『人斬りの恋』
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「……また、あちらのお仕事ですか?」
明日から十日ほど不在になることを伝えると、お通は上目遣いでそう尋ねてきた。
「まぁ、そんなところでござるよ」
あちら、とお通は鬼兵隊のことをそう呼ぶ。
ここ最近の万斉は、音楽の仕事よりも、あちらの仕事の方が忙しかった。
春雨と結んだ盟約の名の下、ここ数ヶ月でいったい幾人斬ったことか。
悪名高い商人と春雨の幹部を結ばせ、カネで釣った幕府の幹部から情報を仕入れる。
音楽とお通の事は、鳥羽に預けっぱなしというほどでもないが、かなりそれに近い状態だった。
今日とて久しぶりに会えたというのに、とっぱしから寂しがらせてしまった。
不満を隠し切れないお通の表情に、万斉の僅かな良心が罪悪感に苛まれる。
「なに、十日などすぐでござる。――晋助と一緒に、人に会うだけでござるよ」
ちと遠いがな、と万斉は作り笑いを浮かべ、お通の頬に手を当てる。
「斬るんですか?」
鋭いお通の問いに、万斉はすぐ答える事が出来なかった。
「会ったその人を、つんぽさんは斬るんですか?」
握り胼胝だらけの掌には、いつも以上の熱が伝わってきた。
目を閉じて、お通は重ねて尋ねた。
「――そうだ」
嘘をついても仕方ない。万斉は素直に認めた。
明日、高杉と共に会いに行くのは、ある星を根城にするシンジケートの幹部だ。
予め武市が旨い話を持ちかけてある。春雨の依頼で、その幹部を斬ることになっていた。
「わかりました……どうか、お気をつけて」
精一杯の笑みを浮かべ、頬に当てられた万斉の手を両の手で包み込むお通は、とても悲しげだった。
その夜、褥を共にすること無くお通は万斉の部屋を後にした。
薄暗い一人寝の布団で、万斉は薄汚れた天井を見つめながら、ため息を一つ零した。
人斬りが恋などするものではないのだろう。
幸せにするどころか、不安を募らせ、泣かせるばかりだ。
お通はきっと今頃、布団を濡らしているだろう。
共に語り合う時間はいつも短い。
死が肩を叩き、罪を背負い、闇の中でしか生きられない己は、長い目で見ればお通を幸せになどは、到底無理な話だろう。
刀を置く事は出来ない。
侍としての矜持だ。
この世界を、腐った世界を新たなものにするために。
けれど、離すことは出来ない。
男としての本能。
堪らなく愛しい、あの笑顔。
ああ、人斬りの恋はとても矛盾に満ちている。
ごろり、寝返りを打った万斉のため息は、呻くようなものだった。
(幕)
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