あねうえ





ここ二週間ほど、お妙の勤める店に近藤の姿がなかった。
普段なら三日にあげず通っては、お妙に回し蹴りやら肘鉄やらを食らっているのに。
当然、普段のストーカー紛いのつけ回しもない。
やっとあきらめてくれたのかと思っていたら、同僚からこんな話を聞いた。
『真選組の沖田さんのお姉さん、亡くなったらしいのよ。……何でって、病気だって聞いたけど。
誰からって? 松平の旦那によ、ほら、あの人酔うと何でも喋るじゃない。
沖田さんてご身内がお姉さんだけだったらしくてね、……そうよ、だから色々大変みたいで…… お葬式? もう終わったらしいわ。
今は局長さんが沖田さんに付き添って、ご実家の武州のお屋敷の引き上げと お姉さんの遺品の整理で江戸を離れているんですって。だから局長さん、来ないのよ』



胸の痛くなる話だった。
お妙もまた、弟の新八とたった二人の身の上。
他人事とは思えなかった。



そんな話を聞いた数日後、店に出たお妙に指名があった。
「ご指名ありがとうございます、お妙で……」
営業用のスマイルで指定された席に回ったお妙は、言葉の最後を失った。
ボックス席でお妙を待っていたのは、沖田だった。
「姐さん、お久しぶりでさァ」
隊服姿の沖田は、前に見たときより少し痩せていた。
「……どうしたの、一人なんて珍しいわね」
少し上ずった声で言うと、お妙は沖田の隣に座った。
近藤はともかく、沖田が一人でこの店に来るのは珍しかった。大概は近藤や松平に連れられてくるか、 真選組の二次会か……ともかく誰かと一緒に来るのが殆どだったからだ。
数日前に同僚から聞いた話は、お妙の心に楔のように食い込んでいる。
「別に……何もありませんでさァ」
何も無いという沖田の顔は、お妙が同僚から聞いた話を裏付けるように寂しげだった。
くるくると回る天井のミラーボールを見上げ、ちょっと暇だったんで、と呟く。いつもの軽口も冗談も無い。
「何にする? うちは水とドンペリしかないけど」
「いや、飲み物は要りやせん」
ドンペリしか書かれていないメニュー表に伸びるお妙の手を、沖田の手が制した。
「あのさ、姐さん」
沖田はそのまま、お妙の手を握った。
お妙ははっとした。
「姐さん連れ出したら、幾らぐらいするんですかィ?」


薄暗い夜道を、お妙と沖田は並んで歩いていた。
あの後、随分と高い連れ出しの料金を払い、沖田はお妙の肩を抱いて店を出た。
連れ出しに応じたお妙を、おりょうや花子が目を丸くして驚いていた。普段なら決して、誰の連れ出しにも応じないのに。
そんな視線を背に浴びスナックを出、どこに行くの?と聞いたお妙に、沖田はどこでも、と答えた。
じゃあ、うちでいいかしら? 丁度新ちゃんもいないし、とお妙が言うと、沖田は黙って頷いた。
会話はそれっきりで、二人は無言で歩いていた。
先に口を開いたのは、沖田のほうだった。
「……誰かから聞きやしたかィ?」
「何を?」
お妙がわざととぼけて見せると、沖田がフッ、と笑う。
「大方松平のとっつァん辺りでしょうが……聞いたんでしょ、俺の姉上のこと」
「……ええ、直接じゃないけどね。でも気をつけないと今に警察の機密事項喋っちゃうわよ、あの人」
「あはは……全くだ。ま、知ってるんなら話は早ェや。……今朝、近藤さんと江戸に帰ってきたんでさァ。 田舎の方はまぁ一応、何とか片付いて……今日から仕事してたんですけどね、暇なモンでさァ。 何企んでんだかどこの攘夷派も静かなもんで。そしたらなーんか……ふっと姐さんに会いたくなって。」 「私に?」
「ええ。何ででしょうね、自分でもわかりやせんや。 姐さんのとことうちって、同じ姉弟二人きりで似てるっちゃあ似てますけど」
沖田は自嘲気味に笑った。
「死んだ俺の姉上はもっとおしとやかで、大人しかったのにさァ」
普段なら肘鉄の一つも食らわしてやりたくなる沖田の台詞に、お妙は何も返せなかった。




志村家の客間で、沖田はお妙の膝枕で寝た。
てっきり沖田はそのつもりだと思って覚悟を決めていたお妙だったが、家に着くなり沖田は「もう眠たい」と言って瞼を擦った。
同じ年なのにどこか子供じみているそのしぐさに、お妙の口元が思わず緩む。
沖田の頭を膝に乗せ、新八が小さい頃よくそうしたように、お妙は目を閉じた沖田の身体をトン、トン、と優しく叩いてやった。
――お姉さんにも、こうしてもらってたのかしら……
死んだ沖田の姉のことは何も知らない。沖田もあれ以上は語らなかった。
けれど、沖田の様子を見るに、姉をとても慕っていたことは容易に推し量れる。
似ても似つかないと言いながら、自分に姉の影を見ていることも。
――私が死んだら、新ちゃんどうなっちゃうかしら……
そんなことをふと考える。すぐさま、言いようの無い不安に駆られる。
新八も沖田のように、誰かにこうやって甘えるのだろうか。
この言い表しがたい気持ちは何なのだろう。お妙は自問したが、答えは出ない。同情か、自己投影か。それとも。
「……姐さん」
「なぁに」
沖田が、目を閉じたまま口を開いた。眠ってはいなかったのだ。
「抱いてもいいですかィ?」
お妙の手が止まる。
「連れ出しの金払ったんだ、……抱いてもいいですかィ?」
沖田の声は震えていた。



行灯が仄かに明るいだけの部屋の隅、立ったままで着物を脱ぐお妙を、沖田は正座したままじっと見ていた。
脱ぐところを見たい、と言ったのは沖田だった。
こんな風に脱ぐところをまじまじと男に見られるのは初めてで、お妙は頬を朱に染めながら帯を解く。
衣擦れの音をさせながら脱いでいくと、お妙の肌を離れた帯や着物が畳の上にはらわたの様にとぐろを巻く。
「下着もですぜ、姐さん」
言われて、小ぶりの胸を隠すブラも、店に出る時用の少し派手なショーツも……ままよ、とばかりに脱ぐ。
最後に残った足袋のコハゼを屈んで外そうとすると、沖田が「俺が外します」と手を出してきた。
沖田はお妙の足袋を脱がせると、白いお妙の足の甲に口付けた。
隊服の上着を脱ぎ、刀をその上に置き、沖田はお妙を抱きしめる。そのまま畳の上にお妙を横たえると、頬を染めるお妙に唇を重ねる。
「ん……」歯列を割り入り込んでくる沖田の舌はお妙の舌を絡めとり、卑猥な音をさせた。
お妙が沖田の首に手を回し、抱きついた。
沖田の手はお妙の背を脇を撫で、乳房を愛撫した。
ぷっくりと硬くなり上を向いた桃色の乳頭に夢中で吸い付いた。
腹をすかせた赤ん坊のように、音を立てて吸い、痛いほどに甘噛みした。
「あっ、痛ッ……ん、あぁ……!」
痛みと甘い痺れが工作し、お妙が艶めいた声を上げる。
沖田の顔はいつになく熱っぽく、額に汗が浮かぶ。
「おっぱい……小さいけど可愛いですぜィ」
「ッ、んッ……、」
沖田は熱を帯びふやけてきたお妙の乳房をちゅうちゅうと吸い、愛しそうにそれに執着する。
乳汁も出ないというのにいつまでも吸い、お妙の感覚がなくなるほど乳房をたっぷりと捏ね回し、いくつも痕を残した。
ようやく乳から離れると、沖田は身体を起こし、隊服のスラックスの前を寛げる。
「姐さん、次、口でして下せェ。俺も姐さんの、口でしやす」
少し呆れながらも、お妙は今度は下になった沖田に逆にまたがり、寛げられた隊服の前を押し上げる沖田自身を取り出す。
青天井といわんばかりに天を向き、硬いそれにお妙は恐る恐る舌を這わせる。
沖田もまた、自分の目の前にゆっくりと降りてくる、甘酸っぱい匂いを漂わせるお妙の秘裂へと舌を伸ばした。
「……あっ、あああ……!」
ペロリと舐めると、お妙の声が裏返った。
「うわ、すっげ……やらしー色してる……」
沖田の指は陰核の皮を剥き、舌は小さなさねを遠慮なく舐め上げる。
「いやっ……駄目、急にそん、……なっ…!」
ピチャピチャと音を立てられ、お妙の腰にみるみる力が入らなくなってくる。
時折さねを吸われ、嬌声が上がる。お妙は沖田自身を舐めるのもそこそこに、ただ沖田自身を握ったまま、のけぞった。
「あっ、あっ……あ、あ……」
じわじわと淫らな悦びが、舐められている部分を中心にお妙の全身へと駆け巡っていく。
いつしか沖田の顔に其処を押し当て、自分から腰を動かしていた。
「……駄目ですぜィ、姐さん。まだイっちゃあ」
「あぅ……」
もう少し、あと少し――でイくところだったが、沖田は身体を起こしてお妙を退かせた。
脱力し、畳に倒れこんだお妙に圧し掛かると、今しがた迄舐めていた其処に、お預けを食らっていた自身をゆっくりと埋め込んでいく。
「ア・ア―――……!」
ズズ、と沖田の一物が根元まで押し込まれる。沖田がお妙の足を肩に担ぎ上げ、軽くゆすると、更に結合は深くなった。
「ッ、……姐さん、ぐちょぐちょですぜ、」
「んぁ…ッ!!」
お妙の背筋を電流のように快感が走る。
「姐さん、あと一つだけ言うこと聞いてくだせェ……」
ゆっくりと、沖田の腰が動き始める。
「姉上って、呼ばせてくだせェ」
答える代わりに、お妙は喘いだ。



「……姉上、姉上……」
うわ言の様に沖田は呟きながら、自分の下で喘ぐお妙を攻め立てた。
深く深く、自身を打ちつける。奥に当たっているのか、お妙の声が時折裏返る。
「あぅ、あ、はぁッ!」
お妙の髪が乱れる。意識はさっきから途切れ途切れで、何度、達したか分からない。
沖田の攻め立ては激しく、達しても余韻に浸れない。直ぐにまた引き上げられ、落とされる。
「あぁー……ぁ……んぁ……ふ、」
「姉上…、いいですかィ、姉上、」
ぐちゃぐちゃになったお妙の女陰からは、愛液が零れ、畳を汚す。姉上と呼ばれ、喘いでお妙は答える。
――俺、何してんだ……バカじゃねえか…… 喘ぐお妙を見下ろしながら、沖田は自問する。
ミツバとこんなことをしたことは勿論なかったし、そんな対象としてみるなど言語道断だと思っていた。
他人の姉を抱いて、ましてや姉上と呼ぶなんて、正気の沙汰ではない。
――この人はあの眼鏡の姉ちゃんじゃねえか……
お妙に会いたかったのは事実だけれど、店に入ったときはまだそんな気持ちは抱いていなかった。
下らない話で時間を潰し、吐くまで酒を飲むつもりだったのに、お妙の何もかもを見透かし、哀れみと余裕の入り混じったような顔が、ふとミツバと重なった。
急に抱きたいと思った。
甘えたいと思った。
めちゃくちゃにしてやりたい、と思った。
沖田はお妙を裏返し、腰を高く抱え上げ、後ろから貫く。
「ぁいやぁ……も……だ……はぁ……ッ」
「姉上、姉上……ッ、気持ちいいって言ってくだせェ、なぁ、」
「きもち……い、ァ…、」
お妙が畳に爪を立てる。
肉同士のぶつかる音が一層激しくなり、お妙の白い尻が、小さな胸が揺れる。
「姉上、出しますぜ……」
ア、と腹の底から呻くような声と共に、沖田はお妙の中に欲望の全てをぶちまけた。



「………あの、……」
すっかり朝になった。
隊服をかっちり着込んだ沖田は、叱られる前の子供のように正座をして、背を向けて着物の帯を結ぶお妙に恐る恐る声をかけた。
「姐さんあのー……昨夜のこと……謝りたいんでさァ……」
「……」
お妙は答えずに黙々と帯を結んでいる。
――あー……やっちまったなぁ……
沖田は頭を掻いた。肘鉄とバックドロップは確実だ。
「……個」
「は?」
「ハーゲンダッツ。100個。今すぐ買ってきなさい」
きゅ、と襟元を直すと、お妙は沖田のほうを向いた。
「それで許してあげるから」
いつものお妙の顔で、にっこりと微笑んだ。
「わ、わかりやした! 今すぐ買ってきやす! 100個といわず、店にあるだけ!」
沖田は急いでハーゲンダッツを買いに行こうと立ち上がり、傍らの刀に手をかける。
「それと、もう一つ」
お妙が言い、沖田の動きが止まる。
「……今度は姉上って呼ばないでね?」
沖田は一瞬、なんと答えていいか分からなかったが、その意味がわかると息を呑んだ。
「も、……もちろん!」
それだけ答えると刀を掴んで慌てて部屋を出て行く沖田を、お妙はくすくすと笑いながら見送った。
お妙の胸の痛みは、いつの間にか引いていた。
慌ててハーゲンダッツを買いに行った沖田はいつもの顔になっていた。
「さぁてと……お布団でも敷いておこうかしら」
沖田が帰ってきたら二人でハーゲンダッツを食べて、昨夜の仕切り直しとなるだろう。
お妙は銀時の所に泊まっている新八に、今日は帰ってこないようにという電話をかけに、居間へと向かった。


床下に潜んでいて、一部始終を見ていた近藤が声もなく涙を流しているのも知らずに。


(幕)




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