『襖の向こう』






皆が寝静まった、真夜中午前2時。
オレはそぉっと布団から出て、スリッパもはかないで裸足のまま、廊下を走った。
だって裸足のほうが足音しねぇから。
冷たい廊下を走って、エレベーターじゃなくて階段で二つ上の階へ。
エレベーターの音、結構うるせぇんだ。
二つ上の階はオレらが泊まってる大部屋ばっかりの階とは違って、豪華な部屋ばっかりだ。
この階の一番奥に、監督の部屋がある。
オレはその監督の部屋の前に立ち、音を立てないように、横開きの扉をそっと開けて中にもぐりこんだ。
入って直ぐには小さい玄関があって、一段上って目の前の襖の向こうへ声を掛ける。


「監督、オレだけど」


―――兄ちゃんもうどん先輩もヒジカタさんも猿野もみやなぎも屑桐さんも、あとそれと犬飼とか他の奴らも……。
要はオレ以外の皆、だ。
誰も知らないし、気づいてない。
監督の"本当の"正体。



都道府県対抗選抜大会のメンバーに選ばれて、よくわかんねぇままにここに来た。
高野連が指名したって言う、埼玉選抜の監督……それが、白雪監督だった。
最初は、ちょっとびっくりしたんだ。だって全然監督っぽくなかったから。
猿野も言ってたけど、うちのオヤジみたいなのを想像してたんだ。
ジャージ着て竹刀持っててヒゲ生やして、ゴッツイ身体の怖そうなおっさんが来るんだろうなって思ってた、なのに。
これは真逆っていうんだろうな。
細くて色白でメガネかけてて髪長くてなんか頼りなさそうで。でもそのくせ有無を言わせない威圧感みたいなのはあって。
ほんとに野球わかるのかなぁ、ってちょっと思った。
「……ほんとに野球わかるのかなぁ、あの人」
「これ由太郎、口が過ぎるぞ」
監督が来て直ぐ、渡されたユニフォームに着替えながらぽつんと呟いたら、兄ちゃんに叱られた。
「そうだぜ由太郎、いくら監督がピーな出で立ちでも、監督は監督。オレらは監督についていくしかねぇだろ」
「小饂飩の言うとおりだ、由太郎」
うどん先輩と兄ちゃんに言われ、「……うん、まぁそうだけど」ってオレは納得した―――振りをした。
だってなんか引っかかったから。
なんか、違うんだ。あの監督。ニコニコしてる監督。絶対。なんか……うまくいえないけど、なんか。



なんだろ、この気持ち。この引っかかり。




うまくいえない引っかかりを抱えたまま、何日か経って。
ふとしたことがきっかけになって。
オレは、その引っかかってるものとぶち当たって、そんで。
監督の正体を知った。



犬飼や御柳に明かした「正体」は、あれは―――大嘘だ。
「監督、オレだけど」


二呼吸ほど間をおいて。
「入っていいよ」
襖の向こうから、監督の声。オレはそっと襖を開けて中に入る。
オレらのいる大部屋とは全然違う。なんか、囲炉裏まであるし。内風呂は檜だって言うし。
一人で寝泊りするには広すぎる、その部屋の真ん中に敷いた布団の上で監督は女の子座りをしてた。
浴衣の紐が、布団の外に落ちてた。
「こんばんわ、由太郎君」
監督がにっこりと笑う。
浴衣の前がはだけてる。
はだけたところから、大きな胸と、細い腰と小さなおへそが見えていて。
白い脚は長くて。太もものところが肉付きよくって。髪はいつもどおり一つにまとめてて。
「……こんばんわ、監督」
大きな胸。どうしても、そこに目が行ってしまう。
いつもは隠してるんだ。あの胸もあの腰も太ももも。
薄い浴衣は、赤く立った監督の胸のさきっぽが透けて見えてる。
ああ、はやくアレに触りてぇ。顔、うずめてぇ。
「遅かったね、もしかしてほんとに寝ちゃってた?」
声も、いつもよりちょっと高い。



そう、監督は。



監督は……女……だった。



監督は、本当は女なんだ。
昼間は男の振りをして、皆に嘘ついてるんだ。




「かんとく、」
差し出された監督の手を掴んで、そのまま体重かけて布団の上に押し倒した。
「あ、」長くて細い髪が、白いシーツの上に乱れて流れた。
オレは上にのしかかると、羽織っているだけの浴衣なんかもう脱がせちゃえ、と、ちょっと乱暴に白い肩を抜く。
「ちょ、……ぁ」
隠すものが無くなった胸を両手で掴んで、思いっきりむしゃぶりついた。
行儀悪い音立てて舐めて吸って舐めて吸って、揉んで揉んで噛み付いて……。
「や、……ぁは、……ぁ、痛っ……――」
監督の声、裏返って切なくなってる……ヤラシイ声だ。
白い肌はすべすべしてて、触ってるだけでも気持ちがいいんだ。
「こら……ぁ、ああ……ん、由太郎君、そこ……」
赤い、胸のさきっぽの固いところを舌で転がすようにぺろぺろ舐めたら、監督の声がもっとヤラシくなる。
掴んだら掴んだように胸は形を自在に変える。匂いをかいだら、甘いミルクみたいなにおいがする。
シーツの上、足がもがく様にせわしなく動く。
「監督、気持ちいい?」
わかってて聞いたら、監督があえぎながら頷いた。
白い胸は腫れたみたいにピンクに染まってきて、熱くなった。
触ってる間にオレも気持ちよくなりたくなって、片方の手でジーンズのベルト外しながら、もう片方の手を監督の脚の間に突っ込んだ。
胸よりももっと柔らかいそこは、ちょっとだけの毛に覆われてて、何でこんな形をしてるんだろうっていつも思うような複雑な形をしていた。
男のとは全然違うんだ。
隠されてる入り口を探りあてるとそこはもう濡れてて、酸っぱい匂いが鼻をくすぐる。
その辺りを申し訳程度にまさぐると、監督の脚をもっと開かせて、オレはジーンズから引っ張り出したのをそこにあてがった。
オレのは部屋を出る前から固くなってて、もうガチガチ。我慢できない。
「監督、いくよ―――……ぁ……」
入り口の辺り、先っちょをちょっと滑らせて。狙いを定めて。
「由太、あ、あああ……―――」
監督がオレを抱き寄せる。オレは一瞬だけ腰をひいて、一気にぐ、っと突き上げる。
「は、あ、ああん…………」
監督が軽く仰け反った。


……監督の中。
そこは例えようが無いくらい柔らかく温かく、入り込んだオレを気持ちよく締め付けてくる。
一番奥までぐっと入り込むと、監督がオレを離す。
オレは腹の底からはー、って息を吐く。
「……監督、オレの、おっきいだろ?」
毎回なのに尋ねると、監督は赤い顔して笑って頷いた。
「おっきいけどね、由太郎君……」
監督の両手が、オレのほっぺたを包み込む。
「ほんとに気が早いんだから……キス、まだしてないでしょ」
監督の唇が、オレの唇と重なる。慣れてるっぽい監督の舌がオレの舌に絡んでくる。
オレも一生懸命舌を使う。
……ホントはチンポ入れる前にもっと色々としなきゃいけないんだ。
毎回言われるんだけど、オレ、まだよくわかんねぇし我慢とかできねぇし……したいことをしたい通りにやってるから、 きっとものすごく下手糞なんだろうなと自分でも何となく思う。




キスしたまま、ゆっくりと腰を動かす。
今、すっげぇ心臓バクバクいってる……気持ちよすぎて。
オレと監督は今、口とあそこで繋がっている。上も下も、どっちも気持ちいい。
腰を動かすたびに、監督の中はオレのをまるごと擦る。大きな胸が上下に揺れる。
セックスって、なんて気持ちいいんだろう。
肉と肉同士がぶつかり合う小さな音と、シーツがよじれる音が、部屋の中に響いている。





この瞬間がもっと続けばいい。この瞬間。この気持ちよさ。
オレ、監督の中でもっともっと居たいんだ……もっと……もっと……ずっと……―――……。
なのに、入り込んだオレのはもうだめだここにはいられないって、悲鳴をあげるんだ。
「あ、監督、かんとく、かん、………ん」



ドク、ドク、ドク。
そんな音が確かに聞こえた。
監督の中で、オレは白いものを沢山吐き出す。





ちょっとだけやわらかくなったオレ自身を引き抜くと、オレは自分の下になっている監督を見た。
「かんとく、」
「……ん、なに、……由太郎君、」
荒い息で監督が答える。全身、オレと監督の汗でびっしょりになって。
さっきまで繋がってたあそこは、オレの白いのでぐちょぐちょになってる。
「気持ちよかった……」
監督のほっぺたにキスをする。監督の手が、俺の頭を優しく撫でる。
「……ボクも」
昼間からは絶対想像できない、いやらしい女の格好をした、監督。
余裕たっぷりに笑うその顔は、オレたちに野球を教えるときとは全然違う顔。
「お風呂行こうか、まだお湯温かいはずだから」
監督がゆっくりと身体を起こす。オレは頷いた。





そもそものきっかけは、猿野とみやなぎとオレが、空蝉を練習するようになって、三日目の夜のことだ。
「イイか、恨みっこなしだぞ。じゃんけん、ぽん」
グーが二つに、チョキ一つ。
「あ」
「はい伝説弟に決定〜」
「村中、頼んだぜ」
チョキはオレだった。
「あーあ……」
練習が終わった後、監督の部屋に日本刀を返しに行くのに、3人でジャンケンした。
負けたのは、オレ。ずっしりと重たい日本刀を猿野から渡される。
「んじゃあ俺らは先に風呂入って寝てるからな、お先にー」
「お先っ!」
猿野と御柳は先に部屋を出て行っちまった。
「ちぇっ、ついてねーの」
紙は全然切れねぇし。いい加減眠たいのに。
「ま、しょーがないか……」
部屋の片づけをちょこっとだけして、刀を持って部屋を出る。
監督の部屋は、この空蝉練習用の部屋のすぐ下の部屋。
階段を下りて、監督の部屋の前に立った。
「監督、練習おわりましたーっ」
部屋の前で監督を呼んでみた……けど、返事は無かった。
「監督ー、」
……寝てんのかな。
終わったら刀もってこいって言ったのは、監督の方なのに。
「……もう、どいつもこいつも……」
ほっぺた膨らませて、監督の部屋の扉を開けて、中に勝手に入った。
入ってすぐは玄関で、その奥に襖があって。
襖の前に置いといてもいいかなって思ったんだけど、やっぱり手渡しのほうがいいよなぁって思い直して。
「監督、練習終わりました」
襖を、開いて中に勝手に入った。
「かんと、………」
監督の部屋の中には、女の人がいた。



「ん、……」
布団の上で、長い髪の女の人が寝ていた。
オレ、すんげえびっくりした。眠気なんていっぺんに消えてなくなった。
白い浴衣の前ははだけていて、そこから生々しい身体が見え隠れしていた。
大きく膨らんだ胸。きれいな脚のライン。
そいでもって、下着、つけてなくて……その、大事なところとかも勿論見えてるわけで……。
「え、あ、……ええっ?」
オレはどうしていいか分からなかった。
「……かんとく、……監督っ」
最初は、監督が連れ込んだ女の人かと思ったんだ。
やばいところに遭遇した、って焦った。
でも―――でも。
「……ん、ああ、由太郎君?」
寝ていた女の人は目を開いて、オレの名前を呼んだんだ。
「あの、白雪監督はどこに……?」
「……ごめんね、行儀悪いとこ見せちゃって」
ゆっくりと起き上がった、その女の人は、枕元の眼鏡を取って掛けた。
その声、その顔。その髪型。
それは確かに、監督だった。
「え、監督……なの?」
監督は、驚いているオレを見て、くすくす笑った。
「終わって疲れたから一眠りしてたんだ、……あーあ、見られちゃった」
「……見られちゃった、って……あの、」
監督は立ち上がって、オレの手から刀を取り上げた。
「空蝉練習、ご苦労様。少しは上達した?」
「……いえ、あんまり」
「明日は時間があるからちゃんと見てあげるよ」
オレの目の前に、監督の、白い胸が……あった。
監督が本当は女の人。
だけど普段は、男の格好をして男の振りをしている。
オレらには嘘をついているんだ。
つまり、そういうことだって分かったのは、……この瞬間だった。
「由太郎君」
「はっ、はい……」
「内緒にしといてくれるよね? このことは……」
「―――はい、」
このことってどのことなんて。
聞く馬鹿はいないだろ。
何がどうこうなってああなってだなんて……どんな間抜けでも分かることだ。
監督は本当は女。
喋っちゃいけないのはそのこと。
だって監督が女だなんて分かったら、……只でさえまとまってないうちのチームがどうなるかなんて、火を見るより明らかだ。
別に女の人が悪いとかそういうんじゃなくて……。
女好きのうどん先輩とかみやなぎとかスケベな猿野とか。うちの兄ちゃんは女に免疫ないしそれにそれに……。
「いい答えだね。じゃあ、……口止め料、あげようか?」
「口止め料?」
監督が、ふふって笑った。
その顔はオレの知っている監督の顔と、少し違っていた。
声もちょっと高くて、本当に……女の人の声で。
「おいで」
手を引かれ、俺は訳わかんないまま、頷いて監督についていった。
今さっきまで監督が寝ていた布団に、二人で入る。



それから後は、……もう。頭ん中、滅茶苦茶で。ダイジェストでしか覚えてない。



「か、んとく……、」
服、脱がされて。汗臭いオレのチンポ、監督はとってもおいしそうに舐めてくれ、大きな胸で挟んでくれた。
オレも、言われるままに監督の身体のあちこちを舐めたり吸ったりした。しょっぱいところ、酸っぱいところ、甘いところ。女の人の身体には、いくつ物味があった。
「由太郎君の、おっきい……」
監督はそう言ってくれた。女の人とこんなことをするの、オレ勿論初めてだった。エッチなことよりも、野球のほうに興味があったから、知らないわけじゃないけど こんな時にスムーズに身体が動くほどの知識は持ってなかった。
チンポが張り裂けそうになるくらいギンギンになった。監督が四つんばいになって、「入れてご覧」って言ったから、後ろから突っ込んだ。
やり方なんて知らないから、ただ腰をガンガン振って、いいって言うから中で出した。
一度位じゃチンポはおさまらなくて、ぐちゃぐちゃになった中をまた突きまくって、二回、三回と出した。
監督は何度もイクって叫んで、オレのチンポを、そのたびにぎゅうぎゅうと締め付けた。
そして、……朝方になって、ようやく満足して終わって、皆が寝ている部屋に戻った。
それから、殆ど毎日のようにオレは監督の所に通っている。



そういえば、監督はあの時なんで裸同然の格好で寝てたかって言うと。
自分で自分の身体を、弄って慰めてたんだって。


「監督の髪ってきれーだな」
「そう?」
声の響く風呂の中。
檜の風呂は二人で漬かってもまだ余るくらい広かった。
眼鏡を外して、髪を下ろして裸になると、監督は本当に女の人だった。
昼間の監督とは、全然違う。
―――美人だよな、って思う。
なのにどうして、男の振りしてるんだろうな。
教えてくれないんだ。監督は。
何度か聞いたけど、はぐらかして答えてくれなかった。




あの大神って人が死んだことと、関係はあるんだろうか。
オレの中に、言い表せないもやもやとしたものが、どんどんと溜まっていった。



あの夜、オレは。
あの襖を、勝手に開けなければよかったんだろうか。
襖の向こうにいた、女の”監督”を、見なければこんなことには多分……ならなかった、筈。


(END)





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