『花』
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今朝、屯所の庭の片隅に植えていた百合がようやく花開いた。
元々花を愛でたりする趣味は無かったが、屯所の庭に丁度空いていた場所があったのと、人伝に貰った百合の球根があったのと。
何より、あの子に渡してやりたかったのと。
百合は深く植えるものだという位の事は聞いていたが、玄人じゃあるまいし、こちとら剣を振るうことで頭は一杯だ。
できるだけ深く植えて、欠かさず水をやるくらいで精一杯だった。
やっとでた芽に肥料だといって沖田が小便をかけようとしたり、尻を丸出しにした近藤がしゃがんで息んでいたりと邪魔も多かった。
丹精ともいえず、素人行きに育てた百合は茎が傾き、葉には皺も入り、何より花自体がえらく小さい。
あまり上出来だとはいえないが、枯らさなかっただけ御の字だろう。
「わお。お花アル」
新聞紙で巻いた、百合の花を二本。
やるよ、とそっけなく差し出せば、受け取ってはくれたものの、「匂いキツいアル」と顔をしかめた神楽。
反応はあまりいいものではなかった。
花より団子のこの年頃の子には、まだちょっと早かったかもしれない。
「うるせえなぁ、万事屋だって犬くせえだろうが」
「アレは定春の匂いじゃないネ。銀ちゃんの足の匂いネ」
「そっちの方が余計たち悪いだろーが」
小さな百合が神楽の顔の傍でほんわりと花を開かせている。
花を愛でるすべをしらぬ少女は、百合の厚い花弁を指でつついたり、匂いをかいだりしていた。
「――綺麗なもんだ」
思った事をそのまま口にしてしまい、土方は慌てて花、花がな、と付け足した。
「素直じゃないネ、いつも……」
上目遣いで見透かされ、土方はうるせえな、と生意気を叩く神楽の唇を、自分の唇で塞いだ。
ちらりと片目を開ければ、神楽の腕の中、百合の花は恥ずかしげに他所を向いていた。
遅すぎた春を、もう一度なぞっているような、日々。
(幕)
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