『現住所』(屋カイ)





「あ、」
「おっ」
日曜の昼過ぎ、本屋の前でエアマスターと会った。
お互いジャージ上下の色気の無い格好。
明らかに今起きたばっかりって顔のエアマスターと、スッピンのあたし。
「久しぶりだね、カイ」
「エアマスターこそ。元気だった?」
会ったのは久しぶりで、暫く見ないうちにエアマスターの髪型が変わってた。




本屋に入って、二人並んで雑誌を立ち読み。
格闘技雑誌を読むエアマスターの隣で、あたしは生活雑誌を読んでいた。
節約ページの、”書き損じ年賀状は捨てないで! 郵便局で一枚5円で新しい葉書と交換できます”っていう記事に目が留まり、ふと思い出した。
「エアマスター、そういえばアンタさぁ、今何処に住んでんの?」
「え? 家だけど」
「家って何処よ。年賀状出したのに戻ってきたじゃない」
そう、そうそうそうそう。
こいつに会ったら聞こうと思ってたんだ!
せっかくこいつとみおりに出した年賀状、宛先不明で舞い戻ってきたんだ。その理由を。
「あの狭っ苦しいワンルームじゃないの?」
「……うん、ちょっとね。違うとこ住んでるの」
「何処? 住所教えてくれる?」
「……え、聞きたいの?」
聞きたいのって、それどういうことよ。教えれられない場所に住んでるの?
っていうか、これは明らかに住所を教えたくない言い方だ。
「何よ、教えてくれないの?」
あたしエアマスターに嫌われてたのかな……もしかして。
「そーゆーわけでもないんだけど……っていうか、カイあんたも今何処に住んでるの? みおりがこないだ手紙出したのに戻ってきたって……」
「え、あたし……あたしは、家にちゃあんと住んでるわよ」
「実家?」
「いや、違うけど……」
やば。
聞き返されるとは思ってなかった。
「今度会ったら住所聞いといてってみおりに言われたんだけど。あの子今、佐伯のお爺ちゃんちにいるんだ」
「……へ、へぇ〜そうなんだぁ……」
「そうなんだじゃないわよ……ね、教えなさいよ、カイ」
「そ……そういうのはアンタから先に言ってよ、エアマスター」
「何よそれ……」
あたしは今住んでる場所を、ちょっと言いにくかった。
心の準備が……その、なんていうか、まだ出来ていなくて。
ああやばい……このまま追求されるのはまだちょっとそのあのなんていうか、その……。




「佐伯のお爺ちゃんとこならあたし住所知ってるから! あ、あたしへの手紙なら実家に送っといてって言っといて。みおり、知ってる筈だから。じゃあね!」




逃げるように、あたしは本屋を後にした。つうか、全力疾走。
ちょっと待ちなさいよカイ話まだ終わってないわよ、とエアマスターが遠くで叫んでいた。





「……ただいまー……あぁ疲れた……」
”家”に帰って、豪華なリビングのソファに思いっきり倒れこんだ。
ああ……全力で走ったから疲れちゃった……。
「カイ、おかえり」
頭の上から降ってくる声。見上げると、ニヤニヤと笑う屋敷がそこにいる。
「……なんやお疲れ気味やなぁ」
「うん、ちょっとね……」
「立ち読みするんにそないに疲れるかぁ?」
「うるさいなぁ」
あたしの今の”家”は、ずばりここ。
屋敷がバトルロイヤルの賞金で建てた家。早い話が同棲。
兄ちゃんには人生をかけて反対されたんだけど……まぁ、色々あって。
ほだされてしまったというかなんと言うか。というわけで、ただいま同棲中です。あたしと屋敷。
とはいえ、兄ちゃんの反対を押し切ったまではいいんだけど、今だ友達とかには内緒にしてるのよね……。
「どないしたんやカイ、なんや変やで」
「別に……どうもしないけど」
「そっか、……ああそうや。月雄からなぁ、めっちゃおもろい話聞いたンやけど……」
「え? 面白い話?」
屋敷、やけに嬉しそうじゃない。
「何、面白いって……」
「あんなぁ、エアマスターな。アイツ今、何処住んでると思う?」
「へ?」
「アイツ、今なぁ……」



その夜、あたしはみおり宛に手紙を書いた。
それは、今のあたしの住所と近況を知らせる手紙。
『エアマスターな、アイツ今、坂本ジュリエッタと同棲してんねんて』
屋敷がニヤニヤしながら教えてくれた情報。
なるほどねぇ、だからアイツ、手紙出しても帰ってくるわみおりはいないわ、あたしの質問かわしたんだ。
「……お互い言い出せないものよねぇ、こういうのって」
みおり宛の手紙に、エアマスター宛の手紙も添えた。
今度会ったら、同棲話に花を咲かせようかな。




(END)
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