『犬ヲ飼ウ(白雪×猿母)』




「あれ、犬飼君」
夕暮れ時の土手で、犬飼は思いがけない人物に出会った。
「……白雪監督、お久しぶりです」
「久しぶりだねぇ。元気だった?」


選抜以来既に三ヶ月が経過していた。
白雪と最後に会ったのは二ヶ月前、地元の新聞社の取材を受けたとき、選抜メンバーが集まって以来だ。
白雪は相変わらずカスケットとスーツというラフなスタイルで、買い物帰りなのか駅前のスーパーの袋を提げていた。
「犬飼君はお散歩中なんだ」
「はい、監督は……」
「見ての通り、買い物帰りだよ」
スーパーの袋を掲げ、おどける白雪の言い回しに、無愛想とよく言われる犬飼の口元が自然と緩んだ。
足元のトリアエズが白雪にじゃれ付きたがり、犬飼は慌ててリードを引いた。
「犬飼君ちの犬? ゴールデン?」
「ええ、」
「へぇー、いいね、可愛いねえ……」
白雪はしゃがみこむと、トリアエズの頭を撫でた。
犬は、自分に相対する人間が無害かそうでないかがわかるという。動物の本能だろう。
トリアエズは白雪を害の無い人間だと思ったようで、白雪にじゃれつき、頬を舐めた。
「わ、」
「こら、トリアエズ」
じゃれついた際に白雪が体勢を崩しかけ、犬飼がトリアエズを叱った。
「あはは、平気だよ、ボクも犬飼ってるから」
「……そうなんですか?」
「うん、雑種だけどね……美人な雌犬だよ」
トリアエズの背中を撫でながら、白雪は目を細めた。



その日、白雪が帰宅したのは日が暮れてからのことだった。
「すみませんねぇ、すっかり遅くなっちゃって……犬飼君と会ったんですよ、土手で。犬飼君。ほら、猿野君……息子さんのチームメイトですよ。 久しぶりだったもので色々話し込んじゃいまして」
薄暗い部屋の隅にあるテーブルに、白雪は買い物袋を置き、言い訳を述べた。
「おなかすいたでしょう? すぐに作りますからね」
そして部屋のライトを灯す。暗かった世界が、ぱっと明るくなる。
「……あんまり遅いから、心配していたんです……」
チャラ、と鎖の音がする。
か細い声だった。
明るくなった部屋の中央に、彼女はいた。
首には大型犬用の赤い首輪。
その首輪は頑丈な鎖につながり、部屋の隅にある太い杭状の棒に鎖の端がしっかりと絡んでいる。
白雪曰くの、”雑種の雌犬”だった。
薄いキャミソール一枚と首輪だけの格好で、彼女は白雪の帰りを待っていた。
虚ろな瞳と、ぬけるような白い肌が印象的だった。
「心配してくれてたんですか? すみませんね……あ、このお豆腐、好きでしたよね」
白雪はスーパーの袋から豆腐のパックを出して見せた。彼女は頷いた。
「それと、これも……好きですよね?」
次に白雪が袋の底から取り出したのは、茶色い紙袋だった。
白雪が乱暴に紙袋を破ると、中から出てきたのは極太のディルド。
「……好きですよね?」
白雪は口の端を僅かに上げ、再び、尋ねる。彼女は深く頷いた。
「じゃあ、これは夕食の後のデザートということで……」
ディルドはテーブルの上に無造作に置かれた。



キッチンでじゃが芋の皮をむきながら、白雪は思い出したように話し始めた。
「そうそう、猿野君、今牛尾君の家にお世話になっているみたいなんですよ。そこから学校に通ってて、部活にもちゃんと出ているそうですよ……偉いですよねぇ、ホント」
他人事のように言う白雪の言葉を聴きながら、夕食の出来上がるのを床の上で待つ彼女は、俯いて唇をかみ締めるより他無かったのである。



「天国……」
彼女……猿野の母が、小さな小さな声で呟いた。




……猿野の母が突然失踪したのは、つい一ヶ月ほど前のことだった。



(END)





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