『だらだらと蜜やかに』
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闇夜に紛れ、くのいちは事も無げにその地へ舞い降りた。
音も立てず、誰にも気付かれず。
それくらい、くのいちには造作もないことだった。
「なんでィ、また来たのか」
屯所の自室で刀の手入れをしていた沖田は、振り返らずに背後の気配に声をかける。
真後ろに立っている筈なのに、刀身に背後の人物はいっさい映らない。
「――あら。呼んだのはそっちよ?」
背後の”女”は甘い声で囁いた。
「随分なご挨拶じゃなくて?」
甘い匂いが、沖田の鼻腔を擽る。
その匂いが後に行う性戯をより盛り上げる為の薬のものだということを、沖田はよく知っていた。
「悪かったな。田舎侍で口の利き方を知らねェもんでさァ」
刀を鞘に仕舞い、沖田が振り返るとあやめが小さく笑みを湛えて立っていた。
あやめからは僅かな血の匂いがした。一仕事終えてきたのか。
無粋な事を態々尋ねなくても、明日の朝新聞を捲れば、誰か悪徳商人が殺害され下手人は不明、という記事が載っていることだろう。
媚薬はじわじわとその効果を発揮する。
「相変わらず、アンタいい女でさァ――」自然と荒くなる息を堪えつつ、沖田は仰臥した自分の上に跨るあやめの髪に手を伸ばした。
柔らかい髪の感触。
うねるように腰をくねらせられれば、沖田の下半身の一転に集中した意識は一気に吸い上げられてしまいそうだ。
「そうでしょ? ねぇ、今日は雌豚の方がいい?」
妖艶な笑みは、野暮ったい眼鏡で幾分か柔らかなものになっているとはいえ……男なら惑わずにはいられないだろうに。
たぷん、と揺れる乳房が二つ。
「今日は、いや、……いい、このままで」
沖田が望めばあやめはそうしてくれる。あの男の前でだけ見せる被虐趣味の雌豚を、特別に演じてくれる。
けれど今日は、そのままでいい。
「あ、……いい、」
あやめが恍惚とした表情を浮かべ、軽くのけぞった。
ぐっと奥が締まった。
「ああもうダメだ、……出ちまいそう……」沖田は呻いた。
「出せば? どうせ一回じゃ終わらないから……」
媚薬は一夜に何度でも男を勃たせる。
「さっきの人もそうだったのよ、三回目だったかしら」こうやってね、とあやめは沖田の首に両手をかけた。
「……やめろィ、」
「心配しなくたって殺さないわよ」
己の首にかかったあやめの手を沖田は退けると、細い指を口に含み、優しく口腔内で転がし、愛でた。
「やだ……こんなの、気持ちいい」あやめはうっとりと目を細めた。
だめよ、指舐められてイっちゃうなんて、
いいじゃねェか、どうせ一回じゃ終わらないんだろィ?
そうだけど…、
なんかしょっぺぇ
あ、だめ、指のまたのとこ、あ、
ん? ここかィ?
ん、あ、くすぐった……
……指舐めて締まる女なんて、いるんだなァ、
あ、いや、い、――――……ぁ……
脱税の疑いがあった悪徳商人の何某屋が昨晩殺害された。
下手人は不明だが死亡推定時刻直前に瞽女風の女が何某屋に入っていった。
警察は現在下手人を追っている。
翌日の新聞に沖田の考え通りの記事があった。
が、扱いは小さく、それよりも老犬が飼い主と仲良く暮らすほのぼのとしたニュースの扱いの方が大きかった。
「ふーん……」
大方とっつァんの依頼だろうと予想をつけ、眠気を堪えつつ記事に目を通した沖田は新聞を伏せ、いまだ抜けきらない媚薬の所為で半勃ちな己をどうするかを考え始めた。
身体だけの関係はだらだらと蜜やかに。
(幕)
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