じゅうななのとき







駅を目指し人込みを歩いていると、お通が不意に手を握ってきた。
はぐれそうになるとお通はいつもそうする。万斉は握られた手をきつく握り返した。
「ねぇ、つんぽさん」
「ん、」
「私来月十八になるんです」



知ってるでござるよ、という言葉を万斉はあえて飲み込んだ。
「帯でござるか、着物でござるか」
「……つんぽさん、鋭いです」
「お通殿、底が浅いでござる」
飲み込んだ言葉の代わりにずばり誕生日の贈り物の予約と催促だと言い当てれば、まだ幼い頬は万斉の一歩後ろでぷ、と膨らむ。
「ねえつんぽさん、両方はダメですか?」
「ダメなことはござらんよ。ただそうすると、二十五の誕生祝いには城でも強請られかねぬと思うてな」
「もうっ、私そこまで強欲じゃありませんっ」
明らかにムキになっているお通が可笑しくて可愛くて、万斉の口元が緩む。
着物も帯も、幾らあっても足りない年頃だという位分かっている。



「そうか、お通殿も十七はもう終わりか」
万斉は呟いて、お通の為の大人びた着物と帯を頭に浮かべた。



握った手が少し緩む。
人込みが若干解消されてきた。目指す駅の入り口がやっと見えてくる。
「つんぽさん」
「ん、」
「つんぽさんて十七歳の時は、何してました?」
「拙者か? 拙者は、そうだな……」
思い出すのは、もうとうの昔になってしまった十七の頃。
十六までは地元で一番と謳われた学問所に通い、学友と才を競った。
三味線を習い、剣術の稽古に明け暮れ、免許皆伝となった。
攘夷だ開国だと熱い議論を交わし、天人に支配されつつあるこの国の未来を憂いていた。



十七の時は、もう人斬りになっていた。



「……忘れたでござるよ」
「嘘」
はは、と乾いた笑いではぐらかす万斉を、お通は一歩後ろから不満そうに睨む。
分かりやすい誤魔化しが通用するほど、お通は馬鹿ではない。



「忘れたんじゃなくて、思い出したくないだけでしょう?」


急に冷静なトーンで、お通がそう言った。
万斉の心臓が、軽く跳ねた。
繋いだ手を通してそれがお通に伝わったのか、お通は「ごめんなさい」と呟いた。
「いや、構わぬ……その通りでござるよ」


(全く、聡い女はこれだから困る)


手を繋いだ女の底は、ちっとも浅くない。
吸い込まれるような地下鉄への入り口の下り階段を目前に、万斉はふと泣きたい気持ちになった。

(幕)




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