儀式
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人を斬った後の、鼻の奥に残る血の匂い。
生きていた筈の人間は一閃でただの血肉の塊となる。
僅かな罪悪感。数え切れぬほど人を斬ったというのに、まだ良心とやらが残っているらしい。
斬った男の死体は川に流した。
万斉は返り血を浴びたまま宿に帰ると、湯を使った。
洗い流される返り血は湯に薄まり排水溝に吸い込まれ、罪の意識と共に万斉から遠ざかっていく。
鼻の奥の匂いも薄らいでいく。
部屋に戻ると、お通が来ていた。
「お帰りなさい、つんぽさん。ここにいるって聞いたから……」
お通は万斉に駆け寄った。明るい笑顔と声は、先程の血生臭い斬り合いと同じ世界に存在するものだとは思えない。
「ああ……ただいまでござる」
ここは自分の部屋なのにな、と万斉は変な感じがした。
どうしてこういうときに、この子は自分を訪ねてくるのだろう。
万斉の心はざわざわと落ち着かなくなる。
「お風呂、入ってたんですね。髪の毛ぺったんこ」
万斉の濡れた頭を指差し、お通は笑う。
どうしてこういうときに、この子は自分の傍にいてくれるのだろう。
汚れの無い目。屈託の無い笑顔。
人を斬る自分に、どうしてこの子はこんなにも笑いかけてくれるのか。
「……つんぽさん? どうしました?」
「済まないが、お通殿」
「はい、」
万斉はお通の肩に手を置く。
「抱かせてくれぬか」
肩に置いた手に力を込めて乞うと、お通は一呼吸を置いて「どうぞ」と微笑んだ。
屈託の無い少女の笑みは、一転して菩薩のような慈愛に満ちた笑みへと変わる。
布団を敷く手間も惜しく、万斉は青畳の上にお通を押し倒し乱暴に着物を剥ぎ取った。
「やっ、あ、」
無粋なといわれようが、衝動は抑えられない。
お通の白い肌が、成熟途中の乳房が露になる。夢中で乳房に吸い付き、やや子のように音を立てて吸い上げる。
「ぁああっ……、」
お通の手が濡れたままの万斉の頭を抱き、艶めいた声が可愛らしい口から零れる。
「つんぽさ……、また、誰か殺しました……? ッ、はっ……やぁ、」
喘ぎながら、お通が尋ねる。
「……ああ、……殺した」
「や、っぱり……、」
万斉には、お通が悲しそうに笑った――ように見えた。
哀れむように、それでいて赦すように。
万斉はお通の膝を割り、慣らしもそこそこに秘裂へと自身を挿入した。
「ッ……! あ・あ…!」
優しさの欠片も無い結合に、お通がのけぞる。
「お通殿、力を抜いて……」
そう言うと万斉は一気に根元まで自身を埋め込んだ。
「ア、」
奥に当たったのか、お通の声が裏返った。
湯で洗い流したばかりの万斉の身体はまた汗をかき、雄と雌のむっとしたようなすえた匂いに包まれる。
そのまま、思うが侭に万斉は激しくお通を揺さぶった。
お通の細い身体が壊れてしまうのではないかと思うほど腰を打ちつけ、無理な体勢をとらせた。
艶めいた喘ぎが悲鳴に近い裏返った声になるまで……万斉の気が済むまで、抱いた。
ぐったりとしたお通を胸に抱き、万斉は天井を見上げる。
まだ荒い息と、ぼうっとする頭。
もう一度風呂に行かねばと思うが、身体が重くて動かない。
「お通殿、」
ポンポン、とお通の肩を叩いたが、眠ってしまったのかお通は反応しない。
(……また無茶なことをしてしまった……)
こんなことは、一度や二度ではなかった。それでも目を覚ませば、なにもございませんでしたと言わんばかりにお通はまた普段のお通に戻る。
それが常であり、また万斉の心をかき乱す。
どうしてこんなときに限って、お通は自分の傍でいてくれるのだろう。
無茶をされると分かっていて、抱かれに来るのか。
試されているようで癒されているようで、裁かれているようで。
縋っているのはきっと自分の方だ。
赦して貰いたいのだ。
血の匂いがする。
それがお通の下肢から流れていると気付くと、万斉はため息をついた。
月の穢れだ。
まるで私は菩薩ではないと、言わんばかりに。
ああ。
所詮は彼女も人間だ。
けれどあれは罪を洗い流すための大切な儀式なのだ、と万斉は思った。
(幕)
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