『マーブル模様』




「監督の髪ってきれーだな」
「そう?」
行為を終えて、由太郎君と二人、内風呂に浸かる。
少しぬるくなったお湯は疲れた身体に心地よくて、檜と入浴剤の匂いが混ざり合っていた。
「オレなんか髪パッサパサだし……」
「由太郎君、リンスとかトリートメントとかちゃんとしてる?」
「……面倒だからからしねぇ」
「だからだよ、ちゃんとしなさい……」
「えーっ、面倒くせぇよ……」
「面倒くさがっちゃダメ」
由太郎君は芯はしっかりしているけれど、顔かたちも普段の仕草も行動もまだまだあどけなくて、子供だなと思う。
でも由太郎君とボクがしていることは紛れもなく男と女のそれだった。



『内緒にしといてくれるよね? このことは……』
『―――はい、』
『いい答えだね。じゃあ、……口止め料、あげようか?』



あの時はあれしか思いつかなかった?
違う。どうせ綺麗な身体なんかじゃないからと手っ取り早方法を選択したんだ。
そのことをボクは否定しない。
相手が、女性に興味を持っていることを口にする小饂飩君や猿野君や虎鉄君ならまだしも。
由太郎君には”よく言い聞かせる”という方法も有効だったかもしれないというのに。
『おいで』
誘って、あっという間に性の海に陥れてしまった―――青い青い海へ。
知ってしまった快楽に、あっという間に溺れてしまった。当たり前だ。そして溺れさせてしまったのはボクだ。
由太郎君は良くも悪くも知識を余り持っていなかった分、素直に受け入れすぎてしまった。
そして毎夜のようにこの部屋を訪れて、抑えきれない欲望を吐き出したいだけ吐き出して、抱きたいように抱いて、去っていく。
テクニックも何もない、ただ本能のままに動いている。
ボクはといえば、表向きは歓迎しているようで……気持ちは本当のところ、あの夜のあの言葉が全てだ。
あれ以上でもあれ以下でもない。口止め料、たった、それだけのこと。
嬉しそうに足繁く通ってくる由太郎君が実際どう思っているのかなんて、ボクには関係ない。
気持ちいい思いをしているのはボクも由太郎君と同じだけれど。
「……監督、」
「ん?」
改まったように、由太郎君が小さくボクを呼ぶ。
黒曜石が二つ、じっとボクを見あげて……もの言いたげな口元が僅かに開いていた。
「なに?」
分かっていて、わざと尋ねてみる。
ちゃぽん、と水音がして、由太郎君の唇がボクの唇を塞いだ。
「もっとしてぇんだ……」
離れた唇からは思いつめたような声が漏れる。
湯の中、由太郎君に手を捕らえられて導かれる。湯よりも熱い棒状のものに触れさせられる。
「……さっきしたのに?……もっとしたいの?」
重ねて聞くと、頷いた。
「由太郎君、エッチ、好き?」
湯の中、触れさせられた棒状のものを指先で弄りながら聞く。
「ぁ、……好き」
由太郎君は気持ちよさそうな表情で答える。
さっきあどけないといったけれど、ここだけは全然違う。
小柄な身体とか幼い言動に似合わず、由太郎君のここのサイズは立派な大人。
正直、ちょっとびっくりしたんだけれど。
強弱をつけながら竿の部分を軽く扱くと、硬度はどんどん増していく。
空いた方の手で、由太郎君の手を取り、今度はボクの脚の間に導いて触れさせる。
「ボクも触って」
固い指が、秘裂に差し入れられる。由太郎君の指。
「監督も、エッチなこと……好きか?」
秘裂をまさぐりながら、由太郎君が聞いてくる。
頷いて、少し脚を開く。もっと触れて欲しくて。
「ちょっと……ぁ、由太郎君ッ……」
「監督、これだろ?」 探り当てたクリトリスを、押し潰すように責め立ててくる。
幼い顔をボクの首筋に埋めて、ぎこちない舌が這う。
「―――ぁ……ッ」
醒めた筈の酔いが再び回るように……子宮が、疼き出す。




湯が汚れるからと洗い場に上がった。
浴槽の縁に手をついて、頭を下げてお尻を高く突き出す格好で、由太郎君を迎える。
早く、と急かす。硬くて熱くて大きい由太郎君が、後ろからゆっくりと押し入ってきた。
「は・あ・あああぁっ………!!」
声を上げ、大きく仰け反った。
「……中ぬるぬるしてる……」
「……だって、さっきのがまだ残って、ぁあ・アッ、」
ズン、と奥へと一突きされて、言葉の終わりが裏返る。
つい今さっきあれだけ激しかったのにまだこんな体力があるなんて、と驚く余裕さえ与えられない。
今の時期の男の子の欲望に、尽きるという言葉も底という概念も無い。後から後から幾らでも溢れてくるんだから。
両手で腰を固定されると、すぐに激しいピストン運動が始まる。
「アッ、アッ、アッ、アッ、ア、ア、……!!」
リズミカルな音に併せ、声が零れる。浴室は思いのほか声が響き、卑猥さに輪をかける。
「監督、気持ちいいだろっ、なぁっ、なぁ、」
「ぁ、あう、……ッ」
由太郎君の問いかけに、巧く答えられなくて。喘ぎながら必死に頭を縦に振った。
まるで犯されている様な錯覚。
どうして、こんな風にされると気持ちいい。力強い手が、後ろから乳房を乱暴に揉みしだいてきた。
「いい……ッ、もっ、……と、もっと……ッ!」
「へへっ、オレもすっげー、気持ちいい……」
敏感な箇所へ当てようと自分で腰を振る。もっと深く、もっと深くと心の中で叫びながら。
膣の中、由太郎君のものが益々大きくなっていく。
「中、一杯出しちゃうぞ、なぁ、監督、出すぞ、出すぞ、出すぞ……ッ」
「ああ、んあぁ……あ・あっ……!」
良いとも悪いとも言う前に。身体の一番奥に、熱い物が吐き出される。 気持ちいいこと、現実、過去。思考はマーブル模様に染め上げられて……果てた。








由太郎君が帰ったのは殆ど朝方で、少し眠ったけれど直ぐに起床時間が訪れた。
どれほども眠れてはいなかったけれど、寝過ごすわけにはいかない。
胸にはさらしを巻き、男物のスーツを着て、”埼玉県選抜チーム監督・白雪静山”になる。
朝食前から練習は始まる。ホテル周辺の数キロの距離をランニング。ボクは自転車でついて走る。
ふざけながら走る選手には……特に猿野君とか小饂飩君とか……メガホンでその都度注意する。
そして朝食の後、その日の練習メニューを伝えてからグランドでの練習に移る。
「あら監督、もしかして寝不足?」
欠伸交じりにコーヒーを啜るボクの顔を、隣に座った中宮君が覗き込んだ。
「ん? ああ、お行儀が悪かったね、……昨夜は一寸寝るのが遅くなってね」
「まぁそうですの、監督業も大変ですものねぇ」
しなを作りながら心配してくれる中宮君の仕草は、普段の……男じゃないときのボクよりずっと女らしいんじゃないだろうか。
「うん、オーダー決めるのがねぇ……」
適当にごまかしながら、別のテーブルにいる由太郎君を見る。
昨夜の疲労なんて微塵も無いような顔をして、猿野君と競うように丼飯を掻き込んでいる。
「チョンマゲお前ちゃんと噛めよっ!」
「うるせえ、猿野こそ噛んでねぇだろうがっ!」
二人の前に、空になった丼がどんどん積まれていく。
「……元気だねぇ……」
誰言うとも無く呟くと、また欠伸が出てきた。
ああも毎晩来られたんじゃ、こっちの身体が持たなくなるかもしれない。
あちらは高校生、底なしの性欲と底なしの体力のある時期だけれど、こちらはそういうわけじゃない。
楽そうに見えて、監督業は結構忙しい。特に今回の大会は第一回大会ということもあって試行錯誤の連続で、ことあるごとに集まりがある。
昼間は犬飼君の特訓に付きっきりだし、夜は空蝉特訓にも付いていないといけない。
昼食後や夕食後の僅かな自由時間も、昼間に犬飼君の特訓に付きっきりな分、他の選手達に目配りが出来ていないことへの フォローに充てなくてはいけない。急な集まりでそれすら出来ない日も多い。
その上、文字通り寝る間を惜しんでのセックス。殆ど毎晩……由太郎君は、ボクの部屋に来る。 乱暴というほどではないけれど力任せで加減しらずの責め立ては激しくて、こっちの体力が先に尽きてしまいそうだ。
でも、そんなことは言ってられない。
大神の遣り残したことを果たすためなら……もう、ここまで来てしまったんだから……今更、音を上げるわけには行かない。






ギアはローのまま、トラックはゆっくりと坂道を登る。
六甲山の山道でのサイクリング特訓も、もう何日目だろう。
前を行く犬飼君は日を追うごとに距離を伸ばしている。
選抜メンバーには選ばれなかったけれど、犬飼君の特訓には辰羅川君が付き添っていて、助手席に座っている。
犬飼君を心配して、こちらにいる親戚のお宅に泊り込んでいるんだとか。
「昨日よりはいい調子だね」
「そうですね……あの、そういえばまだお聞きしていなかったのですが」
「ん、どうかした?」
ディーゼルエンジンの音は煩い。音楽を掛けるのも不謹慎だし、掛けてもエンジンの音でよく聞こえないだろう。


「白雪監督は、大神さんとはいつからバッテリーを組まれてたんでしょうか?」


辰羅川君の質問に、心臓が一瞬、どくんと跳ねた。
「……あれ、大神から聞いてなかったのかな」
「ええ、お恥ずかしい話ですが……」
嘘をつくときは、ちゃんと順番があるんだ。
相手の話を聞きだせるだけ聞き出して、それから嘘をつく。
「あの頃の私達はただ大神さんの凄さにあこがれるばかりでして……練習を見に行っても大神さんばかりを見ていました。
今思えば他の方たちももっと見ておけばよかったんですが……」
「はは、君達よく一緒に来てたねそういえば……ほんとに大神からは何にも聞いてないの?」
「申し訳ありません、……同じキャッチャーとして、大神さんの球を受けていた方のことは聞いておくべきでしたのに」
「別に謝ることは無いよ、大神とは高校に入ってからなんだ」
「中学は別だったんですか?」
「うん、違う中学だった。でも凄いヤツだったから、中学のときから噂は聞いてたよ」
あくまでも嘘は慎重に。語りすぎてはいけない。ボロがでてしまうから。
「初めて大神さんの球を受けたとき、どう思われましたか?」
「んー、……びっくりしたのだけは覚えてるよ……凄い、なんだこの球は、って思ったなぁ」
言葉を選びながら、嘘を重ねていく。
―――大嘘もいいところだ。中学が違うのは事実だけれど。
「君達が大神の球を初めて見たのってどこ?」
「私達は、いつも三人で遊ぶ仲だったんですが……たまたま十二支高校グランドのそばを通りかかった時に、丁度大神さんのピッチングを拝見したんです」
「そう、遊び友達か……また昔みたいに遊べたらいいね」
「そうですね……」
辰羅川君の顔が寂しそうな色を帯びる。
大神の死以来、色々な歯車が狂ってしまった。彼ら三人の歯車も、ボクの歯車も……。
「辰羅川君? ごめんね、気を悪くしたかな?」
「いいえ、……そんなことは……あ、そういえば今思い出したんですが、雪が降りそうな日に練習を見に行った時に、女子マネージャーさんが、温かい缶コーヒーをくださいました」
「缶コーヒー?」
「ええ、ホラ、これと同じものを、私達三人に下さったんです。寒いでしょう、って声を掛けてくださいました。顔は覚えていませんけれど、とっても優しい声だったのを覚えてます」
辰羅川君は、ドリンクホルダーに差し込まれた、ボクがさっき買った缶コーヒーを指して言った。
「私、実はその時まだコーヒーを飲めなかったんです」
「あはは……そんなことがあったんだ」
思わず、噴出しそうになる。
覚えてる? 優しい声を? 嘘、だってそのとき君たちに缶コーヒーを差し出した女子マネージャーは、今君の隣にいるよ?
記憶は薄れて都合の良いように美化されていくもので。
そのおかげでボクは嘘をついても素面でいられるのだけれど。
「……ッ、ハァ、ハァ、ッ!」
ブレーキ音と共に、犬飼君が足をついた。
ボクもブレーキを踏む。
「犬飼君、また最初からだよ」
「わかってらぁっ……ッ、ハァ……ハァ、」
「昨日よりは距離は伸びてるけれどね」
「犬飼君、大丈夫ですか」
サイドブレーキを引くと、辰羅川君が外に出てすぐさま犬飼君にタオルとドリンクを差し出す。
「……ちょっと休憩にしようか」




六甲の山並みを眺めながら、飲み残した缶コーヒーを一気に煽る。
山の頂上まで、まだ遠い。
「あれ、雨が降るかも……」
空は灰色に染まり、マーブル模様の雲が掛かってきた。

(END)






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