平凡一日 弐







コツ、コツと杖を突きながら似蔵は歩く。
盲にはとっくに慣れたが、隻腕と杖にはまだ慣れない。
「似蔵。左に寄ってるよ」
「そうかィ」
隣を歩くまた子に言われ、やや右へ寄った。左に感じていた長屋の並びがそういえば段々近づいていた。
似蔵が失ったのは右腕。身体の左半分は、当たり前だがまだ付いている腕の分だけ右より重い。
歩いていると無意識に左へ左へと寄っていくらしい。
盲いて十年余り、今更向こうから歩いてくる他人様にぶつかるようなヘマはしないが、他人に言わせれば危なっかしいらしい。
片腕を失った似蔵に、杖だ使えと高杉が呉れたのは、刀の仕込まれた杖だった。
俺は座頭市かィ、と似蔵はまだ目が見えた頃に観た映画を思い出した。


また子と似蔵は長屋の通りの外れにある、古い薬局に入った。
腰の曲がった爺さんが経営する小さな薬局だ。
狭い入り口を入ってすぐの椅子に似蔵は腰を下ろし、鼻腔を刺激する様々な薬のにおいにうぇ、と顔をしかめた。
「いつものやつ。あと、鼻の通りをよくする薬。それと、湿布」
「……あいよ」
また子が爺さんに薬を頼む。いつもの薬は高杉の目の薬だ。いつもの、と言えるほど長い付き合いらしい。
鼻の薬は似蔵の薬。湿布は武市の腰に貼る。
「……高杉様にはどうぞ宜しゅうお伝えを……天人を是非とも排除していただければと……」
また子に薬の入った紙袋を渡すと、爺さんは震え掠れる声でいつもの口上を述べ頭を垂れる。
「伝えとくッスよ。爺さんも元気で」
「また子さんよォ」
また子の背中を、仕込み杖の先が突付く。
「何、似蔵」
「アレも買っとくれや」
杖で似蔵が指した方向をまた子は見た。
また子は少し考えて、「……爺さん、アレも入れて」と小声で頼んだ。
爺さんは「あいよ」と棚に並ぶ避妊具の箱を一つ、紙袋に入れた。



「五月蠅いだの足手纏いだのといいながら、来島殿はよく岡田殿を連れ歩くものだ」
整髪料で固めた河上の髪は、海風にちっとも靡かないでいた。
港に止めた戦艦の甲板で、高杉と河上は、つかいに出たまた子と似蔵の帰りを待っていた。
「似たもの同士なんだよォ、あいつらは……」
クク、と高杉が笑う。
しょっちゅう口げんかをしているが、その癖しょっちゅう一緒にいて何かといえばまた子が似蔵と行動を共にする。
似蔵が腕を切り落とされて帰って来た時も、また子は口汚く叱り飛ばしながら、夜通し看病をしていた。
「馬が合うんでござるな」
「そういうこった」



「一回だけッスよ、似蔵。また傷口が開くッス」
「つれないねェ……」
コツ、コツと杖を突きながら似蔵は歩く。その隣をまた子が歩く。
薬屋の帰り道、往きよりもまた子の顔は赤らみ、似蔵に寄り添っていた。

(幕)




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