにわかるんだ。
この前はその女と喧嘩をしてきたねェ。ほら、雨の降った夜さね。
その前は長ァいこと睦みあってきたんだろう? あの人の部屋でまた子さんが産むだの産まないだのわめいてた日だよ。
そして今日は……泣かしちまったんだねぇ。
悪い男だねェ。
小娘泣かしてさァ……本当に。



ああでも……アンタもついでに、泣いてきたんだねェ。



涙の匂いがするんだよ。
小娘とアンタの二人分。



『……ッ! 岡田殿ッ!! 貴殿という男はッ!!』



おや、河上さん。刀は物騒でいけねェや。



―――図星だったんだねェ。



(幕)





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